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余白思考デザイン的考察学
2024/8/16 6:30

アートディレクター・山崎晴太郎「アートやデザインの領域を越え、誰もが気軽に楽しめる空間にしたい」『余白思考デザイン的考察学』第3回

「山崎晴太郎の余白思考 デザイン的考察学」第3回

 

デザイナー、経営者、テレビ番組のコメンテーターなど、多岐にわたる活動を展開するアートディレクターの山崎晴太郎さんが新たなモノの見方や楽しみ方を提案していく連載がスタート。自身の著書にもなった、ビジネスやデザインの分野だけにとどまらない「余白思考」という考え方から、暮らしを豊かにするヒントを紹介していきます。第3回は8月17日から東京・スパイラルガーデン開催される大規模な個展『越境するアート、横断するデザイン。』について、コンセプトや気になる内容についてお話をうかがいました。

 

 

 

曖昧さ”や“未完成”のものの中にある美しさ

──8月17日から開催される「越境するアート、横断するデザイン。」。まずはこのタイトルに込めた思いをお聞かせください。

 

山崎 今回の展覧会では僕のアートピースとデザインワークを同時に展開していくことをコンセプトにしています。この2つは僕の中で似て非なるもので、アートがラップしていくイメージなのに対し、デザインは鋭角に刺していく感覚がある。そうした2つの領域を横断し、乗り越えていくというテーマを設けて、このタイトルにしました。言葉にすると少し難しいことを言っているように感じるかもしれませんが(笑)、実際に見ていただくと、誰もが気軽に楽しめる作品が並んだ展覧会になっています。

 

──内容自体はどのようなラインナップになっているのでしょう?

 

山崎 ここ5年から8年の間に手掛けたものが多いですね。60点ほど展示しているので、今の僕のすべてをさらけ出していると思います。面白いのが、これだけ点数があると、大抵はそのデザイナーの人となりが見えてくるものなんです。でも、少し表現の振り幅が大きいので、“一人の人の頭の中とは思えない”と混乱されるかもしれません(笑)。

 

──それほどいろんな世界観の作品があると、展示方法やレイアウトも気になるところです。

 

山崎 今回はあえて〈アート〉と〈デザイン〉のジャンルを分けないように並べているので、来場者は余計に頭の中がこんがらがるかもしれないですね(笑)。また、展示の仕方も白壁に作品を並べていくような一般的な形ではなく、建築足場のようなものを設置し、そこに立てかけたり、ぶら下げたりしています。一見すると、まだ作業中のような雰囲気を持たれるかもしれませんが、この未完成さが僕はとても大事だと思っていて。“クリエイティブに完成はない”ということ。そして、完成したと思ってしまった瞬間から、そのクリエイティブは死んでいくような気がしているんです。僕の表現者としての未熟さゆえかもしれませんけど(笑)。

 

──なるほど。では、気になる内容についてもいくつか教えてください。

 

山崎 僕のアートワークの1つに『使われなかった物語』というシリーズがあります。アート作品の中に独自の書体(フォント)を入れ込んだ作品はすでに数多く作られていますが、その逆で、書体自体を現代アートにしてしまおうと試みたのがこのシリーズです。具体的にどんなことをしているのかと言いますと、例えば「A」から「Z」までのアルファベットを一文字ずつ声に出して読み上げ、それを波形でかたどっていく。すると、それぞれの波形と波形の間に文字として認識されずにこぼれ落ちた音があることが分かる。つまり、「A」や「B」という音の概念になれなかったものたちが存在するんです。それらを拾い集めてグラフィックにし、新たなアルファベットのフォントとして作り上げていく。このフォントを利用し、旧約聖書の『創世記』やウィリアム・シェイクスピアの『ソネット第18番』を書き写してアート作品にしたのが『使われなかった物語』というシリーズです。人類の歴史の大部分は文字によって記録されてきたわけですが、そこには文字になる前にこぼれ落ちた膨大な情報があったはず。でも、それらは記録されずに消えていった。この作品は、文字として記録されてきた声の周囲には、常に記録されなかった声が存在するということの暗喩なんです。

↑使われなかった物語

 

──文字の“音”を可視化し、それらを応用して新たなフォントを創作されているんですね。

 

山崎 そうです。また、こうした音のソノグラフをテーマにした作品の制作は言葉に限らず、街に存在する音でも行っています。その1つが『こぼれ落ちたものの標本』です。土地の空の写真を背景に、同じ場所で録音した音から先ほどのフォントと同じように図形を抽出して、標本のようにピンで留めています。

↑土地の音

 

──ピンで留めることにはどのような意図が?

 

山崎 まず、前提としてこの作品シリーズには“見えていないものや曖昧なものを捕える”というコンセプトがあるんですね。音に限らず、その土地にいる神様でも妖怪もそうなんですが、本来見えないものに対して、その土地の音を拾い、目に見える形にして標本化していくという狙いがある。これは、現代社会に向けたアンチテーゼにもなっています。今の時代はなんでもかんでも名称を付けて、ラベルを貼って、カテゴライズしようとするきらいがあり、そのことで、これまでなら曖昧さのなかであっても成立していたものが、逆に複雑化されている気がするんです。例えば、LGBTQといった呼称もそうじゃないかな、と。多様性を謳いながら、新たな言葉で縛り付けようとしている。それって言い換えると、複雑さやグラデーションのあるものを表面だけ掬い取って単純な色を上に塗り足し、虫ピンで刺しているだけのような気がするんです。まるで、新しい昆虫を標本にするように。こうした、“目に見えないもの”や“曖昧なもの”をどうやって表現していくかは僕のアーティストとしてのステートメントの1つであり、また、そうした曖昧さがあるものにこそ、本当の美しさがあると僕は感じているんです。

↑土地の音

 

── “曖昧なもの”を表現した作品はほかにも展示されるのでしょうか?

 

山崎 『陰影礼賛』という作品も展示しています。これは、谷崎潤一郎の短編小説からインスピレーションを受けて制作したものです。文字を切り抜いた和紙を2枚の紙で挟んで、上から垂らしています。その3枚をピッタリと重ねるのではなく、隙間を開けて、ちょっとした風で揺らぐようにしている。また、背後から光りを透過しているので、紙が動くと切り抜かれた文字の輪郭がぼやけるようになっているんです。一方で、紙を手で直接触れると3枚の紙が重なっていくため、輪郭がはっきりと見えるようになる。これも先ほどお話ししたフォントのコンセプトと近いものがありますが、文字が紙に形として定着する前。つまり、文字が文字という存在になろうとする直前を捕まえたいという考えから制作したアートワークです。そしてもう1つ、“生まれたものの個性”を表現したアート作品に『名前のないポートレート』があります。

↑名前のないポートレート

 

──『名前のないポートレート』は真珠を使った作品ですね。

 

山崎 ええ。アコヤ真珠産業がテーマになっています。真珠って、貝の中で出来上がったばかりのものはきれいな球体ではなく、少しボコボコしているんです。それを研磨して丸くしていくわけですが、最初のいびつさのある原型を見た時、これって人間の命と同じだなと感じたんです。個性を持って生まれてきているのに、みんな工業製品として、同じ形になるように強制されていく。そこで、生まれたままの、いびつな真珠たちを使い、工業製品になる世界線と別の世界線を表現したのが『名前のないポートレート』です。薄い布で作られた大きな筒の中にいくつもの真珠を糸でつるした作品で、これは母親の胎内をイメージしており、真珠がつられた糸は個別の真珠の人生です。そして、それぞれの糸が人間関係のように絡まっていく。また、この真珠に糸を通すための穴開け作業は障がい者施設にいる方々にお願いをしています。社会からこぼれ落ちたものの美しさを掬い取るという意味で、僕の作品の一つの方向性でもあると思います。

↑名前のないポートレート

 

 

現代音楽とアートを融合させた作品も数多く展示

──山崎さんは音楽の分野でもさまざまな活動をされていますが、それらも展示されるのでしょうか?

 

山崎 はい。代表的なところで言えば、MONDO GROSSOなどに参加されていたギタリスト・田中義人さんと僕によるサウンドユニット・NU/NCの音源「recollection / 或る風景の記憶」を聴くことができます。NU/NCは図形譜を軸にした音楽作品で、僕が最初に図形譜を描き、それを基に義人くんにメロディを創っていただき、さらにそこへ僕がフィールド・レコーディングしてきた音の素材を加えて1つの曲に作り上げていったものです。

 

──図形譜とはどういったものなのでしょう?

 

山崎 音楽の楽譜と聞いて誰もが思い出すのは五線譜ですよね。五線譜はいわば、音の再現性を形にしたものです。誰がどの時代であろうと五線譜に書かれた通りに音を奏でれば、同じ音楽を作り出すことができます。一方で、図形譜とは言葉の通り、図形などを使って書かれた楽譜のことで、簡単に言うと“感情”や“気持ち”を表現しているんです。図形を見て、もし寂しく感じたら、その気持ちで弾いてもらいたいという思いが込められている。ある種、実験的な現代音楽ですが、坂本龍一さんや武満 徹さん、ジョン・ケージさんなどが取り組んだ現代音楽の一つの分野でもある。“新しい音楽の届け方”という意味でも、僕はこの概念が大好きなんですよね。また、同じく現代音楽を代表するスティーヴ・ライヒさんとコラボして作ったものの中に『余白のための楽譜』というアートワークがあり、こちらも五線譜にならない音楽をテーマにしています。

↑スティーブ・ライヒ氏とのコラボ作品「余白のための楽譜」

 

──概要だけ聞くと、先ほどの“音の概念になれなかった文字”に通ずるものがありますね。

 

山崎 そうですね。NU/NCは純粋に音楽を表現したものですが、『余白のための楽譜』はもう少しアート性が強いです。五線譜に書かれた音楽は基本的にメトロノームなどで拍を取れるようにできているのですが、音の粒と粒の間、拍と拍の間にも音は存在する。その世界を流体のような紋様で可視化したものなんです。24時間で一曲が一周する、大きなモニターを複数台使って表現したインスタレーションなのですが、さすがに今回の会場には設置できないので、ミニサイズのものを展示しています。

 

──アート以外の展示物もあるのでしょうか?

 

山崎 たくさんありますが、これまで紹介してきたものとカラーが異なる作品で言えば、国土交通省さんと河川情報センターさんからの依頼で取り組んでいる「水害ハザードマップ訴求プロジェクト」があります。通称『気をつけ妖怪図鑑』と呼んでいるもので、小学生たちにハザードマップやマイタイムラインをもっと身近に感じてもらおうというプロジェクトです。今はタブレットを授業で使っている小学校が多いので、ブラウザゲームのような感覚で水防災を楽しみながら学べるものを作りました。具体的には、床上浸水や河川の氾濫といった災害を妖怪に見立ててキャラクター化し、街や通学路にどんな危険が潜んでいるかを調べて、自分たちでハザードマップにプロットしていくというもの。これは来年度からいろんな学校で本格的に導入されるよう実証実験をしています。自分でも思いますが、本当にこれまで紹介してきたアートワークとの高低差がすごいなと思います(笑)。

↑気をつけ妖怪図鑑

 

──確かに(笑)。

 

山崎 そのほか、最新のデザイン、ブランディングプロジェクトとしてJR西日本さんが展開しているWESTER(ウェスター)ブランドのブランディングプロジェクトにも参加しています。交通系決済のICOCA、クレジットカードのJ-WESTに続く、第三の決済手段の「WESTERウォレット(仮称)」をはじめ、デジタル戦略を含めたさまざまなサービスをこれからスタートさせていく予定です。そのプロジェクトで今後使われていくオリジナルフォントの作成も行っています。

 

アイデアの“始まり”である曖昧さも作品のテーマに

──これだけ内容が多彩だと何度も訪れたくなりますし、そのたびにいろんな発見がありそうです。

 

山崎 そうですね。場所は表参道の駅からすぐですし、入場料も無料なので、ぜひ何度も足を運んでいただきたいです。会場になっているスパイラルガーデンは、多くの方に気軽にアートや文化に触れていただきたいという思いをミッションとして掲げていて、そこに僕も賛同しているんです。また、中には抽象性の高い作品も展示していますので、パッと見では分かりづらいものもあるかもしれません。そのため、作品ごとに文章も書き添えていますので、きっと初見でもそれぞれの世界観を感じて、楽しんでいただけると思います。

 

──それは解説文のようなものですか?

 

山崎 今回は、解説文は一切置いていません。ただすべてのテキストはつけていて、作品の内容とリンクした詩のようなものもあれば、物語のようなものもあります。この文章を書く作業が一番大変でした(笑)。アートやデザインの視覚表現って、僕にとっては、もともと心や頭の中にある言語化しづらい物事を言葉以外のもので形にする作業ですから、それを文章で表現し直すのは、僕にとってすごく苦手なことなんです(笑)。

 

──でも、それによって作品と観る側の距離がぐっと縮まりそうです。

 

山崎 そうなることを願っています。また、誰にとっても取っ掛かりやすい作品として、僕が撮影した日常の風景写真も多数展示します。大学で写真を専攻していたこともあり、普段から写真はたくさん撮っているのですが、近年はあまり発表する場がなかったんです。ただ、取っ掛かりやすいと言いつつ、僕が撮影するものって、やっぱり曖昧なものが多いんですよね(笑)。というのも、先ほど心の中にある言語化しづらいモヤモヤを作品にしているとお話ししましたが、曖昧さを曖昧なまま表現できる一番のツールが写真と柔らかい鉛筆だと思っているんです。

 

──柔らかい鉛筆とは?

 

山崎 芯が硬い鉛筆や先の細いペンだと線が立ってしまうので、ちょっとしたラフスケッチでも正解や正確さを求められているような気持ちになるんです。その点、例えば8Bの鉛筆やクレヨンなどは線のエッジが滲むので、曖昧さとともに線が表現できる。そうした曖昧なイメージからスタートし、徐々に粒度を上げて完成させていくのが僕の表現の作り方で、柔らかい鉛筆で書いたものや写真は、そのスタートの部分を考えるのに一番適したツールだと僕は思っているんです。

 

──今回の展覧会のフライヤーにも全面に写真が使われています。

 

山崎 これも日常の風景を撮ったもので、iPhone12miniで撮影しました。展覧会のコンセプトとして“一般の方でも楽しめるものを”という思いも込めていますので、誰もが手持ちのスマートフォンで撮れる写真をキービジュアルにしたんです。きっとアートやデザインを身近なものに感じていただける内容になっているので、ぜひ多くの方にご覧いただければと思います。

 

 

山崎晴太郎●やまざき・せいたろう…代表取締役、クリエイティブディレクター 、アーティスト。1982年8月14日生まれ。立教大学卒。京都芸術大学大学院芸術修士。2008年、株式会社セイタロウデザイン設立。企業経営に併走するデザイン戦略設計やブランディングを中心に、グラフィック、WEB・空間・プロダクトなどのクリエイティブディレクションを手がける。「社会はデザインで変えることができる」という信念のもと、各省庁や企業と連携し、様々な社会問題をデザインの力で解決している。国内外の受賞歴多数。各デザインコンペ審査委員や省庁有識者委員を歴任。2018年より国外を中心に現代アーティストとしての活動を開始。主なプロジェクトに、東京2020オリンピック・パラリンピック表彰式、旧奈良監獄利活用基本構想、JR西日本、Starbucks Coffee、広瀬香美、代官山ASOなど。株式会社JMC取締役兼CDO。株式会社プラゴCDO。「情報7daysニュースキャスター」(TBS系)、「真相報道 バンキシャ!」(日本テレビ系)にコメンテーターとして出演中。著書に『余白思考 アートとデザインのプロがビジネスで大事にしている「ロジカル」を超える技術』(日経BP)がある。公式サイト / InstagramYouTube  ※山崎晴太郎さんの「崎」の字は、正しくは「大」の部分が「立」になります。

 

【記事の登場した山崎晴太郎さんの作品一覧】

 

【event】

山崎晴太郎 個展 「越境するアート、横断するデザイン。」

開催期間:2024年8月17日(土)〜9月1日(日)
開催時間:11:00〜19:00
開催場所:スパイラルガーデン(スパイラル1F)〒107-0062 東京都港区南青山5-6-23 1F

入場料:無料

公式HP:https://seitaroyamazaki.com/exhibition2024

 

「⻄日本から社会を未来へ。 WESTERブランドとオリジナルフォント WESTER X SANS 誕生秘話。」
―JR ⻄日本の内田 修二氏・橋本 祐典氏、Monotype の小林 章氏、山崎晴太郎が事業ブランドにおけるフォントの重要性を対談―

日時:2024 年 8 月 23 日(金)
開催時間:18:00〜20:45(17:30- 受付開始)
参加費:無料 定員:100 名(事前申込・先着順)

お申込:https://seitaro-talkevent.peatix.com

※上記のPeatixで事前予約をしていただいた方にはお席をご用意いたします。定員 100 名に達した場合は立ち見席をご用意する予定ですが、着席でご覧になりたい方は事前に入場チケット(無料)をお申込ください。

 

【「山崎晴太郎の余白思考 デザイン的考察学」連載一覧】
https://getnavi.jp/category/life/yohakushikodesigntekikousakugaku/

 

【Information】

余白思考 アートとデザインのプロがビジネスで大事にしている「ロジカル」を超える技術

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著者:山崎晴太郎
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撮影/干川 修 取材・文/倉田モトキ