スポーツ
2024/2/19 6:30

ヨーロッパで大旋風を巻き起こした史上初“F3女性チャンピオン”凱旋。18歳の超新星・野田樹潤の目標は“日本女性初のF1ドライバー”

昨シーズン、F3クラスのヨーロッパの大会で女性ドライバーとして史上初の優勝を飾り、さらに年間チャンピオン獲得という偉業を達成した野田樹潤(じゅじゅ)さん。2024年、いよいよアジア最高峰『全日本スーパーフォーミュラ選手権』への参戦も決定。モータースポーツ界の常識を塗り替え続ける“世界最速女子高生”に、これまでの歩みと次なるチャレンジへの決意を語ってもらった。

 

 

野田樹潤●のだ・じゅじゅ…2006年2月2日生まれ、東京都出身。岡山県美作市育ち。日本体育大学桜華高校3年。父親は元F1レーサーの野田英樹。4歳でKIDSカートデビュー。9歳でフォーミュラ4レースに最年少デビュー。11歳から13歳まで参戦した『フォーミュラU17チャレンジカップ』11戦全勝。2020年、拠点を海外に移し14歳よりヨーロッパ各国でレースに挑戦。2021年、『デンマークF4選手権』優勝3回(総合7位)。2023年、フランスで開催された『ユーロ・フォーミュラ・オープン』において女性ドライバーとして初の優勝を飾り、イタリア国内を中心に7戦が行われた『ジノックスF2000フォーミュラトロフィー』でも女性初の年間チャンピオンに輝いた。2024年1月、アジア最高峰の『全日本スーパーフォーミュラ選手権』参戦決定。公式HPXInstagram

 

【野田樹潤さん撮り下ろし写真とレース中の写真】

 

三輪車より先にカートに乗っていた
負けて悔しい思いをしたのはレースだけ

──いつも周囲の皆さんからはどう呼ばれているんですか?

 

Juju 「ジュジュ」と呼ばれてます。文字に書くときはアルファベットで“Juju”です。

 

──分かりました。では、このインタビューでもJujuさんと呼ばせていただくということでよろしいでしょうか?

 

Juju はい。それでよろしくお願いします(笑)。

 

──Jujuさんは4歳からレースを始めたそうですね。初めてハンドルを握ったときのことは憶えていますか?

 

Juju 最初は父(元F1レーサーの野田英樹さん)のレースを見ることから始まって、3歳でカートに乗ったんですけど、そのとき、ただ見てるよりも自分で操ったほうがずっと楽しいって感じたんです。私にとっては三輪車に乗るよりそっちのほうが先で、すごく楽しんで乗っていたっていう記憶があります。

 

──どういうところが楽しかったんですか?

 

Juju 3歳ですからアクセルとかブレーキとかいう概念はないし恐怖心もないですから、アクセルをベタ踏みして離さなかったみたいです。それで父が危なくないようにと、カートに紐を括り付けて引きずられている写真が残ってます(笑)。

 

──カーレースに興味を持ったのは、やはりお父さんの影響ですか?

 

Juju  そうですね。それが一番大きいですね。

 

──お父さんの現役時代は憶えてますか?

 

Juju あまり記憶にはないんですけど、引退レースの印象は強く残ってます。

 

──Jujuさんは自分からレースに出たいと希望したんですか?

 

Juju レースに出たいというより走るのが楽しかったんです。でも、走ってみて勝てないとすごく悔しくて。それからは負けたくないという、ただその一心で一生懸命やって、勝てば嬉しい、負ければ悔しいの繰り返しでした。

 

──他に興味のあるスポーツはなかったんですか?

 

Juju いろんなスポーツをやりました。空手、サッカー、体操、水泳、バレエやチアなんかもやったんですけど、レースで負けたときは周りが手をつけられないぐらい泣いたのに、他のことでは負けても悔しいとは思わなくて。それで自分にとってレースは他のスポーツと違うんだとはっきり自覚したんです。 

 

ヘルメットを被ってしまえば相手が誰だろうと関係ない
事故に遭うより走るのをやめるほうが苦しいと思った

──Jujuさんは9歳でフォーミュラ4レースに最年少デビュー(フォーミュラカーとはタイヤとコクピットが剥き出しになったレース用4輪車のこと。F1からF4の4つのカテゴリーに分類される)。10歳の時点で、すでに大人にも負けないタイムを叩き出していたわけですが、その時点でプロのレーサーになると決意していたんですか?

 

Juju はい。その時点で決めてました。

 

──相手は全員年上。大人でも気後れはなかった?

 

Juju ヘルメットを被って車に乗ってしまえば、相手が大人なのか子供なのか、男性なのか女性なのかも全然関係なくなりますから。それをイコールコンディションと呼べるかどうかはか分かりませんが、勝負してるときは、皆、同じレースで上を目指しているライバル。相手もそうですけど、自分が何者なのかも考えてません。

 

──カートとフォーミュラマシンでは性能が桁違い。戸惑いはありませんでした?

 

Juju もう車の大きさもスピードも全然違います。サーキットもカートとは比べものにならないですから、もちろん不安もありました。でも、ちょっとずつ乗りこなしていくのがすごく楽しかったんです。

 

──幼い頃からレースシミュレーターを使って訓練されてましたね。あの練習は素人目にはゲームをしているようにしか見えないのですが、具体的にどういうメリットがあるのでしょう?

 

Juju シミュレーターで練習しておくと、初めて行くサーキットでも事前にコースの情報をある程度覚えられるんです。実際のコースを走って練習できる時間は限られているので、それが一番のメリットですね。

 

──その分、コースではドライビングに集中できると。

 

Juju そうです。あとはシミュレーターなら普段やらないようなセッティングにしてどう変化するかいろいろ試すこともできます。リスキーなチャレンジをして事故を起こしても車は壊れないのでお金の心配も要りません(笑)。私が使ってるのはF1やトップチームのシミュレーターみたいに高機能ではありませんけど、普段と違ったことをいろいろ試せて、そこでつかんだイメージをコースでの練習に反映できるのは大きなメリットですね。

 

──フォーミュラレースでは極端に視界が狭まると聞いています。その視界の外で起きていることにレーサーは何を頼りに対処されているんですか?

 

Juju 経験から身につけた感覚ですね。それと普段からなるべく視野を広く捉えながら反射神経を磨くトレーニングも積んでいます。

 

──とはいえF4マシンの最高速度は240km。怖くなかったんですか?

 

Juju 普通に走ってる分には怖さを感じませんでした。

 

──Jujuさんが11歳のときのドキュメンタリー番組(サタデードキュメント『小学生レーサー目指すはF1』2017年11月放送/BS-TBS)の中で、コースアウトして壁に激突し、その後に泣き叫んでいる場面がありました。普通、あんな怖い目に遭ってしまったら走れなくなると思うのですが。一体あのショックからどうやって立ち直ったんですか?

 

Juju あの事故のときは本当に怖かったですし、しばらくそれまでと同じようには走れなくなって。そしたら父にこう言われたんです。「レースをやっていれば必ず事故は起きる。これからも起きるしもっと大きな事故も経験する。それが怖ければ、もう今のうちにやめた方がいい。やめることは別に悪いことじゃないから」と。そのとき、事故よりレースをやめるほうが自分にとっては苦しい、それに比べたら恐怖心なんて大したことじゃないって思ったんです。

 

──では、最終的にはご自身でレースを続ける決断を下したんですね。

 

Juju はい。もちろん事故に対する恐怖心がなくなったわけではなかったんですけど、それはレースをやっているドライバーなら皆同じ。むしろそれがあるからこそ自分自身を制御することもできる。私はあの経験によって、恐怖心との向き合い方、どうやって自分の中でコントロールするかを学べたような気がしてます。

 

14歳でヨーロッパのレースに挑戦
家族でのキャンピングカー生活と苦闘の果てに掴んだ史上初の快挙

──Jujuさんは2020年、ご家族で拠点を海外に移し、14歳からヨーロッパのレースに挑戦されてきたわけですが、その背景には、やはり年齢制限の問題(日本国内でのF3相当のレースへの参加資格は18歳以上)があったわけですか?

 

Juju はい。通常だとあと4年待たなければいけなかったので国外へ出るという選択肢しかなかったんです。

 

──つまり、海外でのレースに勝算があったからではなく、ブランクを開けずにレースを続けるためには他に方法がなかったということですね。

 

Juju 本場のヨーロッパで勝てるなんて全く思ってなかったですし、むしろ自分の力がどこまで通用するのか不安でした。

 

──その不安がなくなったのはいつ頃でしたか?

 

Juju デンマークでの初戦に優勝することができて、すごく自信になりました。ただ、それからは向こうのチームから目の仇にされて。日本人の女の子に何年もそこでやってるチームが負けたわけですから面白いはずがないのは分かるんですけど、「えっ!? こんなことしてくるの!」って驚いてしまうくらい、いろいろ理不尽なことをされて。

 

──何があったんですか?

 

Juju 急にルールを変えられたり、あとは相手がやってもペナルティにならないのに私がやるとペナルティになったり。そのときはこれってスポーツじゃないよねって腹が立ったし、本当につらかったんですけど。でも、こう考えたんです。それって裏を返せば自分の力が通用してるからだ。脅威に思われている証明だって。

 

──ライバルとして認められたのだと前向きに捉えたんですね。

 

Juju 勝負に対する姿勢が根本的に違うんです。日本人には「そんなことしてまで勝って恥ずかしくないのか」っていう武士道精神のようなものがありますけど、向こうの人は「勝てないことが恥ずかしい」っていう考え方なんです。

 

──なるほど。そこまで真逆の考え方の相手と戦うのはかなり難しかったんじゃないですか?

 

Juju いつも父がこう言ってたんです。「卑怯な手を使って勝ったとしても、そういうやつはこの先必ず通用しなくなる。だから、つらいかもしれないけど今は自分ができることを一生懸命やろう。そしていつかチャンスが来たときにそれを自分のものにするんだ。最後は本物が残る。信じて諦めずにやっていこう」と。実際、そのとおりになりました。

 

──素晴らしい教えですね。現地ではその頼りになる監督でもあるお父さんとお母さん、そして弟さんと4人でキャンピングカーに寝泊まりする生活をされていたということですが、見知らぬ異国を転々とする暮らしに不自由を感じることはありませんでした?

 

Juju それはまあいろいろ(笑)。日本とは生活スタイルも違いますし、細かいこと言うと、よく高速道路のサービスエリアのシャワーを使ってたんですけど、お湯が出ないとか霧みたいな水しか出ないとか、そんなことはしょっちゅうでした。小さなことですけど、そういう面で日本は恵まれてるなってあらためて感じましたね。でも、何から何まで家族がサポートしてくれたおかげで自分はいつでも集中して楽しくレースができたので、本当に感謝しかないと思ってます。

 

2024年『全日本スーパーフォーミュラ選手権』参戦
日本人女性ドライバー初にして最年少の挑戦

──2021年に『デンマークF4選手権』で優勝3回、2023年にはフランスの『ユーロ・フォーミュラ・オープン』に女性として初めて優勝、イタリアの『ジノックスF2000フォーミュラトロフィー』では5勝を挙げて女性として初の年間王座を獲得。F3クラスのレースで女性が年間チャンピオンになったのは史上初という快挙を成し遂げたわけですが、それらの結果を出したことで変化はありましたか?

 

Juju そうですね。同じサーキットで行われたGTレースのチームから「来年、うちで走らないか」ってその場で声をかけられました(笑)。でも一番大きかったのは周りの反応より自分の気持ち。ヨーロッパで苦しみながらも頑張ってきた結果が、どんどん形になっていく実感を味わえたことが何よりの喜びでした。

 

──そしてヨーロッパでの結果が、いよいよ今年、アジア最高峰といわれる『全日本スーパーフォーミュラ選手権』(F2に匹敵するカテゴリー)参戦へと繋がった(1月9日、TGM Grand Prixがドライバーとして起用すると発表)。“日本人女性ドライバー初”でなおかつ“史上最年少”という話題性もあって一躍注目の的となっていますが、今、どんなお気持ちですか?

 

Juju 昨シーズンが始まる前は、まず1年はユーロフォーミュラで経験を積んで、次の年もまたそこで頑張っていくつもりでいました。まさかこんなに早くスーパーフォーミュラに出られるなんて考えてなかったので素直にうれしいし、とてもわくわくしてます。

 

──今季はヨーロッパでの実績を引っ提げての凱旋でもあります。自信のほどはいかがですか?

 

Juju 昨年の暮れに初めてスーパーフォーミュラの車に乗ったんですが、初日はアクセルやブレーキのタイミングがうまくいかなかったんです(ドライバー候補者は3日間にコースを192周する合同テストを受けた)。車はいけるのに自分のほうがそれについていけない感じで。今までの自分の常識と全然違っていてうまくいかなかったんです。でも2日目には「ここまでいけるんだ!」って。すごく難しいけど、これは乗りこなせたら本当に楽しいだろうなって感じました。

 

──手応えはあったんですね。

 

Juju いえ、私の場合、スーパーフォーミュラのようなビッグパワー(最高時速300km超)の車も初めてなら日本のサーキットを走った経験もほとんどありません。まして国内のトップドライバーが揃っていて、海外からもすぐにF1へ行けるようなドライバーたちが集まってくるカテゴリーですから、経験値から言ってもどん尻の自分がすぐに結果を出せるほど簡単な世界じゃないです。でも、だから最下位でいいなんて消極的な考えでもありません。とにかくチャレンジを重ねて一戦ごとに成長していく姿を皆さんに見せられたら、それが一番だと思っています。

 

 

構成・撮影/丸山剛史 取材・文/木村光一