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2021/6/3 18:15

“民主主義(デモクラシー)”って何だ? 政治学者・宇野重規さんが世界と日本の最新情勢を解説

2021年1月のアメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件や、現在捜査が進む愛知県知事リコール不正署名など、世界で、そして日本で、民主主義を脅かす事件が相次いでいます。また、政治にいまいち“私たちの声”が反映されない、というもどかしい思いも……。そもそも、この「民主主義」とは何なのでしょうか?

 

今回は、民主主義とは何か、原理原則や大前提から最新事情までを学びながら、私たちが暮らしをよりよくしていくために、できることは何なのかを考えてみましょう。教えてくださるのは、東京大学教授で政治学者の宇野重規先生です。中学生にも政治や公民を教えている宇野先生に、理解しやすいようやさしく解説していただきました。

 

1. 大前提。「民主主義」で決めたことが“正しい”わけではない

現代の日本が採用している「民主主義」。民主主義とは、「人民が国家の主権を所有し、自らのためにその権力を行使する政治形態」のことと定義されています。

 

また民主主義には、すべての人が話し合って物事を決める「直接民主主義」と、代表者を選び、その代表者同士が意見をまとめる「間接民主主義」があります。日本では、選挙を通して代表者を選ぶ、間接民主主義で物事を決めています。

 

「ただし、気をつけたいのは、“民主主義で決めたことが正しいとは限らない”ということです。みんなで愚かな決断をしてしまう場合もある。第二次世界大戦後は、民主主義が正しいものであると過剰に強調されてきた経緯がありますが、民主主義とは、決めたことが正しいかそうではないかではなく、単に物事の決め方を言っているに過ぎないのです」(政治学者・宇野重規さん、以下同)

 

2. 民主主義で個人の意見は反映されるのか?

選挙で地域の代表者を選び、その人たちが集まって議論する間接民主主義という仕組みでは、一人ひとりの意見が政治に反映されるように感じられます。代表者は国民の意見を聞き、それを議会に反映していく役割があるからです。しかし実際のところでは、政治に自分の意見が反映されていないと感じることの方が多いのではないでしょうか?

 

「現在の民主主義のあり方では、いつも同じ人が選ばれたり、特定の人たちの中からしか代表者が選ばれていないと感じることが多いはずです。もともと主婦だったり、会社員だったりした方が選挙に出る場面もありますが、同じような人たちしか選ばれない中で、新しい意見が採用されづらく、納得がいかない政治のあり方になっているのでしょう。

そもそも“選挙”が果たして本当に民主主義なのか? というところも疑問で、古くはアリストテレスがこれに反対していました。たとえば誰もが交代して公職につくような制度であれば、少数派やこれまでになかった新しい意見も採用されるような議会になるのではと感じています」

 

3. いつからはじまった? 民主主義の成り立ち

↑ギリシャの指導者、ペリクレスは、ペロポネソス戦争中に民主主義を讃える演説を行なったとされる

 

そもそも民主主義とは、「democracy」という単語を訳したもの。古代ギリシア語であるdemos(人々)とkratos(力)が語源となっています。

 

「それを日本語に翻訳するときに、“民主主義”としたのです。でも、主義とは本来イズムのこと。 “民主主義”は“主義”ではないのですが、舶来の思想であると日本は構えて輸入してしまったわけです。主義などと言わず直訳して“人々の力”としてもよかったと思います。また、当時の日本は天皇制でしたから、人々が力を持つと天皇主権とぶつかるという考えもあったのでしょう。どこか危険なものとして“民主主義”が明治の日本に受け入れられていったわけです。しかし、“みんなで考えて相談して物事を解決する”ということは何も特別なことではなく、日本では古くから行われてきた方法です

 

4. 世界では“非民主主義”の下で暮らす人のほうが多い!

そのような経緯から、民主主義に対しての不信感が高まりつつありますが、実はこれは今に限ったことではないのです。

 

「現在、世界的に見ると、非民主主義のもとに暮らしている人の方が人口的には多くなっています。デモクラシー(民主主義)という言葉が生まれたのは2500年くらい前なのですが、世界的に拡大したのはこの二世紀ほどで、アメリカ独立とフランス革命、第二次世界大戦、20世紀後半の脱植民地化の3つの波がありました。

しかし、いずれの波の後にも反動期がありました。『民主主義は不安定な制度である』という不信感が広まった時期です。寄せてはひく波のように、民主主義が拡大しては後退し、それでも続いてきた経緯があります。しかしここ数年はトランプ氏の件もあり、民主主義への疑いが再び広まりつつあると言っていいでしょう」

 

5. 日本の現状は? 停滞が続く日本の民主主義

そんな中で、世界に比べれば、日本は民主主義が比較的安定しているといえるそうです。

 

「安定というよりも、もしかしたら“停滞”という言葉の方がしっくりくるかもしれませんね。世界的には政治が左右に分極化して不安定な状態が続いていますが、日本ではむしろ自公政権(自由民主党・公明党による連立与党政権)が長く続きました。しかし、少子高齢化への対応や財政再建などの問題は解決していません。安定してはいても、民主主義がしっかり機能している、と言えるかは疑問も残ります。

政治に関心がない人も多く、20世紀終わりには国民の半分近くが無党派層となりました。関心を持てない理由のひとつには、きっと代表者たちがうまくやってくれるから大丈夫だろうという意見もあるかと思いますが、むしろいつまでたっても政治はよくならず、期待しても無駄という諦めの気持ちも多いのではないでしょうか。また、日本は“先進国”とは恥ずかしくて言えないほどジェンダーギャップ指数の順位が低く、報道の自由も低下し続けています。そういう国のあり方に若い人は不信感を持ち、代議制(間接民主主義)への不信を募らせていると言えます」

 

6.「民主主義」を生かすために、私たちにできること

そんな停滞する状況を変えるために、私たちが心がけることとは何でしょうか? 世界にも目を向けつつ、考えてみましょう。

 

・世界の新しいリーダーがしていること

世界では、リーダーとなる人が工夫しているようすが話題となっています。

 

「たとえばニュージーランドのアーダーン首相は、毎日のようにコロナ対策について会見して説明しただけでなく、その場で視聴者からの意見にひとつひとつ答えていました。国民が、自分の意見が聞いてもらえていると感じた瞬間であり、提案や意見を積極的に受けつけている姿に安心感があったと思います。また、台湾のデジタル大臣であるオードリー・タンは、インターネットで世論調査を行い、一定数の意見が集まったものを行政や議会に提出して議論しています。

 

↑ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相

 

これまで日本では、政治に物申すときには新聞の投書欄や政治家への陳情などの方法が取られてきましたが、どちらも反応がダイレクトにわかるものではありません。先の2名の政治家のように、直接声に反応してもらえたら、国民にも納得感があるはずです。今はTwitterで多くの意見が飛び交いますが、現在のところ残念ながらネガティヴな発言が目立ち、提案や前向きな解決策、情報交換などが十分できているとは言えません。国がしっかりと情報公開し、国にできない部分は国民に助けを求め、いいアイデアを募る。そういう体制が組めれば、デジタル民主主義という新しい形が確立できるのではないかと考えています」

 

知ることを怠らず、悩みを自分ごととして解決しない

それでは、わたしたちが日々暮らしていくなかで、よりよい生活ができるように工夫できることはないのでしょうか。

 

「まずひとつには、今どんなことが社会で問題になっているのか知ることが大切です。仕事のことや暮らしのことに悩みがある方は、それは自分のせいなのだと思いがちですが、そうではなく、社会的な背景があることを知ってほしいのです。自分だけの問題だと思って自分だけで解決しようとせず、社会問題だと思って周りを頼っていい。たとえばシングルマザーの貧困率が高いという問題では、自分が離婚したからだとか、勉強してこなかったからだ、能力がたりないからだ、と自分を責めてしまうかもしれません。このような思考になるのには、“やってこなかった自分が悪いのだ”という社会からの無言の圧力もありますよね。でも、同じ環境の方がこれだけの数いるわけですから、もうその人個人だけの問題ではないのです。

次に、それが自分だけでないことを知ったら、同じ環境の人と手を取って変えられる仕組みを考えてほしいのです。地域の人とおしゃべりする時間を持つことや、近所で物事を解決する手段を考えることも大切です。みんなで環境をよくしようとする動きが、少しずつ暮らしを明るくしていくのだと思います。わたしが研究してきたフランスの政治思想家・トクヴィルは、1835年にアメリカを旅していたとき、こんなことを言っています。アメリカの政治家は大したことはないが、人々がとてもしっかりと自治をしている国だ、と。自分の地域の問題に取り組み、自分の周りのことについて考えていくことが、まずは大切なのではないでしょうか。突然政治のことをと言っても、あまりに遠い話と感じてしまいますよね。自分の手の届く範囲で、ぜひ社会や地域のあり方に関心を持ってみてください」

 

7. 新しい形の選挙を模索する

日本の停滞した状況を脱するためにも、幅広い意見を吸い上げられるような仕組みが作れないものでしょうか。宇野先生は、新しい選挙の形を教えてくださいました。

 

「現在の選挙は地域別で選挙区が作られています。地域ごとに選挙をして、その地域の代表者を決めていますよね。しかしこれでは、数が少ない20代の意見はどうしても少数派とみなされ、採用されづらくなります。高齢者の方が数が多いので、その方々の意見が通ってしまうということになります。それならば、選挙を年代別にすればいいのではないでしょうか。20代の議席数は少ないかもしれませんが、20代が選んだ代表者が国会に議席を持つことができれば、若い方の意見もきちんと通る仕組みづくりができます。

また、投票するときにみなさん悩まれると思うのですが、絶対にこの人や政党がいい! と自信を持って一票投じられることはまれですよね。この人や政党のこの意見はいいけれど、この部分はあまり賛成できない、そこはこちらに本当は入れたい……というふうに悩む方が多いでしょうから、ひとり一票のうち、一票の1/4はこちらの人に、3/4はこの人にというふうに投票できたら、民意が反映されやすいのではないでしょうか。選挙に工夫がまったくなされないまま、これまできてしまったのですから、方法を改めるのは手だと思います」

 

 

政治について考える。そう言うと、なかなか手を伸ばしづらい問題に感じますが、紐解いてみれば、実はわたしたちの日々の暮らしについて考えることなのです。地域や職場、学校、子育ての環境など、自分がいる場所の問題をどのように解決するか、仕組み作りや環境の整え方を周囲の人たちと相談し合うことこそが、新しい世の中の仕組みを育てていくのかもしれません。

 

【プロフィール】

政治学者 / 宇野重規

東京大学教授(政治思想史)。東京大学卒業後、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。千葉大学法経学部助教授、東京大学社会科学研究所助教授、同准教授、フランス社会科学高等研究院、コーネル大学ロースクールで客員研究員などを務める。19世紀フランスの政治思想家トクヴィルを起点にフランスとアメリカの現代政治哲学を研究し、民主主義、自由と平等、社会的紐帯、宗教などの問題を考えてきた。現代日本政治に関する解説・評論記事も多数執筆している。著書に『<私>時代のデモクラシー』『民主主義のつくり方』『保守主義とは何か』などがある。『トクヴィル 平等と不平等の理論家』でサントリー学芸賞(思想・歴史部門)を受賞。

 

『民主主義とは何か』(講談社現代新書)