アウトドア
2023/11/15 20:30

実は日本と関わりが深い。最近よく見る「アークテリクス」こだわりの歴史

クライミング界のリードランナーとして革新的なプロダクトを生み出し続けているカナダ発のアウトドアブランド「ARC’TERYX(アークテリクス)」が、様々な切り口から原点であるクラフトマンシップに迫るラウンドテーブル【What ARC’TERYX is…】を開催しました。そこで語られた進化の軌跡とは。

 

急成長中のクライミング市場を牽引するリードランナー

2020年の東京オリンピックに正式採用されたことで、日本でも人気が高まっているスポーツクライミング。その競技人口は現在、国内で60万人、世界では3500万人とも言われています。また、クライミングギア市場は、2018年から2022年の間のCAGR(年平均成長率)で7.9%と急成長を見せ、2028年には19億米ドル(約2800億円)の市場規模に達すると予想されています。(専用ウェアやシューズ、クライミングハーネス、カラビナなどがクライミングギアに含まれる)

 

そんな急成長中のクライミング界で30年以上もリードランナーとして君臨しているアークテリクス。アークテリクス マーケティングマネージャー林 克洋氏が、初めにクライミング熱の高まりについて説明しました。

 

「ボルダリングという競技自体の選手年齢層は非常に若く、大会に出場した選手は20代半ばから後半です。オリンピックが終わり、日本国内での大会ではティーンエイジャーの中学生、高校生の選手がよりダイナミックに活躍しています。クライミングジムに通われる方も確実に増えており、20代など、若い世代層の方々が通っているという動きがあるようです。

 

一方で山岳ガイドに聞いた話ですと、これまで山に来るのは40代、50代がメインでしたが、昨今は20代、30代の方が増えているとのこと。その理由は、SNSによって事前に山の情報を仕入れられるようになったことで、非常に敷居が下がっているようです」(林氏)

↑「アウトドアに行く人が、新型コロナが収束したタイミングからリバウンドするように増え始めている」とも語る林氏

 

次にグローバルで打ち出している最新のキャンペーンビデオが公開されました。朝焼けや夕焼け、星空など山での感動的なシーンが集められていました。今後日本でも公開が予定されています。新たなブランドパーパスは“LEAVE IT BETTER”(それをより良きものにする)です。

 

「 “IT”は人によってどう変えることもできる。例えば、アウトドアを楽しむことで自然環境に興味が増して、より山を、環境を綺麗にしようと興味が湧くのもLEAVE IT BETTER。または、クライミングを始めたことによってスポーツする回数が増え健康になる、その人にとってのLEAVE YOUR BODY BETTER、など。我々がこのアウトドアビジネスをしていくときに、このITの部分が何か少しずつ良くなることを目指したい。そのときにいる存在がアークテリクスでありたい」(林氏)

↑山はスタートラインに戻れる場所。都市部で生活する中で、自然に入ることでリセットされるそうです

 

ガレージブランドからアウトドア界の雄へ、象徴は“始祖鳥”

1989年、カナダのバンクーバーで誕生したガレージブランド「ロックソリッド」がアークテリクスのルーツです。クライマーのデイブ・レインと友人のジェレミー・ガードは、自身が使いたいクライミングギアを開発し、クライミングの聖地・スコーミッシュなどで手売りをしていました。彼らが作ったハーネスがクライミング仲間の間で評判となったことで、これを事業化しようと考え、1991年にアークテリクスを立ち上げたのです。

 

アークテリクスというのは「アーキオプテリクス・リトグラフィカ(始祖鳥)」を略したもの。地上では大きな動物に食べられてしまうため、翼を生やして空を飛んだ初めての動物が始祖鳥。ブランド名には、そのような劇的な進化への思いが込められています。

↑ブランドロゴは始祖鳥の化石をモチーフにしています

 

代表するギア“ハーネス”はひとつひとつ手作りから始まった

クライマーだったデイブとジェレミーは、クライミングで使用していたハーネスに納得していませんでした。登っているときは気になりませんが、岩壁から落ちたときに痛かったり、快適ではなかったため、より良いハーネスを作ることができないか試行錯誤していました。金型を自宅で製作、完成したのが、熱成型3Dフォームがクライマーの体に吸い付くようにフィットする、軽量で革新的なデザインの「VAPOR HARNESS(ヴェイパーハーネス)」です。最初は製品を一つひとつ手作りしていました。

 

「手作りだったハーネスの大量生産を前提に製品化した当時、日本のIBS石井スポーツ(現・石井スポーツ)から発注を大量に受けたことで会社がつながったという話もあり、アークテリクスが会社として軌道に乗る契機となりました」(林氏)

↑ガレージブランドから会社設立へのターニングポイントとなったヴェイパーハーネス

 

1992年にヴェイパーハーネスを発売し、多くのクライマーに愛用されていましたが、さらなる進化を遂げたのが2008年に誕生した「WARP STRENGTH TECHNOLOGY(ワープ ストレングス テクノロジー」です。このテクノロジーが、ブランドのDNAであるハーネスを劇的に進化させました。軽量で動きやすく、耐久性に優れ、非常にコンパクト。負荷は中央のウェビングやランニングエッジバインディングの1点に集中させるのではなく、ハーネス全体に等しく分散されます。

 

「ベルトの中にはウェビングテープといわれるナイロンのテープが入っていますが、そのテープの両端の経糸を手作業で抜いています。横糸だけにして、それをベースになる型に手作業で貼り付ける。経糸がないことでうまく衝撃が吸収され、他社では出せないような快適性を実現しました」(林氏)

↑現在も多くのクライマーに愛用されているハーネスの一番評価されているところが、落ちたときの快適性と痛くないこと

 

ハーネスに続いてアークテリクスが評価されたバックパック

創業から3年後の1994年に誕生したのが「BORA BACKPACK(ボラバックパック)」です。高い評価を受けたヴェイパーハーネスで採用された熱成型の柔らかいフォームを背中部分に使ったことで、吸いつくような背負い心地の良さを実現し、ハーネスに続いて評価されました。

 

「2023年、今年もこのボラバックパックのモデルは進化を続けて存在しています」(林氏)

↑バックパネル・ショルダー・ヒップベルトに熱成型3Dフォームを採用したことでこれまでにない背負い心地を実現。現在も進化を続ける人気シリーズ

 

ブランド創業初期から進化し続けるシェルジャケット

1998年に誕生した「ALPHA SV JACKET(アルファ SV ジャケット)」も、これまで存在していたアパレルに満足していなかった社員がクライマーの視点で4年近い歳月をかけて作り上げました。当時のジッパーは外に出ていると水がしみ込むためフラップをかぶせるのが常識でしたが、デザイナーがテントの中で寝ていたときに雨が降ってきて水が漏れてくることに着目しました。ウレタンをコーティングすることで防水できるのではと思いつき、テストをしてみると非常に防水性が高かった。そこでYKKにこの技術を持ち込み止水ジッパーの共同開発に成功したのです。

 

「歴史を紐解くと、この「WATER TIGHT(ウォータータイト)」のトレードマークを取ったのは、発売から少し後になります。YKKからはこのジッパーの新しい技法の特許を取ったらどうかと話もあったそうですが、アウトドア業界でこういったものが広く使われることで、より業界の発展に貢献したいとの思いで特許を取らず、多くのブランドがこの止水ジッパーを採用しました。

 

1997年アメリカ・ソルトレイクシティで行われた『アウトドアリテイラーショー』という見本市では、アルファ SV ジャケットを5日間発表する予定でした。しかし、イベント初日の約3時間で2000着のオーダーが入り、ゴア社と契約していた生産数に達してしまったため、残りのイベント4日間何をするか非常に困ったというような逸話があるほど、アウトドア業界の関係者に衝撃を与えたプロダクトとなっています」(林氏)

↑当時は肩のところで黒の切り替えがあるデザインが一般的でしたが、トータルカラーなのも画期的だった

 

今回のラウンドテーブルでは25年前に販売され、現在も着用されているというアーカイブのアルファ SV ジャケットも用意されていました。何度かのリペアも施されていますが、いま見ても遜色のないデザイン、そして機能も損なっていません。愛着のある一着を長く着ることができるのも、アークテリクスが「耐久性こそサステナビリティにつながる道である」という信念を体現しています。

↑25年経った今でも現役で着用できるアルファ SV ジャケット。妥協のないデザインはいま見ても遜色ない

 

また、2023年11月に発売された最新のアルファ SV ジャケットでは、100%リサイクル素材を採用。これまでは使用していくにつれて折り返し部分の剥がれ、圧着テープの粘着力が落ちることで劣化が起きることがありました。最新作では、その劣化を遅らせるために、圧着テープをミシンで縫い付けた後に熱加工することでステッチの針孔に接着剤が浸み込んで圧着強度が高められています。

↑2023年11月6日に登場した、新たな「アルファ SV ジャケット」

 

伝説のデザイナーが語るアークテリクスのデザイン哲学

今回は特別に、バックパックの「Arro(アロー)」をデザインしたアークテリクスを象徴するデザイナー、ダン・ジョンソン氏のインタビュー動画も公開されました。

 

ダン氏はアークテリクスの創業当時からブランドと関わりのあるデザイナーで、彼が作った一番有名なプロダクトがアロー バックパック。初めて登場してから25周年を迎えますが、当時のデザインの過程を語ってくれました。1996年当時、オフィシャル社員ではなかったダン氏ですが、創業者の一人、ジェレミーから1本の電話が入りました。

↑アロー バックパックの発売から25周年を迎え、本社デザイナー、ダン・ジャクソンの特別インタビュー動画を公開

 

「『アウトドアの今までの常識をひっくり返すような、誰も見たことのないようなものを作ってほしい』というインプットをもらい、『どれくらいかかるか』と言われて、6週間かかるかもしれないといった話をしました」(ダン氏)

 

そこでダン氏は紙とペンを用意し、話を聞いた2時間後にはスケッチを書いてサンプルを作り始めました。それに基づいて、ほぼそのイメージを具現化しました。

↑依頼を受けてすぐにインスピレーションで書き上げた当時のメモを再現。実際の製品の特徴が具体的に書き込まれている

 

また、アロー バックパックのデザイン決定までの経緯に、ビームスのバイヤーである廣沢 慶氏の名前も出てきました。日本代理店が入る前から当時のビームスは、アークテリクスと交流があり、廣沢氏から「ジッパーの色に差し色を入れるべき」とのアドバイスがあったとのこと。「日本からのアドバイスも取り入れて作ったカバンなんだ」とダン氏は語っています。

 

そして、デザインについてダン氏はこのような哲学を語っていました。「デザインを作成するとき、純粋に効率性を考えると、同じようなものしか作れなくなってくる。デザイナーに必要な感覚というのはどれだけ美しいものを作りたいか。どれだけ見た目の美しさを追求して作ってきたかというのが、このアロー バックパックには表れている。妥協せずに作り込んだデザインだから、今も全世界で発売されているモデルになっているのではないか」(ダン氏)

 

今回はアークテリクスの誕生から、キープロダクトの開発秘話、そして伝説のデザイナーの貴重なインタビューを聞くことができました。アウトドアブランドの雄として業界をリードするブランドならではの奥深い話から、キープロダクトの魅力がさらに高まりました。

 

 

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