映画を見たり小説を読んだりして、涙を流すと意外と気持ちがリフレッシュし、スッキリすることがあります。「涙を流すことでストレスが発散できる」とも言えるのですが、人間の「泣く」ことの良さを、これまで広く知る機会は限られていました。
そんななか、今注目されているのが「涙活(るいかつ)」という「泣く活動」です。感涙療法士の吉田英史さんが提唱するもので、各メディアで取り上げられているだけでなく、全国にある学校・教育委員会や、有名企業からも講演依頼が殺到。今回は、その吉田さんに涙活の中身、活動の実態、「泣く」ことによるメリットについて話を聞きました。
人間の涙には大きく3つある
ーーまず、「涙を流す」ことによる体に与える良い影響について聞かせてください。
吉田英史さん(以下、吉田) 涙を流すことの一番のメリットは、自律神経が、交感神経から副交感神経のほうに優位になることですね。私たちは普段起きて日常を過ごしている間は、交感神経が活発で優位となっています。睡眠する際、副交感神経が優位となり、リラックスできるように変わるのですが、起きている間に副交感神経に切り替える方法があって、その一つが「涙を流すこと」です。ただ、「涙を流す」と言ってもなんでも良いわけではありません。涙には大別して以下の3種類の涙があります。
①反射の涙……「目にゴミが入って出る涙」「玉ねぎを切った際に目に染みて出る涙」など
②基礎分泌の涙……「ドライアイなどで、目が渇いた際に出る涙」
③情動の涙……「喜怒哀楽に起因して流す涙」
このうち、ストレス解消に効果があるのは③の「情動の涙」で、①②は効果がありません。「情動の涙」というのは、おでこの先にある前頭葉の反応によって出るものです。前頭葉は別名「共感脳」とも言われていますが、ここが震えると涙腺に「涙を分泌せよ」と指令を出し、涙が出るという仕組みです。このことで、副交感神経が優位になり、ストレスが発散されます。これはセロトニン研究の権威で、東邦大学の名誉教授・脳生理学者・医師の有田秀穂先生が科学的に証明したもので、この先生の根拠に基づいて私も活動を続けています。
ーー「感涙療法士」というものも、この有田先生の根拠に由来した資格でしょうか。
吉田 そうです。有田先生の根拠をもとに、2013年に先生と私とで「感涙療法士」の認定資格を創設しました。私の講座を受講していただき、認定テストに合格すればどなたでも「感涙療法士」の資格を取得することができます。現在は約250名の方が「感涙療法士」の資格を有しています。
「怒りに満ちて泣く」「怒られて泣く」のも、悪い涙ではない
ーー素朴な疑問ですが、赤ちゃんはよく泣きます。これは前述の3つの涙のうち、どれに当てはまりますか?
吉田 やはり「情動の涙」ですね。赤ちゃん泣きは「言葉を表現できないから泣いて訴える」「自分を見てほしい」といったものから、やがて成長してくると「不快だ」と、ストレスを溜めた上での泣きに変わってきます。しかし、いずれにしても「情動の涙」には変わりなく、赤ちゃんは「泣くこと」で結果的にストレスを解消していることになります。
ーー「情動の涙」が喜怒哀楽に起因するということは、例えば「怒りに満ちて流す涙」や「怒られて流す涙」も、ストレス解消として考えると良いものになりますか?
吉田 もちろん良いです。「涙活」としては「何かに感動して涙を流す」「嬉しくて涙を流す」ということをおすすめしていますが、「怒って流す涙」「怒られて流す涙」もストレス解消としては悪くはないです。例えば怒られても、「我慢して泣かない」というほうがマズいです。
涙を流すことでその人自身が、自分の状態を再確認できますけど、これを我慢したり出さないのは良くない。もちろん、「情動の涙」であれば、どんなものでも心の状態が良くなり、血流も良くなり、新陳代謝も促す。つまり良いことしかないので、「情動の涙」であれば、どんどん泣いたほうが良いのです。
ーーさらにもう一つの疑問ですが、動物は涙を流さないのでしょうか。幼児向けの絵本などには、「かわいそうな思いをしたぞうさんの目に涙が……」みたいな表現もありますが。
吉田 特に「情動の涙」というのは人間しか流さないと言われています。ですので、そういった絵本などでの動物が涙を流す描写というのは、人間が物語を盛り上げるためにつけた押し付けですね。「反射の涙」だと、基礎分泌から亀などが流すこともありますが、「情動の涙」は動物にはないですから。押し付けということになります。
「涙活」セミナーの現場でもなかなか泣けない人もいる
ーーしかし、「涙活」=「意識的に泣く」というのは、なかなかできない人もいそうです。特に吉田さんが日々行われている各地での涙活セミナーでは、参加者の方々は簡単に泣けるものなのでしょうか。
吉田 参加される方の大半は泣いて帰られる方ばかりですが、たしかに泣けない方もいらっしゃるんですよ。そういう方の「泣けない要因」は主に以下の4つがあると考えています。
①人前だから……「隣に号泣している人がいるから泣くけない」などの他者とのことを気にする場合
②泣ける題材が合わない……吉田さんの講演で用いられる「泣ける題材」にツボが合わない場合
③泣ける題材の製作者の意図を読みすぎてしまう……映像などの泣けるお題に対し、作品に感情移入するのではなく、製作者の意図のほうばかりを感じてしまう場合
④「情動の涙」も出ないほどの大きな問題を抱えている……大きな心配ごとや出来事があったりして、涙腺が固くなっている場合
吉田 ただ、こういった場合でも「絶対に泣かないとダメだ」とは考えていません。むしろ「泣けない」ことも大事なことな一つだと思っています。なぜなら「泣けない」ことを考えることも、自分の状態を見つめ直すきっかけになりますから。
前述の通り、涙を流すことでストレス解消には繋がりますが、かと言って絶対に泣かないからダメということではないんです。人それぞれに合うカタチで「涙活」を行っていただくのが最も大切なことだと思っています。
理想的な「涙活」は、毎日2~3分泣くこと
ーー逆に「泣ける」人の場合、理想的な涙活のペースはありますか?
吉田 理想は毎日2~3分は泣いてほしいです。
ーー毎日ですか!? 毎日となると、かなりハードルが高そうな……。
吉田 そうでない方でも週に一度は泣いてほしいです。ちょっとだけの涙でも良いので。涙の中にコルチゾールというストレスホルモン物質が含まれているのですが、これが体外に出ることで、ストレスが減ると言われています。
ーー定期的に「泣く」ためには、どんな素材を用いると良いでしょうか。
吉田 さっきも言ったように涙腺のツボは人それぞれ違いますから「泣くための素材」はご自分に合ったものであれば、なんでも良いです。今はYouTubeで「泣ける動画」もいっぱい上がっていますし、こういうものを1日1回見ると良いでしょうね。映画でも良いのですが、映画は全て見終わるのに、2時間くらいかかります。そうなると、1日1回というのはなかなか難しいでしょうから、やはり短めのYouTubeの「泣ける動画」がお手軽で良いと思いますよ。
ーー「自分の泣きのツボが分からない」という人はどうしたら良いでしょうか。
吉田 人が涙を流すときは、例えば言葉、環境などを、自分自身の経験を投影することが多いんですね。だから涙活セミナーではできるだけ多くのジャンル……家族モノ、動物モノ、アスリートモノなどの映像を流して、参加者の方のツボに刺さるように工夫しています。
このように「泣きのツボが分からない」という方は、むしろ「泣きのツボ探し」も含めて、涙活として考えていただき、発見していってほしいと思っています。不思議なことに、当初は自分に刺さらなかったテーマのものでも、このように「泣きのツボ探し」をしているうちに「泣きやすくなった」という声は多くあります。つまり今泣けなくても、意識して「泣ける体質」に変えていくこともできるということですね。
共に涙を流すことでチーム力が格段にアップ!?
ーー今、吉田さんが各地で行っている涙活セミナー、講演ですが、どんなところから呼ばれることが多いのですか?
吉田 これまでは全国の小・中・高の学生からPTA、教育委員会、看護師を多く抱える病院の方から呼ばれることが多かったのですが、最近は企業研修の一貫として涙活セミナーをやらせていただく機会も増えました。
吉田 企業の方に呼ばれるようになった理由の一つが、2015年に公布されたストレスチェック制度というものです。従業員50名以上を抱える事業所では、従業員のストレスチェックと、医師によるストレスチェックに基づいた面接指導が義務付けられたのですが、その一貫として涙活に白羽の矢が立ち、昨年は80社近くの社員研究に呼ばれました。
これまでにお話した、「泣くことで副交感神経が優位に切り替わり、ストレス解消になりますよ」といった解説から、「なみだ作文」という泣ける話を創作するワークショップもやっています。
吉田 例えば、「その企業に入るまでの苦難を、感動チックに書いてください」というお題を出して最後に発表してもらうんですけど、話を創作した方ご自身も、聞いている方々も皆すごく泣かれます。きっと皆さん同じような思いを持って、その企業に入社してきたのだと思いますが、ここで共感脳が震えるんですね。
また、「泣き言セラピー」というワークショップもあります。これは涙の形をした紙に、普段はなかなか言えないような「泣き言」を書いてもらい、涙腺箱に入れていただくというもの。
吉田 人のストレスは、文字化することによって整理されるメリットがあると言われています。さらに、ストレスを書き出し発表することで、その状況を客観的に見てもらえるメリットもあります。
要はネガティブな問題を、ポジティブに変えていこうという試みなので、特に企業ではウケが良いですね。例えば、普段は多くを語らない上司にも、その心の中では多くの悩みがあることを知ることができます。その結果、「チーム力が上がった」「職場環境が良くなった」という報告を多くいただくようになりましたよ。
ーーなるほどですね。「皆で泣く」ということも、チーム力が高まる気がします。
吉田 そうなんです。涙にはチームワークを高める力があります。20〜30年以上の前の話ですが、早稲田大学のラグビー部では試合直前に、監督が選手を集めて「熱い話で泣かす」ということをやっていたそうです。この監督が、「涙を流すことで、副交感神経が優位になる」ことを知っていたかどうかは分かりませんが、体感的に「皆で泣くと、良い結果を出せる」ことを分かっていたんだと思います。
また、涙活セミナーでたまたま隣になり、一緒に同じ時間に泣いたおばあちゃんと若いシングルマザーの方が、その後すごく仲良くなり、おばあちゃんが子育ての知恵を教えてあげるようになった……なんていうエピソードもあります。このように涙には関係性を近づける力もあるので、今は「涙活アプリ」というものを作ったり、涙活と旅行を組み合わせたツアーを考えたりしています。こういうサービスも今後行っていければ良いなと思っています。
リモートワークで辛い思いをしている方こそ「涙活」を!
ーーコロナ禍の今は、特にストレスを抱えている人が多いと思いますが、そういった方に涙活をどうおすすめされますか?
吉田 リモートワークなどで人同士の距離感がある分、ストレスを感じる人は多いと思いますが、そういう方にこそ日々泣いていただきたいです。「泣く」ということは、ありのままの自分が出すことができ、「自分が一番大切にしている価値観」を知ることもできますから。また、よく「歳を取れば取るほど涙もろくなる」という言葉を耳にしますよね。あれを解釈すると、人は歳を取ったり、様々な経験を重ねることで共感脳が震えやすくなるんだと思うんです。
涙活セミナーで小中高生に結婚式の動画を流しても、よほど想像力豊がかな人以外、泣く人は少ないですけど、それは自分が経験していないことだからです。しかし、年齢を重ねて様々な経験をしてきた人は、たいてい泣くんですね。これを転じて考えれば、今辛い生活を送っている人は、「それまでよりも共感脳が震えやすくなった」と考えて、どんどん泣いてほしいなと思います。ストレス解消にもなりますし、自分自身を見つめ直すこともできますので。
「泣く」「涙を流す」という人間なら誰しも経験がある行為が、脳と深く関係し、人間の体にとってここまで有意義だとは思いませんでした。「最近、泣いていないな」という方、意識的に涙を流してみてはいかがでしょうか。日頃感じているストレスがスッキリ解消できるかもしれませんよ。
撮影/我妻慶一
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