【相模線の謎⑩】寒川駅の西側、カーブして行く道をたどると
鳥居が立つ大門踏切のすぐ近くに気になる小道がある。その小道の横の空き地はまるで相模線から分かれ、下ってカーブしていていくような線路の跡に見える。道と空き地をレトロな形をしたコンクリートの杭が隔てている。
かつて寒川駅の西側に西寒川駅という駅があった。その西寒川駅まで1.5kmの支線が延びていた。寒川支線と呼ばれた。前述した空き地こそ、寒川支線が走っていた跡だ。路線の開業は古い。西寒川駅は1923(大正12)年2月に東河原駅として開業している。戦後、しばらく休線となっていたが、1960(昭和35)年に旅客営業を再開、1984(昭和59)年3月いっぱいで廃止となった。
寒川駅から旧西寒川駅まで設けられていた支線は、きれいな遊歩道として整備されている。一部に線路も残されている。西寒川駅までは1.8kmほどで25分あれば歩くことができる。旧西寒川駅前からはバス停もあるので、帰りはバスを利用しても良いだろう。
廃線跡には公園もあり、桜の季節などに歩くと気持ちが良さそうだ。ただ、残念なのは、寒川支線の跡地であることが記した案内などが無いこと。線路が何だったのか、やはりどこかに表示して欲しかった。
【旅を終えて】堅調な延びを示す相模線だが残念なことも
寒川駅からは残りあと2駅ほどだ。次の駅は香川駅。香川県でなく神奈川県の駅なのに香川駅とは。ちょっと早とちりしそうな駅名だ。
この香川駅付近にも言い伝えが残る。相模から生まれた一族である鎌倉氏が、香川駅のある茅ヶ崎市香川(香炉が倒れ川に流れ込み、川が良い香りを放つようになったことから香川と呼ばれたとされる)を支配したことで、香川を名乗るようになった。さらに香川氏は讃岐に渡り讃岐香川氏となった。香川という地名も元は茅ヶ崎の方が古いのかも知れない。
相模線の旅もあと少し。北茅ケ崎駅を通り、国道1号の下をくぐれば、東海道本線と合流、茅ヶ崎駅へ到着する。茅ヶ崎駅では相模線のホームの方が1・2番線と数字が若い。ちなみに東海道本線は3〜6番線ホームだ。
この番線の付け方だが、国鉄時代からの名残で、駅長室(駅本屋)がある側のホームから順番に付けられているそうだ。
茅ヶ崎駅付近をぶらり散策。南口前からサザンビーチちがさき方面へ延びる通りは「雄三通り」に「サザン通り」。やはり湘南の海岸には加山雄三氏やサザンオールスターズが良く似合う。
さて相模線。最初に記したように、2027年にリニア中央新幹線の橋本駅が開設される予定だ。乗車する人も以降はより増えそうだ。
さらに調べてみると、非常に沿線開発が進んでいることが確認できた。JR東日本が2017年度に行った調査によると「路線別平均通過人員の推移(在来線)」では、30年前の1987年度を100%とした場合に、相模線は317%と3倍以上に増えている。この数字はJR東日本の在来線ではトップだ。
この数値の延びが大きい横浜線(189%)、武蔵野線(242%)、京葉線(255%)と比べてもダントツの数字を示している。
神奈川県の主導で2016年には「相模線沿線活性化協議会」なる会合も設けられ、相模線の需要を喚起、利便性を向上させる取り組みを行っている。
協議会により沿線住民にアンケートが行われた。
相模線について不便に感じる点は、
①列車の本数が少ない 66.1%
②列車の行き違いに時間がかかる 42.5%
③終電が早い 25.7%
④普段は相模線に乗らないので分からない 22.4%
⑤他の鉄道路線との乗換えが不便 19.5%
相模線に接続する路線といえば、東海道本線に小田急小田原線や相模鉄道、さらに横浜線や京王相模原線。これらの路線は、みな複線で列車の本数も多く便利だ。全線単線の相模線と比べると、その差は歴然としてしまう。
JR東日本としても、沿線人口の増加がこれ以上は見込めない時代、巨額の費用を投下して複線化工事を進めることも難しいだろう。2027年に予定されるリニア中央新幹線の橋本駅開業まで、どのように変わって行くのか気になるところだ。
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