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2023/7/19 20:30

“人口爆発”が何を引き起こす? 80億人が人と地球に与えるインパクトとは

国連は、2022年11月に世界人口が80億人を突破したと発表。増え続ける世界人口は、私たちの暮らしにどのような影響を及ぼすのでしょうか? 『やるべきことがすぐわかる今さら聞けないSDGsの超基本』(朝日新聞出版)の著者であり、子どもの環境・経済教育研究室代表の泉美智子さんに話を伺いました。

 

世界人口デーに考えること

毎年7月11日は国連の定める「世界人口デー」です。1987年のこの日、旧ユーゴスラビアで50億人目となる男の子が誕生しました。世界人口が50億人に達したことを祝い、当時のデクエヤル国連事務総長が「彼と同じ世代の人びとが平等に暮らせるように」と祝福の言葉を贈りました。そして、世界人口が50億人になったことをきっかけに、「世界人口デー」が国連デーの一つとして定められました。

 

かつては喜ばれていた人口増加。それが “人口爆発” として憂うようになったのはなぜでしょうか。この世界人口デーをきっかけに、一見すると私たちに関係なさそうなこの問題に目を向けてみましょう。

 

増え続ける世界人口と減り続ける日本の人口

世界人口推計(WWP)によると、現在80億人の世界人口は、2030年に85億人、2050年には97億人に増加する見通しです。一方で、人口が減少する国もあります。

 

「2050年までの間に、ヨーロッパのほとんどの国と日本で人口が減少し、南アジアやアフリカの国では増加していきます。現在、日本の人口はおよそ1億2330万人であり、内閣府の発表では2065年には8808万人にまで減少すると言われ、少子高齢化が進んでいるのは周知の通りです。お隣の中国では、人口増加による食糧不足の懸念から、1990年頃に導入された人口抑制策である『一人っ子政策』は2015年に廃止されましたが、そこからすぐに人口が増えるわけではありません。中国でもまた、少子高齢化が問題となっています。

 

これら先進国や一部の新興国での人口減少は、男女ともに高学歴化し、それに伴って晩婚化、未婚化したことが要因の一つです。また、近年の日本では、若者の経済的自立の不安からくる未婚化が顕著です。

 

世界人口は2055年には100億人を超えると予測されています。人口増加が著しいのは途上国ですが、その理由のひとつに、子どもが成人まで生きられない環境があります。劣悪な衛生環境や食糧不足によって多くの子どもが命を落としている一方で、各家庭では貧困を補うための労働力として家族を増やす必要があります。貧困問題と人口増加はこうした悪循環から生まれます」(子どもの環境・経済教育研究室代表の泉美智子さん、以下同)

 

人口爆発が起こる原因とは?

イギリスの経済学者トマス・マルサスは1798年、著書『人口論』のなかで、人口が毎年定率で増え続ければ、食糧生産を上回り、食糧の奪い合いが起こり、その結果貧困や犯罪に発展する可能性があると記述しました。事実、18世期から現在まで人口は増え続け、資源不足や貧困増加が問題となっています。

 

「人口爆発の原因は単純なものではありません。さまざまな要因が絡み合って起きています。大枠として捉えるのであれば以下のようなことが挙げられます」

 

1.途上国の出生率の高さ

「先述の通り、途上国の貧困層は労働力として一家庭の中で子どもを多く持つ必要があります。しかしながら、子どもが健康に成長し労働力となる確率が低い(幼児死亡率が高い)ため、より多くの子どもを産んで労働力を確保しようとします」

 

2.医療技術の進歩による死亡率の低下

「2000年以降、質の高い保健サービスへのアクセスが向上したことにより、乳幼児の死亡率は半減。妊産婦の死亡数は3分の1以上減少しています。医療の進歩はよろこばしい一方で、人口爆発のリスクを抱えることとなりました」

 

3.技術革新による作物生産の向上

「農業の技術革新によって農作物を安定的に作れるようになり、低コストでの大量生産が可能となりました。規模が大きくなるにつれて生産の担い手が不足していくと、労働者たちは安い賃金で働かされるようになりました。そして労働力確保のための手段として出産を増やしていきました」

 

過去に人口爆発が起こった歴史はあるのでしょうか?

 

「たとえば、産業革命以降の200年間で、ヨーロッパの人口は約5倍に、アメリカの人口は約10倍に増加しました。また、日本では江戸時代の人口は3000万人前後と安定していましたが、開国後の100年間で約4倍にまで増えました。これら急激に人口の増えた歴史を見ていくと、国が発展を遂げる段階で人口爆発が起きているのがわかります。先進国では技術革新や所得の増加を伴いながら人口が増えたため、食糧不足や紛争を免れたのです」

 

人口爆発による問題とその打開策となるSDGsの目標

このまま人口が増え続けると、私たちの生活にどのような問題が出てくるのでしょうか? また、その解決の糸口とはなんでしょう? 人口爆発への課題と密接な関係があるSDGsの目標にも触れながら解説していただきました。

 

人口が増え続けることで懸念される問題

1.食糧不足

「人口が急激に増えることにより、食糧の生産・供給量以上に需要量が増えていきます。限りある食糧を取り合わなければならなくなり、食糧の物価高騰は免れません。その結果、途上国を中心に飢餓が広がることが懸念されます。SDGs目標2でも掲げられている『飢餓をゼロに』の実現には、持続可能な農耕・畜産により、食糧供給網を安定させることが重要です。持続可能な農業を実現するためには、水源の保全や森林伐採を回避すること、農薬をなるべく使わないことなどが重要になってきます。また、期待される新技術にフードテックがあります。代表的なものでは、大豆を原料とした代替肉が有名です。牛や豚の飼育が減少すると、動物たちの排出するメタンガスの削減にもつながり、温暖化の緩和が期待されます」

 

2.エネルギー資源の枯渇

「不安定な世界情勢のなか、現在もエネルギー問題が懸念されていますが、人口増で、深刻化の恐れがあります。資源を巡っての戦争も起こりやすくなるでしょう。これらの解決に向け、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーを活用していくことは国連で重要視している課題です。SDGs目標7の『エネルギーをみんなにそしてクリーンに』と重なりますね。この目標の実現のためには、できるだけCO2排出量の少ない電源を主役にすることが重要です。未来のエネルギー戦争を食い止める鍵を握るのも、気候変動対策の鍵を握るのも、再生可能エネルギーだと言えます」

 

3.貧困や環境問題の悪化

「人口が増えれば、資源の消費が増え多くの生産力が追いつかなくなるのは明白です。資源の取り合いが大きくなれば、さらなる貧困や経済格差が生まれます。SDGsの目標の一番目に『貧困をなくそう』が掲げられているように、人口爆発に対策する上でも、あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせることが急務です。また、不足する資源を供給するために、森林伐採や耕地を拡大していけば、地球温暖化が加速します。SDGs目標13の『気候変動に具体的な対策を』がここに当たります。気候変動への緩和策としては、白熱灯をLEDに切り替えたり、移動は公共交通機関を使ったり、エアコンの設定温度を冬は20℃、夏は28℃に見直したりするなど、日常生活でもできることはたくさんあります」

 

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SDGs17の目標

「人口増加への対策と密接な関係のあるSDGsは2015年に国連で採択されました。全世界が協力しながら2030年までに目標達成することを目指しています。まだまだ課題は多いものの、地球全体の指針として多くの人びとが意識することが大切です」

 

目標1 貧困をなくそう
目標2 飢餓をゼロに
目標3 すべての人に健康と福祉を
目標4 質の高い教育をみんなに
目標5 ジェンダー平等を実現しよう
目標6 安全な水とトイレを世界中に
目標7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
目標8 働きがいも経済成長も
目標9 産業と技術革新の基盤をつくろう
目標10 人や国の不平等をなくそう
目標11 住み続けられるまちづくりを
目標12 つくる責任つかう責任
目標13 気候変動に具体的な対策を
目標14 海の豊かさを守ろう
目標15 陸の豊かさも守ろう
目標16 平和と公正をすべての人に
目標17 パートナーシップで目標を達成しよう
(出典=国連広報センター)

 

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人口爆発を鎮めるために

人びとにとっても地球環境においても、さまざまな問題が懸念される人口増加の加速を抑えるために必要なことはなんでしょうか?「先進国としてできることとして、途上国への医療と教育の支援があります」

 

1.乳幼児死亡率を減らす

「一人の子どもがしっかりと成長できる環境を整えることが大切です。そのためには途上国での、医療をはじめ保健衛生の向上が必要です。先進国は途上国に対し医師、助産師を派遣するなどの支援をすることが乳幼児死亡率の減少につながります」

 

2.女性の識字率を向上させる

「女性が教育を受け、文字の読み書きができるようになれば、さまざまな情報を手に入れることができるようになり、女性の就業機会が増えます。女性が働けるようになれば婚姻年齢が上がります。先進国の事例が示す通り、これが結果的に乳幼児死亡率を下げ、子どもの数の適正化につながっていきます。途上国の女性の低い識字率を上げるためには、教室の数を増やす、学校に女性用トイレを建設する、教員に研修を行うなどの支援で、すべての子どもたちが教育を受けられる環境を整備していくことが大切です」

 

私たちができることとは

地球全体の人口問題を考えたとき、私たち一人ひとりができる行動はあるのでしょうか?

 

「人口問題は、世界そして国として取り組むべき課題であり。実際のところ一人ひとりができることは限られています。しかしながら、他人事では状況は好転していきません。人口増加で地球環境の悪化が懸念される今、すぐにできる環境保全対策を日常的に行うことが大切です。できることから始めていきましょう」

 

1.“消費者” としての意識を高める

「多くの利益をあげている企業の中には、途上国の劣悪で安価な生産環境のもとで成り立っている場合があります。価格の安い商品は、なぜ安いのかを考える必要があります。そこには、低コストで販売できる理由があるわけです。ヨーロッパでは児童労働をはじめ劣悪な環境下で作られた衣類を買わない不買運動が盛んに行われています。私たち消費者がそのような衣類を買わなければ、労働者が劣悪な環境下で働くこともなくなります。このように、私たちは対価に見合わない労働を強いられている人びとのことを考える必要があります。近年、経済的弱者である途上国の労働者と、先進国の消費者が対等な立場で取引をするようにフェアトレード(公正な貿易)の概念が広がりつつあります。
私たちはものを買うときに、その企業へ投票するのだ、という意識を持つことが大切です。これが途上国の貧困の撲滅への第一歩です」

 

2.当たり前のことに疑問を持つ

「たとえば捨てたゴミはどこにいくのでしょうか? 流した水はどこに向かうのでしょうか? 暮らしの中の当たり前にできていることに疑問を持つことが必要です。今手にしているものが、どこからきてどこにいくのかを知れば、簡単に捨てる行為もできなくなります。なんでも欲しいものが簡単に手に入る環境の中では、そのサイクルも早い。豊かになったが故の状況を今一度見直してみましょう。少し値が張っても、本当に気に入ったものを長く使うことは環境保全にもつながります」

 

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私たちが日常生活の中で人口増加を実感する場面はほとんどありませんが、人口増加が途上国の貧困の拡大や、地球環境の悪化につながるとわかりました。そしてそれは必ず、巡り巡って私たちの暮らしにも影を落とします。すべてはつながって成り立っており、けっして他人事ではありません。出生動向と死亡動向は比較的予測しやすい統計であり、事前に対策をすることが可能。世界人口デーをきっかけに、人口問題に目を向け、暮らしの中でできることを探してみませんか。

 

プロフィール

子どもの環境・経済教育研究室代表 / 泉美智子

株式会社六次元(子どもの環境・経済教育研究室代表)。京都大学経済研究所東京分室、公立鳥取環境大学経営学部准教授を経て現職。環境・経済・絵本・児童書関連書籍を多数執筆している。
HP

 


『やるべきことがすぐわかる今さら聞けないSDGsの超基本』(朝日新聞出版)