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2020/5/30 21:00

飼い猫が死んで、30年使った冷蔵庫が壊れたーー休校中の息子と格闘学習する、ある映画監督の日常

「足立 紳 後ろ向きで進む」第2回

 

結婚18年。妻には殴られ罵られ、ふたりの子どもたちに翻弄され、他人の成功に嫉妬する日々——それでも、夫として父として男として生きていかねばならない!

 

『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、『喜劇 愛妻物語』(9/11から新宿ピカデリー他全国公開予定)で東京国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。いま、監督・脚本家として大注目の足立 紳の哀しくもおかしい日常。

 

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2020年4月8日

ノラが死んだ。今朝、私が目覚めると(昨晩からずっとだが)ノラが酸素室の中でハアハアと苦しそうに息をしていた。動物病院が始まる時間までもってくれるかどうかの瀕死の状態に見える。が、私は何もすることはできない。妻がノラの胸にたまっている水を分散させるように身体をなでると、わずかにだが楽になったような表情を見せる。病院の開業時間までもってくれたのでカゴに移して病院へ連れて行った。が、診察の順番が来たときには息絶えてしまった。

 

先生がノラの遺体を白い箱に入れてくれて、体液が出ないように肛門と口に何か詰め物をしてくれた。家に連れて帰り、子どもたちに遺体を見せ、家族で別れの手紙を書いて箱に入れた。短い間だったが来てくれてありがとうと書いた。招き猫になれよという引き取ったときの期待にもじゅうぶん応えてくれた。コロナストレスに加え、毎晩まともに眠れない老猫介護もストレスに感じていたから、それを察して身を引いてくれたのかもしれない。

 

ここ数日はCIAOちゅ〜るをハアハア言いながら何とか半分食べるのがやっとだった。胸に水がたまらないように利尿剤をCIAOちゅ〜るにまぜて少しずつ与えていたから喉だってかわいているだろうに立ち上がって水を飲むこともできないでいた。身体もやせ細り、うちに来たときは目力のあった美魔女だったが、最近はいつも涙を流しているように目が濡れていた。

↑美魔女だったころのノラ

 

ノラの元の飼い主は渡辺 武さんという映画監督で『凶銃ルガーP08』などのアクション映画で名を馳せた方だ。面識はなかったが縁がありノラを引き取った。天国の渡辺監督の膝で思う存分甘えるがいい。2匹の先住猫の1匹であるイチコは、ノラがいなくなったことに気づいているのかいないのかは分からないが、空の酸素室の周りをウロウロし、クンクンにおいを嗅いでいた。こいつは利口だから何かに気づいたのかもしれない。もう1匹のキューはいまだに私に本気で噛みついてくるようなバカ猫で、ノラがいなくなったことは気づいていないのか気にもならないようだ。

↑なんか勘付いたイチコ(左)と、いっこうにバカなキュー(右)

 

4月14日

ノラがいなくなったことで、夜、少しゆっくり眠れるようにはなった。が、寂しくもなるから勝手なものだ。

 

朝、息子の勉強を見る。緊急事態宣言が発令されてから、さすがに学童に預けることは憚られる。だから家で学校から出ているプリントやチャレンジという教材、公文の宿題などを毎日やる。小学2年の息子の勉強を見るのは私の役目だ。

 

妻は昨年あたりから息子に発達障害なり学習障害なりがありそうだということを感じていて、そこに対して疎かった私に「少しは息子のことを分かれ!」と、この休校期間中、私を息子の勉強係に任命したのだが、ようやく妻の大変さが身に染みた。いや、身に染みるを通り越して身に塩を塗り込まれる。

 

息子にはまず勉強させるまでが大変だ。机に向かうまでに嫌だ嫌だと1時間以上はフルスロットルで泣き叫ぶ。それに疲れて諦めるとそこから放心1時間を経て、ようやくプリントに向かうのだが、算数、国語のドリルの問題を見てまたひと暴れする。今、筆算をしているのだが、繰り上り繰り下がりを息子は毎日忘れる。ワーキングメモリというやつが少ないらしい。

 

分からないからまた息子は激しい癇癪を起すのだが、妻はそんなときすぐに息子に答えを教える。が、私は少しでも自力で考えさせようとしてしまう。だから息子はそこでまた癇癪を起し、私もどんどんストレスがたまる。私のそういうやり方は相談している先生に聞くと間違っているらしい。癇癪を起こしてしまった時は答えをすぐに教えてかまわない、今勉強嫌いにさせてはならないと言われる。が、私も息子と似たり寄ったりの子どもだったから少し息子の気持ちが分かるというのか、言い訳させてもらうと、息子は勉強がすでに嫌いだ。私も物心ついたときには嫌いだった記憶しかない。だから嫌いにはさせていないと思いつつ、嫌いだったものをさらに嫌いにはさせているかもしれないと反省した。

 

それはそうと息子は筆算わずか3、4問に2時間近くかかり、国語も合わせると朝の10時から始めて、終わるのが昼の2時近くになるときもある。慣れない私はそれでクタクタになってしまい、自分の仕事をする気力はほぼ残っていないし、映画を観たり読書をする気力も残っていない。というのを言い訳に、数年前に買ったミニファミコンばかり息子とやっている。

↑バカ息子。毎日「パパ大っ嫌い!」と言うくせにいつも張り付いている

 

4月17日

今日も息子と格闘学習。筆算にくわえ、息子は新しい漢字を学習するのも激しく嫌がる。YouTubeをたくさん見せるからという取引を持ち出して何とかさせようとするが、そのやり方も間違っているとのこと。間違いだろうとは分かっていたが、なかなか勉強させる方法が見つからないから、私はすぐに楽な取引をしてしまう。

 

それは私のその他すべての行動に当てはまっている。しかもその取引に息子が長々と応じないとついカッとして「じゃあお前はもうずっとYouTubeなしだ!」と怒鳴ってしまうこともある。脅して怒鳴りつけることが一番良くないのは重々承知しているがついカッとしてしまう。

 

妻に「あんたにはやっぱり無理だ」と息子の勉強係に関して三下り半を突き付けられるが、ここで向き合わねばいつ向き合うと自分に言い聞かせて、妻の言い草に腹も立つし(自分だってカッとしてしょっちゅう怒鳴りつけてることあるくせに……)、内心ではもう降りたいが、何とか我慢して勉強係を続けさせてもらう。でも、我慢が足らず夫婦喧嘩、親子喧嘩の避けられない毎日だ……。この程度のことでと思われるだろうが、クタクタだ。

 

中1の娘が初めて中学校に行く。教科書を取りに行くのだ。2日も前から今日の登校日を楽しみにしており「あー、楽しみ。あー、楽しみ」と連呼していた。6年生の3月2日から休校となり、その間に申し訳程度の卒業式をして、中学では入学式もしていない。娘は、今の自分をどんな存在に感じているのだろうかとふと思うことがある。親の私は娘を中学生としては実感できず、まだ6年生のような気がしている。

 

初めて制服に袖を通しマスクをし、喜び勇んで家を出て行った娘はわずか30分で帰宅した。たくさん友達としゃべってくるかと思ったが、みんなすぐに帰ったとのこと。あんなに楽しみにしていたのに30分……と思うと不憫でならない。が、親の気持ちも知らずに、帰宅した娘は不機嫌さを露わにして「お昼ご飯なに? えー、また魚? いい加減に私が魚嫌いって覚えてよ」などと言い捨てて部屋にこもりスマホを見だす。激しくムカつく。こんな態度ありなのかとチラッと妻を見ると「さすがあんたの子だわ」と、こういう時だけ私の子扱いにしてくる。「テメエらふざけんじゃねえぞ!」と怒鳴りたくなるが、今日もまた何とかめでたく抑え込んだ。

 

4月21日

仕事で外出。ほぼ1か月ぶりに電車に乗った。午後2時という普段でも比較的空いている時間帯に乗ったから、普段通りにしか感じなかった。

 

神楽坂で予定があったのだが、妻が偶然にも飯田橋で予定があり、「終わったら待っててよ」と高校生のカップルみたいなお願いをし倒して待っていてもらう。それは妻とベラベラとしゃべる時間が好きだからだが、妻は私としゃべる時間は大嫌いらしい。

 

娘と息子に「自由に過ごしていていいから、夕飯は適当に何か食べろ。パパとママは少し遅くなるから」と電話したら、そういうときだけ(親がいなくて自由自在に過ごせるから)「はーい!」と良い返事が返ってくる。

 

我々夫婦は、電車はもしかしたら帰宅ラッシュでそろそろ混み始めている時間だから歩いて帰ろうと、思ってもいないそんな理由を作って、単に久しぶりに遠出ができたのがうれしくて神楽坂から練馬まで4時間強近く歩いて帰った。途中の街々は、やや人が少ないようにも見えるし普段通りのようにも見えるが、午後4時あたりという時間にこうして外をフラフラと歩いていることもあまりないからよく分からない。ただ、途中で通った高田馬場は完全に普段通りに見えた。不要不急の用事で出歩いている人もいれば、私のように耐え切れなくなりフラフラと出歩いている人もいるだろう。

 

5月6日に全面解除は無理としてもスウェーデンのようにゆるく社会を動かしていくことはできないものだろうか。例えば学校だけでも、週に一度か二度でも時間差の少人数で青空学級のような形で何かやれないものか。1か月以上放置されている子どもたちの状況に比べたら甘ったれたことを言うのは情けないが、今まで親としてあまり機能してこなかった自分のような親たちはそろそろ泣きが入っているのではないかと思う……。

 

4月25日

朝、妻と散歩。先日の神楽坂〜練馬間の長距離歩きをして以来、朝に妻と歩くことにした。と言うか、妻はその前から歩いているので、妻にくっついて私も(強烈にウザがられているが)歩くことにしたのだ。

 

妻はこの朝の時間だけがひとりの時間だと大切にしていた。が、私だってひとりの時間などない。散歩は大体1時間から90分くらいは歩く。妻はトングとレジ袋を持ってゴミ拾いをしながら歩いていたのだが、私が一緒に歩くようになってから私がトング係だ。

 

散歩の道中、私がペチャクチャと色んな人の悪口とか世の中の悪口とかをしゃべっていると、「うるせぇ、黙れハゲ」と言われるので、嫌がらせに余計話したくなってしまう。とりあえずマスクのポイ捨ての多さに驚く。ウチはボロボロになっても使っている。

 

夜、初のzoom飲み会。どんな感じかと思ったが、意外に普通に話せた。私は酒が弱くて牛乳が大好きなのだが、普通の居酒屋では絶対に注文しない(というか置いていないだろう)牛乳をさも酒を飲んでいるかのように飲みながら参加できるのがうれしい。それに飲んだ後に満員電車で「帰宅」という面倒な手間も省ける。終わり方が難しかったけど、これはこれで悪くないかもと思った。

 

5月1日

ゴールデンウィークをステイホーム週間という言い方が嫌だ。そんなこと言われなくても、わざわざ白い目で見られながら旅行になど行く気にもなれない。

 

家でひとりスマホとiPadとマンガでソーシャルディスタンスをとっている娘を置いて、妻と息子と近所の広い公園に行ったら、ものすごい人出だった。気分によって人の多いところが苦手になる息子が、到着するなり癇癪を起こしだして、妻と必死になだめたが、それでも収まらず激しく暴れ泣き叫ぶ。傍から見たらあたかも虐待しているように見えるだろう。

 

こういうとき、息子は妻を標的にパンチやキックなどして暴れるので、私が息子を羽交い絞めにして妻を先に帰した。息子は置き去りにされた子どものように「ママー!! ママー!! 僕を捨てるなー!!」と芝居がかった雄叫びをあげながら(妻に芝居がかった物言いをするのは私の悪影響かもしれない)、私をふりほどいて妻を追いかけたが自転車に追い付けるはずもなく、泣きはらした目で私のところに戻ってくると「パパ、大っ嫌い!」と言った。が、どうにもならないと理解すると、起こした癇癪はなかったかのように数分でケロッとする。収まった後、人の少ない小さな公園に移動して遊んで帰った。

 

5月3日

朝、妻と散歩。その後、息子と格闘勉強。そして冷蔵庫が突如壊れた。30年選手の冷蔵庫なので突如ではないのかもしれないが、昨日まで元気だったおばあちゃんが朝起きたら死んでいたみたいな感じだ。

 

これは堂々たる不要不急の外出と近所の家電量販店に行く。私は家電にはほとんど興味はないので冷蔵庫がこんなに高いとは知らなかった。壊れた冷蔵庫も妻の知り合いから譲り受けたものだ。

 

家電量販店にていいなと思う冷蔵庫は軒並み10万以上で、5、6万だととたんにしょぼくなったり、食べ盛りの子どもふたりを抱えた4人家族でこれはないというような小ささになってしまう。私たちが吟味していると、上下ジャージでピアスを4個も開けたヤンキーみたいな風情の男ひとり、派手なスウェットを着た30代後半の女ふたりの3人組がやってきて、このご時世にペラペラとマスクもせずに冷蔵庫を選び出したので私はひとりで離れた。

 

吟味を重ねた妻が、近くにリサイクル店がいくつかあるからそちらも見て選びたいと言うので、リサイクル店を3軒ほど回り、税込み3万8000円くらいで業務用のような見てくれの銀色の冷蔵庫が見つかったのでそれを買うことになった。交渉したら配達無料で明日には届けてくれるという(旧冷蔵庫処分は1万円かかったが)。マッサージチェアが4000円で売っていたので買ってくれと頼んだがそれは却下された。ここ数年、右の肩甲骨が異様にこっていて、そのせいかどうかは知らないが右腕が常に冷えている感覚があるのだ。

↑30年頑張った冷蔵庫

 

5月8日

3月2日に休校措置が取られたときは「なにぃ! 早すぎるだろう! ふざけるな!」と思ったが、4月7日の緊急事態宣言のときは「さっさと欧米のような封鎖はできんのかな」という気持ちも大きく、学校なんてとんでもないと思っていた。しかし、今回の緊急事態宣言の延長では「学校かそれに付随したようなのでも少人数で時間帯を分けたりして再開できないのかよ」と憤っている。これに限らず私は常にブレブレである。

 

学校再開を望むのは私が家庭内学校生活に疲れ切ったというのもあるが、子どもたちが完全にこの日常に慣れてしまっているというか、これ以前の日常はなかったかというくらい馴染んでいるからだ。息子は毎日の格闘勉強が終わると、1日1時間までと決めているゲームをして、それが終わると「何をすればいい? 何をすればいい?」とベタベタと母親にまとわりつく

 

YouTubeを見せてもらえるまで、こちらが映画や人生ゲームやトランプや読書やなんだかんだ提案しても「嫌だ」の一点張りなので、少しだけでも外で運動なりすることを条件にYouTubeを見せる。息子は運動が嫌いなのか、公園に行ってもすぐに「帰りたい、帰りたい!」を連呼というとまだかわいいが、わめき散らすので、鬼ごっこやかくれんぼや探検や色オニや手を変え品を変えやるのだが、すぐに「もうやめる」と言う。結果40分ほどで仕方なく連れて帰り、あとは夕飯までYouTube三昧だ。

 

娘は午前中の2時間ほど勉強すると、あとは延々と友達とLINE通話をしている。友達と会うことができないからかわいそうだとは思うが、4時間も5時間も通話されていると、やはり小言の一つも言いたくなるのが親だろう。言うと険悪な空気になることは避けられないのだが。

 

だからもう陸上教室に通わせることにした。コロナ前から週に1回姉弟でその教室が主催しているかけっこ教室には通っていた。かけっこ教室は再開していないが、クラブチームとしての練習は短時間で人数も5人と制限はあるが再開しているとのことで、娘をクラブチーム登録にして週に3日通わせることにしたのだ。

 

で、今日が娘の初日の練習だ。練習は井の頭公園内のトラックで行われるから、初日は行き方を教える名目で一家4人で出かけた。久しぶりの家族での遠出とも言えないお出かけに、ステイホームと言われている後ろめたさを少々感じながらも、やっぱり気持ち良かった。娘も久しぶりの運動にバテ気味ではあったが、気持ち良さそうに走っていた。そして少人数ではあるが、他の選手との練習はやっぱり楽しかったようだ。珍しく息子も今日は「帰りたい」と言わず、トラックの周りで機嫌よく戦いごっこを続けられた。

 

コロナにかからないことも大切だがココロの健康を保つことも大切だろうと思うのだ。その後、公園近くのピザ屋(娘の毎度頑ななまでのマルゲリータと、私の大好物クアトロフォルマッジ)と久しぶりの「いせや」でタン、ガツ、ハツ、コブクロ、シロ、レバその他諸々をテイクアウトして公園で食べた。ピザと焼き鳥が心と身体に染み渡るくらい旨くて、やっぱり美味しい食べ物というのは人間が人間らしく生きる上で、映画や演劇や歌やスポーツ、その他の趣味娯楽芸術とともにとても重要なものだと思った。

 

もちろん、それらに触れなくても生きていける人も多くいるとは思うが、誰もがそれぞれにこれがないと生きていけないというものがあるだろうし(ない人もいるということは忘れてはならないが)、それが映画だろうがパチンコだろうが麻雀だろうが風俗だろうが優劣はつけたくない。

 

 

【妻の1枚】

 

【プロフィール】

足立 紳(あだち・しん)

1972年鳥取県生まれ。日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、第1回「松田優作賞」受賞作「百円の恋」が2014年映画化される。同作にて、第17回シナリオ作家協会「菊島隆三賞」、第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。ほか脚本担当作品として第38回創作テレビドラマ大賞受賞作品「佐知とマユ」(第4回「市川森一脚本賞」受賞)「嘘八百」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「こどもしょくどう」など多数。『14の夜』で映画監督デビューも果たす。監督、原作、脚本を手がける『喜劇 愛妻物語』が2020年9月11日から東京・新宿ピカデリーほか全国で公開予定。著書に『喜劇 愛妻物語』『14の夜』『弱虫日記』などがある。最新刊は『それでも俺は、妻としたい』。