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2019/10/6 18:00

始まりは砂利鉄道だった!今や活況路線「南武線」10の意外すぎる歴史と謎に迫る

【南武線の意外③】セメント会社が経営に乗り出し窮地を救った

南武鐵道を救ったのが浅野セメント(現・太平洋セメント)だった。浅野セメントは青梅線(旧・青梅電気鐵道)や、五日市線(旧・五日市鐵道)の沿線に鉱山を持ち、セメントの原料となる石灰石の採掘を行っていた。さらに川崎にセメント工場を持っていた。南武鐵道の路線ができれば、鉱山から工場まで石灰石の輸送がスムーズに行える。そのため、南武鐵道の経営に乗り出した。

 

浅野セメントが経営に乗り出した後は、路線工事も順調に進み、1929(昭和4)年12月11日に川崎駅〜立川駅が全通した。ちょうどその年の秋に世界恐慌が起こり、1931(昭和6)年にかけて日本経済も危機的な状況となっていった。浅野セメントの経営参加は、後からみればベストな時期だったと言えるのだろう。

 

南武鐵道時代の路線案内が手元にあるので見てみたい。今から80年ほど前、当時流行した鳥瞰図で表現した路線案内だ。現在よりも駅の数が多く、また支線もあり、今と大きく異なる箇所が多い。ジャバラ風で開くと横幅が長く58cmほどになる。当時の路線の様子が伝わるように、2枚に分けて掲載した。

 

↑私鉄だった南武鐵道時代の路線案内(筆者所蔵)。まずは表紙と浜川崎駅〜武蔵溝口(現・武蔵溝ノ口駅)までの路線を見る。当時、浜川崎の先で海水浴が楽しめたことに驚かされる。また矢向駅〜川崎河岸間と、向河原駅〜市ノ坪間に支線があったことがわかる

 

↑武蔵溝口駅〜西立川駅間の案内。当時は宿河原駅と中野島駅それぞれの駅から多摩川沿いの砂利採取場まで伸びる引込線があった。さらに府中本町駅の一つ手前に南武是政駅があり東京競馬倶楽部(現・東京競馬場)の最寄り駅となっていた

 

路線開業まで苦しんだ、南武鐵道だったが、開業後はきわめて順調で、東京競馬場(当初は東京競馬倶楽部)を誘致するなど(それまでは目黒に競馬場があった)、客足を延ばすよう積極策に転じている。

 

路線開業後には、沿線に多くの工場が進出した。沿線の住民も急増し、1937年の上期には200万人の乗降客があったとされる。

 

 

【南武線の意外④】いま見ると無茶苦茶だった戦時買収の経緯

太平洋戦争が起らなかったら、今も南武線は私鉄の路線だったかも知れない。

 

1941(昭和16)年に陸運統制令が発令される。戦時統制により、鉄道・バス会社の統合や買収、資材や設備の譲渡などを実施するという法律だった。そして戦局が悪化しつつあった1944(昭和19)年4月1日に南武鐵道は国有化されてしまう。

 

それまで南武鐵道は五日市鐵道(現・五日市線)を合併、さらに青梅電気鐵道(現・青梅線)との連携を深め、会社の経営強化に取り組んでいた。その最中の国有化劇。急展開だったに違いない。当時、鶴見臨港鐵道(現・鶴見線)、相模鐵道(現・相模線)、南海鉄道(現・阪和線)など全国の私鉄22社が国有化されている。

 

当時の国有化はなかば強制的で、反論すれば“非国民”扱いだったとされる。南武鐵道の買収には戦時公債に使われた。戦時公債とは軍事費を捻出するために乱発された公債のこと。軍事費を国民から集めるために、この戦時公債を利用、寄付に近い形でお金を集めた。換金はほぼ不可能だった。当時の南武鐵道の買収金額は2700万円ほどだったとされる。さらに戦後は超インフレとなり、戦時公債は無価値となってしまった。

 

信じられないことに国有化されたにもかかわらず、会社を解散することが禁じられた。その理由は戦争終了後、「元の会社に戻すため」であった。

 

↑南武鐵道は1940年に五日市鐵道(現・五日市線)と合併した。五日市鐵道はバスを運行していたことから、バス会社は南武鐵道傘下となる。南武鐵道が国有化された後も、同バス部門は立川バスとして残った。現在、立川バスは小田急グループの一員となっている

 

ところが……。

 

国有化された元私鉄路線のうちで、太平洋戦争後に元の会社に戻された路線はなかった。戦後、戦時買収私鉄を元の会社へ戻す法案も国会に提出されたが、審議未了で廃案になってしまう。

 

戻されなかった理由としては、買収された私鉄路線が財閥企業の立ち上げた産業と関わりが強く、鉄道会社自体、財閥と資本関係があったためとされる。日本を占領、統治にあたったGHQは財閥の解体を目指していた。その方針に合わせたためとされるが、今となっては真の理由はわからない。

 

時を経てこうした事実に触れると、戦時下とはいえ、あまりに無謀すぎたのではないかと思われる。南武線が国有化して良かったのか、私鉄のままの方が良かったのか、判断はしかねるところではあるが。

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