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2020/4/2 18:45

「夜の街」はもう本当に終わりなのか――自粛下の新宿ゴールデン街で生まれた新しい試み

3月30日、東京都の小池都知事は緊急会見を開き、バー、ナイトクラブなど接客を伴う飲食業、カラオケ、ライブハウスへの出入りを自粛するよう要請を出した。そういった場所では、コロナウイルス感染のリスクが高くなっているとの調査結果を受けてのことである。

 

30日は月曜日であったが、その前の土日には、東京都が「週末の不要不急の外出」を控えるように呼びかけを行っていたこともあり、繁華街からは人が消えた。

 

そのような状況のなか、ある試みを行ったスナックがある。歌手であり、歌謡ユニット「星屑スキャット」のメンバーでもあるギャランティーク和恵さんがオーナーを務める、新宿ゴールデン街のSnack「夜間飛行」である。

 

同店は、外出自粛が要請された3月29日に客を入れない無観客形式の“オンライン酒場”として営業を行った。これはwebカメラで店内の様子をネット配信し、チャットを通じてスタッフと客、または客同士がコミュニケーションできるというもの。なぜこのような形式で営業を行ったのか、ギャランティーク和恵さんに話を伺った。

↑ギャランティーク和恵さん(夜間飛行の店内にて:2016年撮影)

 

中止になりかけた自身のライブが転機に

――まず「夜間飛行」でオンライン営業を行うことになった経緯を教えてください。

ギャランティーク和恵さん(以下、敬称略):都が週末の外出自粛要請を出したことを受け、「夜間飛行」の週末の営業は控えさせて頂くことを27日の金曜日にSNSで告知しました。当初は2日間休むつもりでいたんですが、土曜日の夕方になって、「ネットでお店の様子を生配信してみたらどうだろう」と思い立ったんです。そこから店のスタッフに連絡を取り、急いでカメラやマイクなどの機材を買い揃えて、日曜の夜にSnack「閑古鳥」という名前でオンライン営業を行うことになりました。

 

実は、もともと「店の様子をネットを通じて眺められたらおもしろいかも」というアイデアはあったんです。店内に据え付けられた定点カメラから、店内のやりとりや会話なんかを覗き見できるような。ただ、お客様のプライバシーの問題もあるし、オーナーであるわたしがスタッフの仕事を監視しているような変な空気を作りたくないな、ということもあって、そのときは流れちゃったんです。

 

――1度途絶えたアイデアが復活したのはなぜでしょう?

つい先日なのですが、3月18日に開催する予定だったわたしのライブが、コロナウイルス感染防止のため、直前になって中止を余儀なくされてしまった、ということがありました。

↑予定されていた和恵さんのライブの告知ビジュアル

 

なんとか違う形でライブを実施できないかとバンドのメンバーと話し合ったとき、バンマスが何度かお世話になっている渋谷のライヴストリーミングスタジオ「SUPER DOMMUNE」にかけあってくれて、そこで無観客のライブを行い、その様子を生配信させて頂けることになったのです。

 

――ライブの生配信が成功した経験があって、今回のオンライン営業につながるわけですね。

ギャランティーク和恵:ライブを配信するにあたって、DOMMUNEの方にいろいろなノウハウを教えて頂いたことが生きていますね。例えば、先日のライブの生配信は、DOMMUNEチャンネルという大きなメディアに出演させてもらうことで、できるだけ多くの方に見て頂けるチャンスでもあったので、YouTubeで無料配信にして、気に入って頂いた方が自由にチケット代の代わりとしてお支払できるように、YouTubeのスーパーチャットという“投げ銭”システムを活用しました。

 

一方で、Snack「閑古鳥」では、「Peatix」や「PassMarket」というオンラインのイベント管理サービスや活用し、500円のチャージ代をお支払い頂いた方にのみ、YouTubeの限定配信URLをお送りするという形にしています。これは、飲み屋文化でもあるチャージ制度をそのままスライドさせた方が、お客様のご理解が得られやすいかな、と思ってのことです。

 

――無料で動画を配信し、広告で収益を得るというような方法を取らなかったのは、何か理由があるのでしょうか?

ギャランティーク和恵:この案を思いついたときから、オンライン営業を無料にしたくないと考えていました。お店としてサービスを提供して対価を頂きたいという気持ちもありますが、なによりうちの店で働いてくれているスタッフにお給料を払わなければいけないという責任があります。少しでもお客様からお金を頂いてスタッフの雇用を維持しなければ、という思いがあったので、チャージ代だけ頂くことにしました。

 

――オンライン営業のお客さんの反応はいかがでしたか?

ギャランティーク和恵:やる前は多少不安もありましたが、やってみると大いに手ごたえがありましたね。19時から23時まで4時間ほどの営業でしたが、累計で80人くらいの方がオンライン上で来店してくれました。うちはカウンターしかないので、普段は8~9人も入ればいっぱい。でもネット上ならキャパは無限ですからね。

 

当日は、わたしと日曜担当のスタッフの2人だったのですが、事前に何をやるか決めずに、あえてノープランで挑みました。普段の営業だって「今日はこういうこと喋ろう」とか考えずやっているわけだし、そのときの空気やお客様の反応によって柔軟にやれればいいかな、と。

 

見てくださった方々のリアルタイムの書き込みを見ていると、わたしたちへのコメントだけじゃなく、常連のお客さん同士で「●●さん久しぶり!」「元気だった?」というやりとりがあったり、店内で流している曲を聴いて「この曲好き」「私も」「俺は△△って曲の方が好きだな」と会話が始まったりして、酒場ってただお酒を飲みにくる場所じゃないんだ、コミュニケーションの場でもあるんだということを改めて感じました。

 

オンラインではお酒は出せないんですけど、場所を提供することはできる。それならオンライン上で営業を続けることは可能なんじゃないだろうか、という手ごたえを感じましたね。

 

――オンライン営業を行った翌日の30日夜に、都知事からスナックやナイトクラブ、バーといった場への出入りを自粛するように要請がありました。

ギャランティーク和恵:月曜は普段通りに営業を行ったんですけど、やっぱり厳しいなという感じはあって。そこでオンライン営業を本格的に運用してみようと決めました。

 

初めてオンライン営業を行ったときはチャージ代だけ頂いていたんですけど、2回目からはメニューに「お酒」という有料の項目を作って、視聴している方がリモートでわたしたちに一杯ごちそうして頂けるシステムを取り入れました。これは、普段の営業のときから、「和恵さんも一杯いかがですか?」とお酒を頂けることがあったので、それをスライドさせた形ですね。

 

同業者からも注目

筆者は、2回目のオンライン営業となる3月31日に、特別に許可を頂いて店舗に入れてもらい、生配信の様子を離れた場所から取材させてもらいながら、ノートPCを開きイチ視聴者として参加させて頂いた。

↑生配信の様子。始まって10分足らずで50人近くの来店者が訪れた

 

Snack「閑古鳥」の営業が始まると、開店を待ちわびていたとばかりに、ぞくぞくと視聴者が集まってくる。そのほとんどは常連客だが、なかには「地方から参加しています。いつもは休みにしか来れないけど、平日にお店に来れてうれしい!」「まだ仕事終わらないけど来ちゃいました」というコメントも。どこからでも参加できるオンラインのメリットが活かされているようだ。

 

和恵さんとスタッフは、来店者が訪れるたびに画面越しに「○○さんいらっしゃ~い」と声をかける。その様子は普段のスナックのそれと変わらない。ややタイムラグはあるものの、店内で会話する2人とオンライン上のお客さんのあいだでは、しっかりコミュニケーションが取られていた。

 

配信中に印象に残ったのは、同業者の方が何人か訪れていたこと。バーの営業をされている方やイベント出演などの興行を生業とされている方から、「自粛の影響で商売ができず困っていたが、おもしろそうな試みだと思って参加させてもらった。こういうやり方があったんだ、と光明が差し込んだような気分。ぜひ参考にさせて下さい」とコメントが寄せられた。

 

23時30分のフィナーレでは、プロの歌手であるギャランティーク和恵さんが、リクエストに応じてカラオケを披露。これは普段の営業ではなかなか聴くことのできない貴重なものだった。最後の曲を終え、次々とお客さんがオフラインになっていくなかで、寄せられたコメントが印象に残った。

 

「最近は暗い気分になることが多かったけど、たくさん笑って楽しかった。免疫力も上がりそうです!」

「お店に飲みに行きたくなりました。早くコロナの騒動が収まるといいですね」

「みんな頑張って生き延びましょう!」

 

最後にギャランティーク和恵さんにお話しを伺うと、「追い込まれたからこそ実現できたことがある。大変なときだけど、なんとか工夫しながら乗り越えたい」と答えてくれた。

 

ウイルスの脅威が日に日に迫りくるなかで、一部の小売業や飲食業などでは客足が遠のき、厳しい状況が続いている。こうした状況下において、「それでもまだ酒場にできることはあるはず」と新たなビジネスの形態を模索するギャランティーク和恵さんの姿に感銘を受けた。

 

ウイルスが人と人との接触により感染するとしても、我々はすでにインターネットという知恵を持ち得ている。相互の協力と連帯、そして知恵によってなんとかこの苦難を乗り越えることができたら、きっと新しい社会の姿にたどり着けると信じたい。

 

取材:一條 徹(GetNavi web編集部)