乗り物
2016/10/1 13:39

“嵐電”の醍醐味は優越感!? 京都らしい町並みを満喫できる「京福電気鉄道」に乗る

全国を走る路面電車の旅 第11回 京福電気鉄道

 

路線の名称は京福電気鉄道嵐山本線・北野線。だが、この名で呼ぶ人はまずはいない。京都の人たちは親しみを込めてこの路線を“嵐電(らんでん)”と呼ぶ。沿線には嵐山や、太秦(うずまさ)といった有名な観光地や、仁和寺(にんなじ)など世界遺産に登録された名刹が点在する。京都らしい街並みを走る “嵐電”の楽しさを迫ってみよう。

↑広隆寺の山門前、太秦交差点を走り抜ける嵐電モボ101形。嵐電の形式名の頭にはみな“モボ”が付く
↑広隆寺の山門前、太秦交差点を走り抜ける嵐電モボ101形。嵐電の形式名の頭にはみな“モボ”が付く

 

 

【歴史】戦中の混乱期、京都と福井の路線を取りまとめた会社が誕生

嵐電の歴史は古い。まず嵐山本線が1910(明治43)年に開業した。線路を敷いたのは嵐山電車軌道。この会社はその後、京都電燈という電力会社に吸収合併された。この京都電燈が1926(大正15)年に北野線を全通させて、いまの嵐電の2路線ができあがった。

 

戦前に嵐電を走らせた京都電燈は、戦時中にほかの電力会社へ施設などを譲渡、解散してしまう。この鉄道軌道部門を引き継ぎ、1942(昭和17)年に生まれたのが京福電気鉄道だった。以降、京福電気鉄道嵐山本線・北野線という路線名でいまに至る。

↑帷子ノ辻(かたびらのつじ)と北野白梅町(きたのはくばいちょう)を結ぶ北野線。同線は併用軌道の区間もなく、郊外電車の趣が強い
↑帷子ノ辻(かたびらのつじ)と北野白梅町(きたのはくばいちょう)を結ぶ北野線。同線は併用軌道の区間もなく、郊外電車の趣が強い

 

さて“京福”という会社名。京都電気鉄道ではなく、なぜ京福となったのだろうか。戦前に会社を設立した時に、嵐電の路線以外に鞍馬電気鉄道(京都市)、三国芦原電鉄(福井県)が合流した。福井の鉄道路線が加わったため、“京福”となったのである。

 

後世の人間が考えると、戦中のどたばたで進めた会社設立で、どうも“無理やり感”がただよう。120キロメートルにも及ぶ沿線網を誇ったが、京都と福井と鉄道路線が直接、結ばれているわけではない(当時は直接に結ぶ計画があった)。距離にして150キロメートル近く離れている。どうも効率が良いとはいえない。

 

それでも50年以上、路線を存続し続けた。だが、さすがに耐え切れなくなった。2002年に叡山電鉄(旧鞍馬電気鉄道)を譲渡、さらに福井地区の2路線をえちぜん鉄道へ譲渡した。その結果、京福電気鉄道の鉄道路線は嵐山本線と北野線、ほか叡山ケーブル(鋼索線)のみとなった。

 

会社にとって厳しい決断だったが、嵐電に事業を集中させ、また身軽になったことで、業績は徐々に好転していった。京都の寺社が世界遺産に登録され、訪れる観光客が増えたことも追い風となった。平成28年度3月の決算では、営業利益が前年度に比べて何と37.6%増と好業績を上げるまでになっている。

↑京紫カラーにぬられたモボ101形。ほかにグリーンベージュのモボ101形も走っている
↑京紫カラーにぬられたモボ101形。ほかにグリーンベージュのモボ101形も走っている

 

 

【車両】電車は新旧・色形さまざまな8形式が走行

嵐電の電車は全部で8形式。1971(昭和46)年に生まれたモボ301形から、2001(平成13)年生まれのモボ2001形まで新旧さまざまだ。さらに、車体の色はグリーンベージュと呼ばれる嵐電の昔ながらのカラーや、紫色(京紫カラーと呼ばれる)、ブラウンのレトロカラー、また全国の路面電車で多く見られるラッピング車も走っている。

 

形は丸みを帯びたモボ101形とモボ301形。車体は角張りつつも、丸形の前照灯が印象的なモボ501形。近代的なつくりのモボ611形。前面ガラスが大きく、屋根のひさしが張り出すモボ611形、621形、631形。そして2001年に新造されたモボ2001形、飾り屋根がつくモボ21形が走る。

 

すべてが前後に運転席がある車両で1両での運転が可能だ。ただ現在は、乗客が多いためほとんどの列車が2両連結で走る。すべての電車には貫通トビラと幌が付かない。連結しても前後の車両での行き来ができない。そのため各車両にそれぞれ車掌が乗り込み業務を行う。

 

実に巧みな英語を話す車掌が乗車することがあり、英語による車内放送は国際都市・京都ならではと感心させられることもある。

↑愛嬌のある顔立ちのモボ501形が広隆寺の山門前の併用軌道を走る。嵐電ならではの光景だ
↑愛嬌のある顔立ちのモボ501形が広隆寺の山門前の併用軌道を走る。嵐電ならではの光景だ

 

 

【沿線風景】観光シーズンは渋滞する車列を横に見ての運行

嵐山本線の起点は四条大宮駅。嵐電は屋根で覆われた頭端式ホームから走り出す。まもなく、西院(さい)駅(阪急電鉄の西院駅は「さいいん」と読む)だ。発車して四条通を横切ると車窓右手に西院車庫が見える。

 

西大路三条駅から山ノ内電停付近は併用軌道区間を走る。嵐電の併用軌道区間は短め。乗車したら路面電車らしい、併用軌道区間での走りに注意を払いつつ乗車したい。

 

まず気になるのが、山ノ内電停だ。乗り降りする安全地帯が狭い。人が1人、ようやく乗れる幅で、その狭さにちょっとびっくりさせられる。

 

山ノ内電停の次が嵐電天神川駅。同駅は京都市営地下鉄東西線(太秦天神川駅)との乗換駅で、次の蚕ノ社(かいこのやしろ)駅まで併用軌道区間となっている。府道112号線上を嵐電が走る区間で、観光シーズンともなると嵐山や太秦方面へ向かうクルマがこの府道に集中する。ほとんどクルマが動かないことも多い。

↑蚕ノ社駅付近の大渋滞。電車は職員の交通整理のおかげすいすい走る。写真の電車はモボ21形
↑蚕ノ社駅付近の大渋滞。電車は職員の交通整理のおかげすいすい走る。写真の電車はモボ21形

 

観光シーズンともなると、鉄道会社の職員が道路上に立ち、交通整理を行う。クルマが線路上に停止してしまうのを避けるためだ。よって、嵐電は渋滞を横目に見ながら、観光シーズンでもすいすいと走ることができる。 乗車していると思わず“優越感”を感じてしまう。

 

蚕ノ社駅の次が太秦広隆寺駅。駅の目の前に広隆寺の山門があり、この山門前の併用軌道区間は嵐電の名撮影地として知られている。訪れる鉄道ファンも多いポイントだ。

 

この先の嵐山本線と北野線は専用軌道区間のみとなり、ほぼ時刻通りに電車が行き交う。あとは専用軌道だからといって下車するのはもったいない。嵐山本線の終点駅・嵐山駅はぜひとも訪れたい。駅構内には嵐傳屋(らんでんや)という嵐電の電車グッズを扱う店がある。また、駅には足湯があり、嵐山温泉の湯を使った足湯で疲れを癒すのに最適だ(利用料200円・オリジナルタオル付き)。

↑嵐山本線の終点・嵐山駅は2013年に改装されたばかり。駅から渡月橋までは徒歩約2分の距離
↑嵐山本線の終点・嵐山駅は2013年に改装されたばかり。駅から渡月橋までは徒歩約2分の距離

 

“湯上がり”にはすぐ近くの渡月橋を訪れたい。さらに渡月橋の下流、桂川沿いの散策は京都観光フィナーレにうってつけだ。

↑渡月橋付近の紅葉は例年11月上旬が見ごろ。日中は混むが朝夕は訪れる人も少なめだ
↑渡月橋付近の紅葉は例年11月上旬が見ごろ。日中は混むが朝夕は訪れる人も少なめだ

 

【TRAIN DATA】

路線名:京福電気鉄道嵐山本線・北野線

運行事業体:京福電気鉄道

営業距離:11.0km

軌間:1435mm

料金:210円(全線均一)

開業年:1910(明治43)年

*嵐山電車軌道が京都駅(現・四条大宮駅)〜嵐山駅間を開業