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2018/7/1 20:00

「全駅から富士山が望める鉄道」の見どころは富士山だけじゃない! おもしろローカル線「岳南電車」の旅

おもしろローカル線の旅~~岳南電車(静岡県)~~

 

富士山の南側、静岡県富士市を走る岳南電車(がくなんでんしゃ)。富士山を見上げつつ1両で走るカラフルな電車が名物となっている。「全駅から富士山が望める電車」が岳南電車のPR文句。だが、売りは富士山が見えるだけではない! 乗っていろいろ楽しめる岳南電車なのだ。

↑主力車両の7000形。元京王井の頭線の3000系で、中間車の両側に運転台を付ける工事を受けたあとに、岳南へやってきた。オレンジ色のほか水色の7000形も走る

 

奇々怪々―― カーブが続く路線

岳南電車、その名もずばり、岳(富士山)の南を走る電車である。東海道本線の吉原駅(よしわらえき)と岳南江尾駅(がくなんえのおえき)間の9.2kmを結ぶ。路線はすべてが静岡県富士市の市内を通る。富士市内線と言ってもいい。

上の路線図を見てわかるように、吉原駅から、ぐる~っとカーブして、吉原の繁華街を目指す。さらにその先もカーブ路線が続く。なぜこのようにカーブが多いのだろう?

 

まずは、岳南電車の歴史を簡単に触れておこう。

 

1936(昭和11)年:日産自動車の専用鉄道として路線が設けられる。

1949(昭和24)年:岳南鉄道により鈴川駅(現・吉原駅)〜吉原本町間が開業される。その後、徐々に路線が延長されていく。

1953(昭和28)年:岳南富士岡駅〜岳南江尾駅間が開業し、全線開業。

 

太平洋戦争後に誕生、ちょうど70周年を迎えた鉄道路線である。そして、

 

2013(昭和25)年:岳南鉄道から岳南電車に路線の運行を移管

 

現在は富士急行グループの一員になっている。2013年に岳南鉄道から岳南電車に名前を変更した理由は後述したい。

↑岳南電車の起点となる吉原駅。JR吉原駅のホームとは専用の跨線橋で結ばれる。武骨な駅舎ながら、それが岳南電車らしい味わいとなっている

 

↑終点の岳南江尾駅。レトロな駅表示に変更されている。駅のすぐ横を東海道新幹線が通る。2駅手前の須津駅(すごえき)の近くには新幹線の名撮影地もある(徒歩15分)

 

↑岳南唯一の2両編成8000形。こちらも元京王井の頭線の3000系だ。岳南では「がくちゃん かぐや富士」の名が付く。朝夕のラッシュ時や臨時列車に利用されている

 

工場をよけて路線を敷いた結果、カーブが多くなった

富士市は第二次産業が盛んな都市である。

 

岳南電車が走る地域で、最も大きな工場といえばジヤトコだ。ジヤトコ前駅という駅すらある。吉原駅の北側にジヤトコ本社富士事業所が大きく広がる。直線距離にして南北1kmという大きな工場だ。

 

ジヤトコの富士事業所は太平洋戦争前に、日産自動車の航空機部吉原工場として誕生した。現在、同社は日産自動車グループの一員として、主に変速機を生産。日産自動車や、国内外の自動車メーカーに納入している。

 

岳南電車の路線は、太平洋戦争以前にこの工場用に敷かれた専用線が元になっている。路線開業の際には、工場を縁取るように線路が延ばされていった。

 

さらにその先にも大規模な工場などがあり、この敷地をよけるように線路が敷かれている。こうして工場をよけるように線路が敷かれていった結果、カーブが多い路線となったのだ。

 

岳南原田駅〜比奈駅間では工場内を走る箇所もある。奇々怪々、電車の上を太いパイプ類が通るその風景は、この岳南電車ならではの車窓風景だ。日が落ちると工場のライトをくぐるように走り、幻想的な光景が楽しめる。

↑富士市は大規模工場が多い。この工場を縫うように路線が通る。岳南原田駅〜比奈駅間では、工場の内部を抜ける。上空をパイプが張り巡らされた不思議な光景と出会う

大規模な引込線、これはもしかして…?

比奈駅と岳南富士岡駅の間に大規模な引込線が残されている。旅客輸送のみを行う岳南電車が、これはもしかして……?

 

岳南電車の沿線には、かつて多くの引込線が敷かれ、2012年3月17日まで実際に貨物輸送が行われていた。沿線の工場へ向けての貨物輸送の比重がかなり高かった。

 

貨物輸送を取りやめた理由は、JR貨物が連絡貨物の引き受けを中止したため。その裏には、鉄道貨物輸送のなかで大きな割合を占めていた紙の輸送が急激に減っていった現状があった。沿線には豊富な水を利用して日本製紙などの製紙工場が多いが、ペーパーレス化の流れもあって紙の生産量が減り、鉄道を使った紙の輸送量が急減していた時代背景があったのだ。

↑比奈駅と岳南富士岡駅間に残る大規模な引込線の跡。多くの貨車が停まっていた時代があった。この先、使われることなく放置されるのには惜しいように思われる

 

↑岳南富士岡駅構内には当時の貨物用機関車が保存される。手前のED50形ED501号機は上田温泉電軌という会社が1928(昭和3)年、川崎造船所に発注した電気機関車だ

 

かつては珍しい「突放」も見られた

先の引込線跡は、鉄道貨物の輸送用に設けられた留置施設でもあった。

 

2012年3月まで行われた岳南電車での貨物輸送。この路線の貨物輸送ではほかで見ることのできないユニークな輸送風景が見られた。

 

まずは使われる貨車の多くがワム80000形という屋根付きの有蓋(ゆうがい)車だった。最終盤となった6年前、このワム80000形が使われていたのは、岳南へ乗り入れる貨物列車のみとなっていた。

↑貨物列車が運転された当時の比奈駅の構内。コンテナ貨車とともに有蓋車のワム80000形が紙の輸送に使われていた。現在は比奈駅構内の引込線はほとんどが取り外されている

 

↑岳南での輸送に使われたワム8000形。すでに有蓋車での貨物輸送は消滅してしまった。かつては一般的だった天井の無い無蓋車もごく一部で利用されるのみとなっている

 

さらに岳南では、「突放(とっぽう)」と呼ばれる貨車の入れ換え作業が最後まで行われていた。かつては、貨車からの荷卸し、貨車の組み換え作業が行われた駅では、ごく普通に見られた突放。だが、近年になり、この突放が行われていたのは岳南のみとなっていた。

 

機関車がバック運転し、走行中に貨車を切り離し、その惰性で貨車のみを走らせる。それこそ「突放」の字のごとく、機関車が貨車を突き放した。貨車には作業員が乗っていて、貨車に付いたブレーキをステップに乗って操作、巧みに停止位置に停めるという作業だった。

 

機関車の運転士、そしてポイントの切替え、ブレーキをかける作業員らの息のあった作業を必要とした。危険が多い作業でもあったが、所定の位置に上手く停止、またはほかの貨車と連結させる熟練のワザが見られた。

↑後ろに写る貨車と連結を試みる突放作業の様子。無線片手に機関車の運転士らと連絡を取り合い、ステップ操作でブレーキを利かせ、貨車のスピードを巧みにコントロールした

臨時電車や沿線マップといった取り組みも

貨物輸送の割合が大きかった当時の岳南鉄道にとって、輸送中止の痛手は大きかった。不動産業、ゴルフ場経営などを行う岳南鉄道への影響を小さくしようと、鉄道部門のみを切り離して、子会社へ移した。貨物輸送が終了した翌年にそうした移管が行われ、鉄道の名前も岳南鉄道から岳南電車に変えた。

 

岳南電車のなかでも注目された貨物輸送ではあるが、廃止されてからだいぶ日が経った。筆者は久々に現地を訪れて電車に乗ったが、鉄道会社の経営も順調に軌道に乗っているように感じられた。

 

「ビール電車」や「ジャズトレイン」が夏期限定で運行。ほかにも、お祭り用に臨時電車やラッピング電車を走らせたり、詳細な沿線マップを作ったり、グッズをふんだんに用意したり……と地道な営業活動を続けている。こうした細かい活動が少しずつ実を結びつつあるように見えた。

↑吉原の祇園祭(6月9日・10日開催)に合わせて走った「お祭り電車」。タイムリーなラッピング電車を走らせるなど小さな鉄道会社ならではの動きの良さが感じられる

 

↑吉原駅構内に並ぶグッズコーナー。ずらりと並ぶグッズ類に驚かされる

 

↑全線1日フリー乗車券は700円。こどもは300円。春・夏・冬休みのこども券は200円と割安に。駅で配布されている沿線MAPは飲食店や観光地情報も掲載され便利だ

 

沿線の隠れた見どころ

起点の吉原駅から終点の岳南江尾駅まで、乗車時間20分ほど。沿線の見どころを紹介しよう。

 

吉原駅から出発すると、しばらく東海道本線と並走する。その後、ジヤトコの工場にそってカーブを走り、しばらく走るとジヤトコ前駅に付く。そこから吉原の町並みのなかを走り、吉原本町通りが通る吉原本町駅へ。さらに本吉原と住宅街が続く。

 

岳南原田駅を過ぎ、大きな工場を見つつ、前述した工場内を走れば比奈駅へ到着する。

 

この比奈駅には駅舎内に鉄道模型専門店「FUJI Dream Studio501」がある。模型好きの方は立ち寄ってみてはいかがだろう。

 

さらに隣りの岳南富士岡駅には車両の検修庫があり、また貨物輸送に使われた電気機関車と貨車が保存されている。これらの保存車両は駅ホームからの見学に限られるが、昭和初期生まれの貴重な機関車も残されるので、じっくり見ておきたい。

 

須津駅(すどえき)から岳南江尾駅までは住宅街を走る。須津からは東海道新幹線と富士山が美しく撮れることで知られる名スポットが近い。
電車が走る富士市は小さな河川が多く、豊富な水が流れる地でもある。岳南電車は数多くの河川を跨いで走る。これらは富士山麓から豊富に湧き出る伏流水が生み出した河川でもある。

↑岳南富士岡駅近くの流れ。沿線には富士山の伏流水を集めた小河川が多く、豊富な水の流れが目にできる。春から初夏にかけてはカルガモ一家との出会い、なんてことも

 

筆者が撮影していたポイントでも、こうした河川に出会ったが、水が豊富で流れは澄んでいる。見ていてすがすがしい気持ちになった。カルガモ一家がのんびり泳ぐ、そんな川の流れに心も癒された旅であった。