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2019/7/21 17:00

夏こそ乗りたい! 秘境を走る「只見線」じっくり探訪記〈その2〉

【不通区間のレポート①】豪雨により被害を受けた橋梁の現状

2011年7月末に起きた「新潟・福島豪雨」により、今も只見駅〜会津川口駅間が不通となっている。ここからは不通区間の現状を見ていきたい。

 

2011年の7月26日に降り始めた豪雨。只見線の沿線では新潟県の魚沼市入広瀬では72時間の最大雨量が471.5mm、福島県の只見町では最大の72時間に700mmという降雨を記録している。要するに大人の腰ぐらいまで浸かる雨が降ったことになる。想像できないほどの量である。

 

これだけ降ると、被害は免れない。幸い人的被害は少なかったものの、只見線は小出駅〜会津坂下駅間が不通となった。その後、徐々に復旧されていったが、被害が大きかった会津川口駅〜只見駅間は今も不通のままとなっている。

 

JR東日本という黒字企業には国の災害復旧援助が行われない。そのため、JR東日本は復旧に関して難色を示してきた。その後の経緯は長くなるので割愛するが、2017年6月にJR東日本と、地元・福島県との間で基本合意がなされた。

 

結論は復旧した後は福島県が線路を保有、JR東日本が車両を走らせる。いわゆる上下分離方式という形ととった。復旧費用は100億円前後、福島県が3分の2を負担し、JR東日本が3分の1を負担する。

 

すでに復旧工事も始まっている。そんな沿線の状況を見て回った。

 

只見駅〜会津川口駅間には只見川を渡る橋が4つある。そのすべてが差こそあれ、被害を受けていた。水害の怖さを物語るシーンを目の当たりにしたのだった。

 

↑最も只見駅側にある第八只見川橋梁。さらなる水害被害を避けるため、かさ上げ工事が計画されている。平行して通る道路がないために、湖上に浮かぶ作業船を使う必要があり、最も復旧経費がかかるとされている。雨の日、湖上に浮かぶ作業船を川霧が覆っていた

 

只見駅側から走ると、会津蒲生駅〜会津塩沢駅間に第八只見川橋梁がある。国道252号の寄岩橋から、この区間の全景を見ることができる。湖上に浮かぶ橋、そして作業船は、川霧に包まれる神秘的な情景を創り出していた。この橋は平行する道がないため、工事が最も困難だとされている。素人目に見ても、大変さが実感できる場所だった。

 

さらに会津大塩駅〜会津横田駅間にも第七只見川橋梁が架かっていた。この橋も流失していまい橋梁がまったくない状態になっている。

 

↑会津大塩駅〜会津横田駅間には第七只見川橋梁が架かっていた。その様子は平行してかかる道路橋の四季彩橋上から見ることができる。ここまで水の勢いがすごかったとは、と思い知らされる現場だ。すでに復旧工事が進められていた

 

こうした水害のつめ跡を見てまわるのも、あまり気持ちの良いものではないが、現状の把握を試みるべくクルマで巡ってみた。只見線に沿って走る国道252号沿いからほぼその状況がつかめた。

 

↑会津越川(あいづこすがわ)駅〜本名(ほんな)駅間には、第六只見川橋梁があった。本名ダムに沿って架かっていたが、わかりにくいので橋梁と国道の位置とただし書きを入れてみた。ダムがあるのにどうして被害を受けたのか、理解しにくい現場でもあった

 

不思議に感じたのは第六只見川橋梁の被害。本名ダムという東北電力のダムがあるのだが、ダムを怒濤のごとく、水があふれ出し、下流にあった橋脚部分を破壊し、鉄橋を押し流すことにつながったようだ。被害のすさまじさはもはや想像の域を越えていた。

 

↑会津川口駅〜本名駅間にある第五只見川橋梁。被害を受ける前は、只見線の撮影ポイントとしても知られていた。ここは一部のみが被害を受けていた。ほかの橋梁と比べ、軽微な損害とはいえ、ここまで水が上がり橋が流されたことにびっくりさせられる

 

 

【不通区間のレポート②】列車が通ってこその駅ということを実感

不通区間にある駅もいくつか回ってみた。跡形もなく消えてしまった第七只見川橋梁に近い会津大塩駅。すでに線路にはえていた雑草類はきれいにかたされていた。ホーム上もきれいだ。

 

とはいえ、駅名標は長年、使われてこなかったこともあり錆が目立つ。休憩スペースは板が貼られ、入れないようになっていた。

 

↑会津大塩駅の現状。線路上にはえていた雑草などはすでに取り除かれ、ホーム上もきれいになっている。その一方で、休憩スペースなどは板張りがされ、使われていない駅という印象を強めていた

 

さらに第五・第六只見川橋梁のちょうど中間にあたる本名駅。会津大塩駅と同じように線路上の雑草類はきれいにされていたが、駅ホームは、使われていない駅ならではの寂しさが感じられた。

 

やはり駅は、列車が走り、人が使ってこその駅なのだと思う。列車が走らない駅は、血が通わなくなった身体と同じく、少しずつ朽ちていくように感じた。

 

↑本名駅を隣接する踏切から写す。取り囲む樹木の勢いの良さが目立った。休憩スペースは他の駅と同じように入れないように板で覆われていた

 

↑本名駅近くで見かけた路盤整備用の重機。傍らに新しいコンクリートの枕木が置かれており、列車を通すためこれから徐々に線路整備が進めていくのだろう

 

2021年度中の復旧を目指して進められているこの工事。橋梁のかけ替えなど、被害の大きさとともに状況の深刻さにびっくりさせられた。復旧計画が進むとともに、県内には巨費を投じての復旧工事に反対・慎重意見があったと聞く。

 

とはいえ、只見という山中の町の状況を見ると、只見線がいかに大事なライフラインであるかがわかる。冬は鉄道で出ることができるのは新潟方面だけ。クルマでは新潟へ抜けることが出来ない。会津地方の中心、会津若松までは国道252号頼みである。平行する道もない。もし国道252号が何らかの災害で不通になったら、外へ出る手段は国道289号を迂回して南会津町を経由する道しかなくなる。この迂回路も、遠回り過ぎて現実的ではない。

 

こうした現状を考えると、何としてでも復旧をという県の強い思いも理解できようもの。さらに不通となった駅で感じた寂寥感。列車が走って、人々が使ってこそ、鉄道と地域が“生きてくる“ことを実感させられる旅となった。

 

↑不通区間を結ぶ代行バスが会津川口駅に着いて、なぜかほっとした気持ちになった。たとえ利用する人が少なくとも、列車が走る駅、人が使う駅があってこそ、鉄道そして地域が生き生きしてくるのではないだろうか

 

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