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2019/8/4 18:00

東日本最後の115系の聖地「越後線」−− 新潟を走るローカル線10の秘密

おもしろローカル線の旅48 〜〜JR東日本 越後線(新潟県)〜〜

JR越後線は新潟県の柏崎駅と新潟駅を結ぶ。かつて直流電化区間を多く走っていた近距離用の115系。この国鉄形電車が、JR東日本の管内で唯一残る最後の“聖地”となりつつあり、近年、鉄道ファンが多く訪れるようになっている。

 

車両好きが乗車する路線だが、調べていくうちに、意外な歴史に気付かされた。さらにJR路線としては珍しい設備を見ることができた。そんな越後線を巡る知られざる歴史と現在を掘り下げていこう。

 

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↑関屋駅〜青山駅間を流れる関屋分水を渡る越後線115系電車。写真の115系は前3両が一次新潟色と呼ばれる塗装色。後ろ3両は三次新潟色と呼ばれる塗装車だ。越後線では区間と時間により、2両〜6両という異なる編成の列車が混在して走っている

 

【越後線の秘密①】路線を開業させた越後鉄道という会社の不思議

越後線は起点が柏崎駅で、終点が新潟駅となる。とはいえ、新潟県の中心はやはり新潟市。越後線の歴史でも、新潟市内での変化がキーポイントとなっている。よって新潟駅側から話を進めていこう。

 

まず越後線の概要を触れておきたい。

 

路線と距離 JR東日本 越後線/柏崎駅〜新潟駅83.8km
開業 1912(大正元)年8月25日、越後鉄道により白山駅〜吉田駅間が開業、柏崎駅側からも徐々に延伸、1913(大正2)年4月20日、白山駅〜柏崎駅間が全通
駅数 32駅(起終点を含む)

 

↑越後線が開業してから長年にわたり新潟市側の始発駅が白山駅だった。現在は新潟駅の次の駅で、乗降客も多い。なぜ長い間この白山駅が始発駅となっていたのか、その理由はこの後に紹介したい

 

越後線を開業させた越後鉄道は不思議な会社である。路線を開業させたものの、鉄道営業を10年ほどで断念し、しきりに国有化を働きかけていた。

 

太平洋戦争前に、軍事的な理由から国営化された私鉄路線は多かったが、なぜ自ら会社の存続をあきらめ、国営化してもらうことを選択したのだろうか。

 

越後線の新潟駅側の始発駅は当初、白山駅だった。白山駅が始発駅だった期間は長く、太平洋戦争後の1951(昭和26)年6月まで。それまで新潟駅〜白山駅の間を旅客列車は走ることがなかった。

 

長い間、新潟駅〜白山駅間の路線を造ることができなかったのは、この駅の間に信濃川が流れていたためだった。越後鉄道では予算不足のため、橋を架けることができなかった。それが路線継続を早々に断念する要因となっていた。

 

信濃川に橋を架けることがそれほど、大変なことだったのだろうか。今の信濃川だったら、もしかしたら橋を架けることが可能だったかもしれない。ところが、越後線が生まれた当時の信濃川は、それこそ今とは比べ物にならない大河だったのである。

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