陶磁器の修復技法「金継ぎ」は、日本が誇る伝統技術の一つ。コロナ禍で在宅時間が増えたこともあり、チャレンジする人が増えているといいます。そこで今回は、漫画家でありながら、漆職人として金継ぎ教室も開催されている堀道広さんに、金継ぎの魅力や自宅でもできる金継ぎの方法を教えていただきました。
日本に古くからある修復技法、「金継ぎ」とは
そもそも金継ぎとはどのような技術で、どのようなものを直せるのか。堀さんに教えていただきました。
「金継ぎは、割れたり欠けたりした陶磁器を『漆』で繕い、金粉や銀粉などの装飾を施すことで、傷跡をきれいに見せる修復技法です。日本に古くからある伝統的な技術で、室町時代ごろにお茶の世界で始まったと言われています。
金継ぎは、割れたところを継ぎ合せたり、欠けたところを埋めたり、ひびが入ったところを補強したりと、器の破損状態によって修復方法が異なります。陶磁器であれば基本的になんでも直すことができますが、木の樹液である漆は完璧な素材ではないので、不向きな器もあります。例えば、素焼きに近いザラッとした手触りの器は漆を吸いやすく、きれいに仕上げるには難易度が高め。逆に、釉薬(陶磁器の表面をコーティングするガラス質)がかかった、ツルッとしている器は、初心者の方にもおすすめです」(堀道広さん、以下同)
15年ほど前から金継ぎの教室「金継ぎ部」を主宰している堀さん。昨今のブームの背景や金継ぎの魅力についてもお聞きしました。
「金継ぎ教室の生徒さんが特に増えたと感じるのは、東日本大震災の後くらいから。震災で壊れたものを直そうとする方も多くいましたが、大きな要因としては、陶芸作家や大量生産ではない手づくりのものが増えてきたからではないかと考えています。このくらいの時期から金継ぎ自体の知名度も徐々に上がり、最近はコロナ禍で、自宅で過ごす時間が増えたことをきっかけに、金継ぎを始める人も増えてきていると感じます。
金継ぎの役割は、『壊れたものを直して、また使えるようにする』こと。とても実用的なところがいいなと思いますし、そもそも壊れたものを直すという行為には、『やさしい気持ち』があると思うんですよね。そこが、金継ぎの魅力の一つだと考えています」
金継ぎに必要な道具は?
金継ぎをこれから始めてみたいという方は、まずは道具をそろえるところから。金継ぎには、漆だけでなく合成樹脂や接着剤を使って行う方法もありますが、今回は漆のみを使う場合の基本の道具を紹介します。修復方法や工程によって用意する道具はさまざまですが、ポイントになる道具をいくつかピックアップしました。
・漆
生漆(きうるし)、黒呂色漆(くろろいろうるし)、弁柄漆(べんがらうるし)などを、工程によって使い分けます。漆自体は一種類ですが、塗りやすいように精製されたものなどさまざまな種類があり、最近では陶磁器だけでなくガラスに使える漆も。専門店はもちろん、ホームセンターなどでも購入できます。
・細筆
漆を塗るときに使用する筆は、粗が目立ちにくい細い線を引ける筆がおすすめ。堀さんは蒔絵筆を使っているそうですが、画材屋などで手に入る0号の細い丸筆でもOKです。
・ペンカッター
漆を削るときに使用します。堀さんはペンカッターの軸に市販の刃を付け替えたものを愛用中。ペンカッターの軸は100円ショップ、刃はホームセンターなどでも手に入れることができます。
・金粉
金粉は高価なため、堀さんの金継ぎ教室では真鍮粉(銅と亜鉛の合金)を使うこともあるそう。そのほか、銀粉、錫粉などを使っても装飾できます。
・鯛牙
鯛牙は漢字の通り、鯛の牙でつくられた金工道具。金を蒔いたあとに継ぎ目を磨く工程で使用します。(メノウ棒でも代用できます)
そのほかに必要なのは、作業台として使用するガラス板、ゴム手袋(ピタッとフィットする薄手のもの)、砥之粉、強力粉(自宅にある小麦粉でOK)、サンドペーパー、マスキングテープ、木粉(「欠け」を修復するときに使用)、プラスチックのヘラ、竹ベラ、なたね油、テレピン油、真綿、磨き粉(砥石粉)、綿棒、ウエス(ティッシュでも可)など。これらの使い方については、後ほどご紹介します。
忘れてはならないのが、なたね油(サラダ油、オリーブ油などの不乾性の植物油)と、テレピン油です。漆は水で落ちないため、筆は必ずなたね油などの不乾性の植物油、ヘラやガラス板はなたね油やテレピン油(または灯油などの溶剤でも可)を使って、落としましょう。
「必要な道具はホームセンターや画材屋でだいたい手に入れることができますが、キットなどを購入して一気に揃えてもいいと思います。インターネットの口コミなども参考にしながら、探してみてください」
いよいよ金継ぎにチャレンジ!
道具をそろえたら、いよいよ実践。今回は「割れ」を修復するときの金継ぎの工程を紹介します。
1.前処理をする
まずは前処理からスタート。漆職人の堀さんは普段、素手で作業されるそうですが、漆はかぶれる可能性もあるため、漆を扱うときはこれ以降の工程でも必ず手袋をするようにしてください。
ガラス板の上に「生漆」を出し、綿棒を使って継ぎ目に塗っていきます。漆はすぐに染み込むため、塗った後はウエスなどで余分な漆を拭きとり、一晩乾かしましょう。残った生漆はこの後の工程で使用するので取っておいてください。
2.接着用の「麦漆」をつくる
一晩寝かせた後は、破片を接着するときに使用する「麦漆」をつくります。まずガラス板の上に水と強力粉を出して、プラスチックのヘラで練ります。ヨーグルトくらいのものができたら、前処理のときに残った「生漆」を少しずつ混ぜ合わせましょう。生漆の量は、水と強力粉を混ぜたものの2倍くらいが目安です。
しばらく混ぜ合わせ、粘着性が出てよく粘る状態(写真のように10センチ伸びるくらい)になったら「麦漆」の完成です。生漆の量は、粘り気を見ながら調整してください。
3.破片同士をくっつける
次に、竹ベラを使って麦漆を破片の片面に薄く塗っていきます。初心者の方は漆をつい分厚く塗ってしまいがちですが、最低限の量を薄く塗ることがきれいに仕上げるコツです。
破片が複数あるときは、小さい破片同士からくっつけていくのもポイント。大きな破片から始めると、後で小さな破片をくっつけるときにうまく入らなくなることもあるためです。
破片に漆を塗ったらすぐにくっつけて、継ぎ目にマスキングテープを貼っていきます。マスキングテープは、写真のようなつぎはぎ状に、なるべく等間隔で貼りましょう。そうすることで、ほどよく空気に触れるので、漆が乾きやすくなります。
全ての破片をくっつけたら、マスキングテープを全体に巻いて、両手でギュッと接着します。すきまができないように力を入れて接着するのがポイント。その後、一週間ほど寝かせます。
4.余分な漆を削り、細かな欠けや溝があれば埋める
一週間寝かせて接着させた後は、継ぎ目からはみ出した麦漆をペンカッターで削っていきます。このとき、刃で手を切らないように注意。削った後、継ぎ目に細かな欠けや溝があるときは『さび漆』(※)で埋めましょう。
※水と砥之粉をからしほどの固さに練り、生漆を混ぜ合わせたもの。(練った砥之粉と生漆は10対6くらいの割合)これを竹ベラで継ぎ目全体に塗って一日寝かせ、サンドペーパーで削ると、細かな欠けや溝を埋めることができます。
5.「中塗り」と「研ぎ」を2~3回繰り返す
続いて行うのが、中塗り。ガラス板に「黒呂色漆」を出し、細筆で継ぎ目に塗っていきます。できるだけ細く塗ると仕上がりもきれいに。終わったら一晩寝かせます。
一晩寝かせた後、中塗りしたところをサンドペーパーで研いでいきます。その後、中塗り→一晩寝かせる→研ぐ、という工程をもう一度繰り返しましょう。余裕があれば3回目も。手間はかかりますが、繰り返すことで線がよりなめらかになり、強度も高まります。
6.金粉を蒔く
中塗りと研ぎを繰り返したら、いよいよ仕上げの工程。金粉を蒔く前に、継ぎ目に細筆で「弁柄漆」を薄く塗り(「地塗り」と言います)、15分くらい乾かします。塗ったところは触らないように注意しましょう。
また、この工程はなるべく失敗したくないところ。中塗りを3回繰り返すのをすすめているのは、継ぎ目に沿って漆をきれいに塗る練習をしてもらうためでもあります。とはいえ、もし漆がはみ出してしまっても、乾いた後に削れば大丈夫。慌てて綿棒などで拭ったりしないようにしてください。
漆が乾いたら、真綿に金粉を付けて、継ぎ目にくるくると円を描くように付着させていきます。金粉を蒔いたら一晩寝かせましょう。
寝かせた後は、鯛牙(またはメノウ棒)を使って小さな丸を描きながら撫でるように継ぎ目を磨き、光らせていきます。光沢が出たら完成!
金粉は「これ以上は光らない」という限度があるため、ある程度光ればOKです。
「金継ぎをした器は、通常のものと同じように扱っても問題ありませんが、電子レンジや食洗器の使用は避けてください。手間暇かけて直した器なので、大切に扱って、長く使ってくださいね」
“器の声” を聞きながら、いろいろな金継ぎにチャレンジしてほしい
今回は金粉で装飾する「割れ」の工程を紹介しましたが、金継ぎの楽しみ方はまだまだたくさんあります。最後に堀さんから、これから金継ぎを始める人へのアドバイスや、金継ぎをもっと楽しむための方法を教えていただきました。
「私は普段、金継ぎの教室で、『最初の金継ぎをいかにきれいに仕上げてもらえるか』ということを考えながら、皆さんのお手伝いをしています。それは、初めて金継ぎを体験した方に『こんなにきれいにできるんだ!』という感動を味わってもらい、その後も続けてもらいたいから。そのためには、ツヤのある器など、まずは失敗しにくいものから始めるのが良いと思います。その後、『割れ』の修復ができたら、『欠け』の修復もやってみたり、金粉だけでなく銀粉を使ってみたりと、いろいろな金継ぎにチャレンジしてみるのがいいのではないでしょうか」
「また、自分が大事にしている器を直したいと思ったとき、『この器はどういうふうに直されたいだろう?』と、 “器の声” に耳を傾けてみてほしいです。考え方はさまざまですが、私自身は、陶磁器は土でつくられたものなので、直すときも自然の素材である漆を使って、丁寧に直したいと考えています。漆で行う金継ぎは、手間暇かけるほど仕上がりも美しくなるので、ますます愛着もわくはず。ぜひ気軽に楽しくチャレンジしてみてください!」
プロフィール
うるし漫画家 / 堀道広
うるし漫画家。国立高岡短期大学(現・富山大学芸術文化学部)漆工芸専攻卒。石川県立輪島漆芸技術研修所卒。文化財修復会社を経て、漆屋で職人として働きながら2003年漫画家デビュー。 以降、漆と漫画の分野で活動。著書に「青春うるはし! うるし部」(青林工藝舎)、「おうちでできるおおらか金継ぎ」(実業之日本社)など。都内近郊で金継ぎのワークショップ「金継ぎ部」主催。おおらか金継ぎの普及に努める。現在、アンドプレミアム(マガジンハウス)のウェブサイトにて、漫画「金継ぎおじさん」を連載中。
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