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2020/7/26 17:00

保育園事業を営みながら保育士を養成――「自前で育てる」取り組みで課題解決に挑む

2016年、子どもを預け入れたいのに預けられる保育園が見つからない現状を嘆いた強烈な言葉が、その年の流行語大賞トップテン入りとなった。

 

あれから4年。厚生労働省が発表する待機児童数は2016年の2万3553人から2019年には1万6772人へと6000人近く減ったわけだが、それでも全国的な保育園不足と子どもたちを預かる保育士不足は解消されていない。

 

この問題を解決すべく、保育園事業を営みながら自前で保育士を養成する取り組みをはじめたのが、学研ココファン・ナーサリーだ。保育現場を取り巻く課題とその背景、保育士養成に踏み切った理由、今後の展望などについて、学研ココファンスタッフ 伊藤敦史氏と学研ココファン・ナーサリー 吉村友恵氏に話を聞いた。

↑JR蒲田駅から徒歩2分、大田区役所の目の前にある学研アカデミー保育士養成コースの教室

 

保育園と保育士をとりまく現状

学研は戦後間もない1946年に「戦後の復興は教育をおいてほかにない」という理念のもと創立され(当時の社名は学習研究社)、現代でも幅広い年代向けの学習教材の出版や学習塾事業などを展開する教育系複合企業として知られている。

 

学研ココファン・ナーサリーはそこからさらに一歩進み、地域の子育て支援を推進すべく2008年5月に誕生した。第1号となる「学研こども園」は、学研ビル地下1階に品川区初の私立認定こども園として開園。その後、杉並区浜田山、八王子市、千葉県柏市など次々と保育園を開園し、現在では1都3県に45もの保育園を展開している。

 

しかし、これでも「保育園は足りていない」と伊藤氏は言う。「待機児童数は以前に比べて減っているように見えますが、預け入れたいと保護者が考えているところ(家から近い場所など)に入れられない『潜在待機児童』の存在も指摘されています。作っても作っても、保育園の数は足りていません」と話す。

↑学研ココファンスタッフ アカデミー事業部 伊藤敦史氏。

 

少子化傾向が叫ばれて久しいにも関わらず、なぜ待機児童数(潜在も含めて)の問題は依然として解決されないのだろうか。背景には、絶対的な保育園数不足に加え、女性の社会進出による需要増があるという。しかしながら、保育園を増やそうにも保育士の数が足りていないという現状がある。その原因は「責任が重いのに賃金が低いというのが大きい」と吉村氏は説明する。

↑学研ココファン・ナーサリー 子育て事業本部 吉村友恵氏。

 

ここで、吉村氏の経歴について少し触れておきたい。熊本県で10年間保育士として働いた後、結婚を機に上京。学校法人ではない株式会社の学研が保育園を運営する、ということで興味を持ち、2009年に東京都杉並区にココファン・ナーサリー浜田山が開園した際に保育士として勤務をはじめた。2年後から4年間園長を経験。同区内ココファン・ナーサリー桃井の立ち上げに関わり、そこで園長としてさらに4年、園に携わった。2019年、学研ココファン・ナーサリー本社に異動して、保育園の運営をフォローする立場として働いている。

 

熊本での経験も含め、約20年という長い時間を現場で過ごした吉村氏は、「子どもたちの命を預かり、怪我などのない、お預かりしたときと同じ姿でお返しするというのは責任重大。しかもほとんどの場合、自分たちより上の世代である保護者に対して子どもの指導について伝えなければならない。プレッシャーや長時間勤務、そして賃金の安さが保育士のなり手不足、保育士不足を招いていると考えています」と解説する。保育士不足はさらなる長時間労働を生む。シフトで代わりとなる人がいないからだ。

 

しかし、保育士の離職を防ぐための政府の制度「処遇改善等加算」により、給与面では以前に比べて大きく改善されてきたという。2015年には「処遇改善等加算 I」、2017年には「処遇改善等加算 II」が導入された。これにより、就職当初から給与に一定額が加算され、加えてキャリアや経験、技能や立場などによる給与加算も行われるようになった。また、自治体独自の補助を設定しているところも出てきている。

 

そのおかげもあり、離職率減少という一定の効果が見られるようになってきたのだ。

 

保育士を「自前で育てる」取り組みの背景と課題

離職率が下がっても、新規のなり手が増えない限り絶対的な数は足りないままだ。学研ココファン・ナーサリーでも慢性的な保育士不足に悩んでおり、時には派遣会社や紹介会社から保育士を採用することもあるという。

↑決められた時間で働きたい有資格者と、保育士の数によって受け入れ可能な子どもたちの人数が変わってくる園運営側の需給がマッチすることから、時には紹介会社に頼ることもあるという

 

「保育士として働きたいけれど勤務時間はしっかり固定したい、ということで紹介会社や派遣会社を頼る保育士さんも増えてきました」と吉村氏。「面接のときに紹介会社の社員の方が同席し、しっかりと勤務条件の念押しをされます」と述べる。入職希望者にとっては、第三者企業を介することで園との交渉で間に入ってもらえるという安心感もあるのだろう。

 

しかしながら、それらの会社を通じて採用が決まれば、少なくない額の一時金や紹介料がかかる。認可保育園には国からの補助金が給付され、学研ココファン・ナーサリーでも売上の8割がそれで賄われている。原資が決まっているため、紹介会社を介すと当然ながら採用できる人数が減ってしまうのだ。また、補助金の大半が紹介会社などに流れてしまう構造にも疑問を感じたと伊藤氏は語る。ならば、資金を投じて自前で保育士を育てよう、となったわけだ。

 

実は、保育士養成事業に先立ち、介護士養成事業がスタートしていた。学研には介護事業を運営する学研ココファンという事業会社があり、別の事業会社では教育系の書籍などを作っている。それなら、介護職員初任者研修用のテキストを作り、研修を行い、自前で介護職員を育てられないか、と考えた。2016年5月のことだ。

 

デイサービスで使っている施設は日曜日は利用されず、風を通しているだけだ。そこで、毎週日曜日に研修を行った。研修終了後は、現場に就職してもらった。この取り組みがうまくいったことから、保育士の養成も現実的なことと考えられるようになったそうだ。

 

そして2017年3月、保育士養成コースの設立準備がはじまった。当初は課題も多かったという。

 

介護士であれば、毎日講習を受けて約3週間で資格を取れるが、保育士の場合はそのようなわけにはいかない。どれだけ凝縮したとしても1000時間以上は必要となる。それなら働きながら資格を得てもらおうと考え、2年間で履修する余裕をもったカリキュラムとした。

 

働くことを前提にしたのは他にも理由がある。若い人が保育士を目指す場合、専門学校へ入学すれば良い。しかし、経済的な理由で進学できず働かないといけないが、それでも保育士になりたいと考える若者もいる。また、子育てが一段落し、その経験を活かして保育士の資格を取りたいと考える人も多いそうだ。

 

家のことやバイトなどの隙間を縫った時間にコスパよく勉強してもらいたい。そのため、午前の部、または夜の部に1日3時間、火曜日から金曜日まで週4日、2年間通えば資格が取れるようにカリキュラムを組んだ。

 

忙しい人たちが時間の合間を縫って通うとしたら、駅から近いほうがいい。加えて、系列園でバイトしてもらったり、実習したりするのであれば、馬込、大崎、五反田の施設に近い場所がいい。そこで、東急池上線の駅もある蒲田駅から徒歩2分のビルに教室と事務所を構えた。

↑「子育て後の世代だと、19、20歳の若者が多い専門学校に入るのは気後れするといった声もあった。そういった方にもすんなり入っていただきやすい場所にしたかった」と語る伊藤氏

 

学研グループの名に恥じないよう良質な教育を提供すべく、保育士養成で高い実績を誇る聖徳大学・聖徳短期大学の名誉教授 加藤敏子氏を施設長に迎え、経験豊富な講師陣をそろえた。

 

また、専門学校や短大などでは300万円ほどかかる学費を180万円に抑えた。それでも学費を支払うのが難しい人には貸付や給付などの支援制度も紹介している。特に東京都の貸付金制度は、無利子かつ卒業後に5年間東京都内の指定の種別の施設で働けば返還が免除される仕組みだ。

 

学研ならではの制度もある。AO入試を活用すれば、入学金免除、授業料減免措置が受けられる。1年度に2枠ではあるが、系列保育園で保育補助の仕事をして給料を得ながら学べる制度もある。ひとり親家庭であれば、一般財団法人東京都ひとり親家庭福祉協議会(ひとり親Tokyo)との連携により、学費の免除を受けられる場合もある。

↑すぐに就職できるよう就職関連情報の掲示も行っている。

 

定員や履修計画、備品などについての書類を都に届け出てから約1年の準備期間を経て、2018年4月、自前で保育士を育てる「学研アカデミー保育士養成コース」はスタートした。

 

生徒の離脱や新型コロナウイルスという予期せぬ苦労

開校1年目、高校やひとり親Tokyoなどを通じて募集してきた入学者は42人。1学年あたり昼・夜各50人が定員なのでまだまだ余裕はあるが、初年度ということを考えるとまずまずの滑り出しとなった。

 

ところが、現場で働くことでプレッシャーを感じてしまった生徒たちも出はじめるようになった。それまで全く違う業種でバイトしていた生徒を中心に「自分には合わなかった」と感じた6人が離脱。2020年3月の卒業生は36人となってしまった。しかも、初めての卒業式は、新型コロナウイルス感染症の影響で実施できないという事態に。

 

現在は、2019年度入学の2年生、2020年度入学の1年生、合計約100名が在籍している。

↑授業風景 ※緊急事態宣言前に撮影

 

コロナ禍では、どのように運営を行っていたのだろうか。各種学校が休校しているなか、学研アカデミー保育士養成コースではオンライン会議システム「Zoom」を使ったWeb授業に取り組むことにしたという。

 

「名誉教授は82歳。最初はネットに接続することも難しい状況でした」と伊藤氏。「まずはZoomをインストールしましょう、登録しましょう、というところからはじめました」と振り返る。

 

講師陣はネットにあまりなじみのないベテラン世代が多く、慣れてもらうために打ち合わせをすべてZoomで行った。パワーポイントを覚える講師もいた。ネット環境が整っていない生徒へは、機器を貸し出した。

 

そうして、約1か月後の5月7日、Zoomを活用したオンライン授業をスタートすることができた。オフラインに移行した際に定刻どおり授業をはじめるルーティーン を組めるよう、動画配信ではなくリアルタイムで授業を行い、そのなかでコミュニケーションも取れるようにした。

↑Zoomでの授業の様子

 

非常事態宣言が解除されたことを受け、またピアノやパソコン実習など対面でないと行えない科目もあることから7月1日からオフラインでの授業を再開。「完全休校しなかったから、うちの生徒さんたちには夏休みがあるんですよ」と伊藤氏は笑う。

↑対面でないと行えない科目のひとつ、ピアノ実習。学研アカデミー保育士養成コースでは、生徒一人ひとりに行き渡る機器を用意している。

 

コロナ禍における保育の現場でも、登園できない子どもたちとZoomでやり取りすることでコミュニケーションを図る保育士もいたという。とはいえ、園児のほとんどが自宅待機となったことを受け、保育士たちの多くも自宅で勤務。普段は忙しくてなかなか取り組めないおもちゃづくりや自己研鑽などを行っていたとのこと。出勤した保育士の場合は、いつも以上にゆっくりと子どもたちと向き合う時間が取れたと報告を受けているそうだ(登園自粛期間中も医療従事者など在宅ワークできない親を持つ子どもたちを受け入れていたため、完全閉園となった園は少なかったとのこと)。

 

「コスパっ」「駅ちかっ」だけでない強みとは?

園不足を解決するために保育園を次々と開園し、人材不足を解決するために自前で保育士を育てはじめた学研ココファン・ナーサリー。

 

「昼の部と夜の部でそれぞれ定員が50人。2020年度入学者のうち、夜の部にはまだ41人もの余裕があるんです」と伊藤氏。「仕事が終わってからでも学べ、卒業と同時に資格が取れるこのコースをぜひ活用してほしい」と語る。

 

吉村氏も、「実は、保育士資格を持っておらず、長年“保育補助”をしている人がかなりの数いる。保育補助より保育士のほうが加算金もあるため、同じ時間働くのであれば保育士の資格を取ったほうが断然いい。国家試験で一発合格を狙ったとしても、合格率はわずか2割。5人に1人しか受からないんです。しかも、いくつかの科目で受かっても、3年以内に全て合格しなければ、また1からやり直し。それなら、昼間保育園で働いてから、夜にここへきて学び、資格取得を目指すという道もあります」と語る。

 

「系列園があるので、そこで働きながら学び、卒業したらそのまま就職できる。子どもたちも、保護者も、先生も顔見知りで最初の不安感というハードルもない。それが、学研アカデミー保育士養成コースの強みだと思います」(吉村氏)

 

子どものことを好きでないと難しいが、好きだけでも難しい保育士という職業。国からの処遇改善策の効果により、待遇は向上しつつある。保育士が増えればシフトにも余裕が生まれ、労働環境の改善にもつながるだろう。子どもを預けることが難しくない世の中になれば子どもを生み育てやすくなるし、女性の社会進出がさらに進んで経済の発展へもつながるかもしれない。

 

「自前で育てる」ことから始まった学研ココファン・ナーサリーの取り組みは、もしかしたら日本がいま抱えているいくつかの大きな問題を解決するかもしれない。

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