おもしろローカル線の旅99〜〜一畑電車(島根県)〜〜
連なる赤い鳥居の先を横切る電車、背景には低山と青空が写り込む。ばたでんこと島根県を走る一畑電車らしい光景である。こうした〝映える〟光景が点在する一畑電車の沿線。今回は北松江線の一畑口駅から終点の松江しんじ湖温泉駅までの区間と、大社線の川跡駅(かわとえき)から出雲大社前駅間の注目ポイントをめぐってみたい。
*2011(平成23)年8月1日、2015(平成27)年8月23日、2017(平成29)年10月2日、2022(令和4)年10月29日の現地取材でまとめました。一部写真は現在と異なっています。
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【ばたでん旅が続く①】斬新な券売機に悪戦苦闘!
一畑口駅は前回紹介したように、平地なのにスイッチバックする珍しい駅である。この駅から松江しんじ湖温泉方面への電車に乗ろうと駅舎へ。筆者は「1日フリー乗車券」を購入したので、切符を新たに買う必要がなかったが、高齢の女性が券売機の前で困り果てていたので手助けすることに。
一畑電車の主要駅には最新型の券売機が取り付けられている。筆者も初めて目にした券売機だったが、手助けしようとしてスムーズいかずにまごついてしまった。一畑口駅へやってくる前にも、電鉄出雲市駅でも切符が購入できず駅員に聞いている女性を見かけたのだが、なぜだろう。
考えられるのは、切符を買うまでの選択が多いことだ。まずは片道か往復かのボタン選択。次に行先の駅にタッチすると何枚必要か画面に表示されるので、1人ならば「1」を押す。筆者もここまではできたのだが、今度はコイン投入口にお金が入らない。この後に現金かカードかの選択ボタンを押す必要があったのだ。
さらに、この券売機は指で画面に触れずとも近づけるだけで感知する。これもとまどう理由だろう。慣れればそう難しくなさそうだが、この券売機が初めての人や高齢者はややてこずる可能性があると思った。
さて、無事に切符購入の手伝いも終えて松江しんじ湖温泉駅の電車に乗り込む。電鉄出雲市駅方面からやってきた電車は前後が変わり、この駅からは後ろが先頭になって走り始める。駅からは左に大きくカーブしてまずは宍道湖を進行方向右手に見ながら、次の伊野灘駅(いのなだえき)に向かった。
【ばたでん旅が続く②】映画の舞台になった趣満点の伊野灘駅
ホームが一つの伊野灘駅は映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』(以下『RAILWAYS』と略)で主要な舞台として登場した駅だった。駅の入口は国道431号とは逆側にあり、細い道をたどりレトロな石段を上がる。小さな待合室の手前には桜の木が1本あって、春先はさぞや絵になるだろう。
映画『RAILWAYS』の主人公の故郷の駅という設定で、映画の舞台としてもぴったりの駅だ。国道側から見ると草が生い茂りホームが良く見えないが、裏に回ってみるとこの駅の魅力が分かるはずである。
【ばたでん旅が続く③】北松江線のハイライト!宍道湖の美景
一畑口駅から伊野灘駅を過ぎてしばらくは、右手に宍道湖を横に見ての行程となる。あくまで国道431号越しだが、国道よりも線路が高い位置を通っている区間からは、湖の眺望がよりきれいに見える。
周囲約45kmの宍道湖は全国で7番目に大きな湖とされる。淡水湖ではなく、わずかに塩分を含む汽水湖で、他では見られない魚介類が生息している。収穫されるのはスズキ、シラウオ、コイ、ウナギ、モロゲエビ、アマサギ、シジミ。この7つの魚介類は「宍道湖七珍(しんじこしっちん)」と呼ばれ、珍重されている。
一畑電車の車内からも、小船が係留されている港が見える。見る場所によって宍道湖の景色が微妙に異なり、湖ならではの穏やかな風景が続く。
北松江線は伊野灘駅〜津ノ森駅間で出雲市から松江市へ入る。津ノ森駅近くには「ワカサギふ化場」もあり、小船が何艘も係留されている様子が車内から見えた。
宍道湖を見ながら進むと、松江フォーゲルパーク駅に到着した。駅の向かいに「松江フォーゲルパーク」の入口があり、駅前が同パークの駐車場になっている。“湖畔に広がる花と鳥の楽園”がPR文句で、国内最大級の大温室には一年を通して花が満開で、約90種類の世界中の鳥たちともふれあうことができる。入園料は大人1500円で、開園は9時〜17時(4/1〜9/30は17時30分まで)、年中無休で営業している。何より駅前というのがうれしい。
松江フォーゲルパーク駅、秋鹿町駅(あいかまちえき)、長江駅と、宍道湖の眺めを楽しみながらの旅が続くが、長江駅を過ぎると車窓風景が変わっていく。
長江駅を過ぎると北松江線は湖畔から離れ、朝日ヶ丘駅へ到着する。駅の北側には新興住宅地が連なり、南には家庭菜園が楽しめる湖北ファミリー農園という施設も広がる。
【ばたでん旅が続く④】最後の一駅間に沿線の魅力が凝縮される
朝日ヶ丘駅の次は松江イングリッシュガーデン駅という、観光施設の駅名となっている。当初、庭園美術館が設けられたが、後に日本有数のイングリッシュガーデンに模様替えされた。だが、現在は同ガーデンが休園となり再開の目処はたっていない。同沿線では「松江フォーゲルパーク」があり、なかなか営業面での難しさがあったのかもしれない。なおガーデンに隣接するカフェレストランなどは営業している。
松江イングリッシュガーデン駅から、終点の松江しんじ湖温泉駅まで4.3kmとやや距離がある。松江イングリッシュガーデン駅付近に建ち並んでいた民家は途切れ、再び国道431号と並行して北松江線が走るようになる。宍道湖が南西側に位置し、天気の良い日中は光が順光になるため、湖面と湖を挟んだ対岸が良く見渡せる区間となる。この駅間は変化に富み、北松江線の魅力が凝縮されているようだ。
再び住宅地が見え始めると、間もなく湖側に大型の温泉ホテルが建ち並び始め、電車は終点の松江しんじ湖温泉駅のホームに滑り込んだ。始発の電鉄出雲市駅からは約1時間、一畑口駅からは約30分だった。
【ばたでん旅が続く⑤】駅前に足湯がある松江しんじ湖温泉駅
松江しんじ湖温泉駅はJR山陰本線の松江駅に比べて、市内の主な観光スポットに近い。まずは松江しんじ湖温泉街がすぐそばだ。加えて宍道湖畔の千鳥南公園までは徒歩3分あまり。同公園内には「耳なし芳一」像や、松江と縁が深い小泉八雲文学碑などが立つ。
松江のシンボルでもある、現存天守が残る国宝「松江城」には駅から市営バスの利用で約5分(徒歩で17分ほど)、松江城を囲う堀をめぐる「堀川遊覧船」の大手前広場乗船場までは徒歩で約15分ほどだ。
観光よりも鉄道に乗る旅を中心に楽しみたいという方には、次の電車が折り返すまでの約15〜30分の時間を利用して、松江しんじ湖温泉駅のすぐ目の前にある無料足湯を利用してはいかがだろう。「お湯かけ地蔵足湯」と名付けられた湯で、泉質は低張性弱アルカリ性高温泉で浴後には肌がすべすべになるだろう。毎週、月・火・木・土曜の朝6〜8時までが清掃時間の足湯で、清掃日であっても朝10時ごろには湯が満ちて使えるようになる。
【ばたでん旅が続く⑥】大社線高浜駅近くで見つけた赤い鳥居群
ここからは川跡駅に戻って大社線の沿線模様を見ていこう。大社線を走る電車は土日祝日と平日でかなり異なるので注意が必要になる。土日祝日の日中は、松江しんじ湖温泉駅と電鉄出雲市駅から出雲大社前駅行きの直通電車が多くなる。一方、電鉄出雲市駅から松江しんじ湖温泉駅へ、また松江しんじ湖温泉駅から電鉄出雲市駅へ向かう場合には、川跡駅での乗換えが必要になる。平日は川跡駅〜出雲大社前駅間を往復する電車が大半となる。
川跡駅を発車した大社線の電車は、北松江線と分かれ西へ向かうと、広がる水田と点在する集落が連なる。次の駅は高浜駅だ。電車好きは高浜駅に到着する前、進行方向左手に注目したい。ここに一畑電車の往年の名車、デハニ50形2両が停まっている。保育園内で静態保存されているもので、一両はオレンジ色に白帯、もう一両はクリーム色に水色帯という、それぞれ出雲路を飾ったデハニ50形カラーで残されている。
高浜駅を発車したら進行方向左手に注目したい。小さめの赤い鳥居が並ぶ一角がある。筆者も気になり帰りに訪ねてみた。最寄りの高浜駅から徒歩10分、距離で800mほどある粟津稲生神社(あわづいなりじんじゃ)の赤い鳥居だった。
参道には赤い鳥居が20数本連なっている。その先に警報器・遮断器のない踏切があり、踏切を渡って社殿へ向かう。この赤い鳥居越しの写真が“映える”と話題になり、筆者が訪れた時にも写真を撮りに来た人たちが見受けられた。ちなみに、粟津稲生神社は京都にある伏見稲荷神社の分社として建立されたと伝えられる。伏見稲荷神社も境内に多くの赤い鳥居が立つことで知られるが、こちらもそうした歴史が息づいているわけだ。稲荷神社は全国に多く設けられるが、稲生と書いて「いなり」と読ませる神社は全国で約20社しかないそうである。
なお、粟津稲生神社の赤い鳥居は今年の6月15日に建て直された。本数も増え赤さが増し、より“映える”と思う。
【ばたでん旅が続く⑦】出雲大社前駅近く背景の山地が気になる
赤い鳥居が見えた次の駅が遙堪駅(ようかんえき)だ。難読駅名で、語源はどこにあるのか調べてみた。このあたりは、進行方向右側に山地が連なって見えてくるようになる。北山山地と呼ばれる低山帯で、そこにかつて菱根池という大きな池があった。“遙かに水を湛(たた)える”が変化して遥堪となったそう。駅名はこの地名に由来する。ちなみに駅は現在、出雲市常松町にある。
遥堪駅の次は浜山公園北口駅で、駅名どおり南側に競技場、野球場などが設けられた浜山公園がある。遥堪駅の駅名の元になった北山山地が北側に連なっている。この山地の特長として麓まで平地が広がり、すそ野から急に盛り上がるように急斜面の山々がそびえ立っているところである。
この独特な地形はどこかで見た記憶があると思ったのだが、新潟県を走る越後線でも同じような地形を見ることができた。山の麓には彌彦神社(やひこじんじゃ)という古社があった。一畑電車大社線でも同じようにこの先、出雲大社という古社がある。
神が造りあげたような神々しい山の造形美があり、その麓には古社が設けられているのである。ご神体との絡みもあり、後ほど山と古社の関係を明かしてみたい。
連なる北山山地のなかで大社線からも良く見える山が、弥山(みせん)だ。出雲大社の東側に弥山登山口がありハイキングに訪れる人も多い。
【ばたでん旅が続く⑧】登録有形文化財でもある出雲大社前駅
川跡駅から11分で出雲大社前駅に到着する。1930(昭和5)年2月2日に開業した駅で、当時の名前は大社神門駅(たいしゃしんもんえき)だった。駅舎は当時のままの洋風な造りで、待合室は上部の明かり取り用のステンドグラスが取り付けられている。こうした姿が歴史的・文化的にも貴重とされ、1996(平成8)年12月20日には国の登録有形文化財に登録された。
出雲大社前という駅名どおり、出雲大社の最寄り駅だ。神門通りに面していて、この通りを北に徒歩で5分ほどのところに、出雲大社の正門にあたる「勢溜の大鳥居(せいだまりのおおとりい)」が立つ。
【ばたでん旅が続く⑨】旅の定番といえば出雲大社に出雲そば
出雲大社は「神々の国」ともいわれる出雲の象徴である神社だ。「古事記」「日本書紀」などでも触れられ、大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)を祀る。まるで大社を守るように周囲は北山山地の緑におおわれている。
背景を山に囲まれた古社は、他にも新潟県の彌彦神社、広島県の宮島・厳島神社などが挙げられる。厳島神社は弥山(みせん)、彌彦神社は弥彦山である。出雲大社の北東側にも弥山という山がある。
みな「弥」が付く山に守られ鎮座していた。神社は神が降臨して宿る物が「ご神体」とされ、欠かすことができない大切なものとされる。彌彦神社のご神体は弥彦山(神体山とも呼ばれる)、厳島神社は宮島自体、とりわけ弥山がご神体とされる。すると、出雲大社のご神体は弥山かと思いきや、こちらはご神体は明らかにされていない。
古くから偉人英傑たちが出雲大社を訪れ、ご神体を見せて欲しいと願ったが、これまで明らかにされなかった。出雲大社のご神体は剣やアワビ、蛇、鏡という説が伝わる一方で、山や木といった森羅万象自体がご神体とも言われている。神社の裏手には八雲山という名の山がそびえ、ここは神職すら入ることができない禁足地となっていて、こちらがご神体なのではとも言われている。いずれにしても、古社を取り囲む山との関係はより緊密であることは間違いない。
そしてご神体が明らかにされないことも出雲大社を神秘的にさせている一つの要素なのかもしれない。
出雲大社の門前町にあたる神門通りは700mほどの通り沿いに老舗宿や食事処が建ち並ぶ。食事処で人気なのはやはり出雲そばだろう。出雲大社の門前町のみに限らず、出雲地方で親しまれる郷土料理で、日本三大そばの一つとされる。
出雲でそばが広まった理由としては、松江藩の初代藩主の松平直政(まつだいらなおまさ)が、三代将軍家光の時代に国替えされたことに起因するとされる。直政はもと信州松本藩の藩主だったこともあり、蕎麦好きが高じて信濃からそば職人を連れてきた。もともと奥出雲(出雲の南側一帯)は痩せた土地が多かったことも、そば栽培を盛んにさせた理由だとされる。
出雲そばでは割子そば、釜揚げそばといった独特な食べ方が広まり、もみじおろしや、辛味大根の大根おろしを薬味にして楽しまれる。
【ばたでん旅が続く⑩】鉄道好きならば寄りたい旧大社駅だが……
今回の出雲への旅で、どうしても訪ねてみたいところがあった。旧国鉄大社線の終点、旧大社駅である。大社駅は1912(明治45)年6月1日、大社線の開通とともに開業した。その後1924(大正13)年2月13日に2代目駅舎が竣工した。現在残るのは98年前に建築された2代目駅舎で、出雲大社を模した寺社づくりとされる。賓客をもてなすために荘厳な造りの2代目が建てられたように思われる。1990(平成2)年4月1日に路線が廃線となった後に、駅はJR西日本から旧大社町に無償貸与された。2004(平成16)年には重要文化財に指定、また2009(平成21)年には近代化産業遺産に認定された。
2021(令和3)年2月1日からは保存修理(仮設・解体)工事を開始したと聞いていた。筆者は修理以前に訪れたことがあり、現在どのようになっているのか確かめておきかった。
旧大社駅は出雲大社前駅から神門通りを南へ約11分900mの距離にある。駅舎は全体がすっぽりとカバーに覆われていて、残念ながら中をみることができなかった。前回撮影した写真があるので掲載しておきたい。左右対称の寺社建築で、駅舎内も素晴らしい出来だった。保存修理工事は2025(令和7)年12月20日までかかるとされる。
なお、駅舎部分のみ覆われているが裏の一部残されているホームと線路へは、裏手から立ち入ることができる。駅舎側のホームは工事が行われおり、見学の際には工事関係者の指示に従って欲しいとのことである。構内にはD51形774号機も保存されていた。このD51形も出雲市では駅の保存修理に合わせて大規模修繕を進める予定と発表している。
保存修理にはだいぶ時間を要するようだが、修理が終わったらぜひまた訪ねたいと思う。
この旧大社駅から出雲大社の勢溜の大鳥居まで16分、約1.2kmと距離がある。一畑電車の出雲大社前駅のように近いところになぜ駅を造らなかったのか疑問に感じるところだ。出雲大社からの遠さも大社線がいち早く廃止になった一因だったように思う。
最後に出雲路からの帰路の鉄道利用に関して、注意したいことがあるので触れておきたい。
電鉄出雲市駅に接続するJR山陰本線の出雲市駅だが、同駅では「みどりの窓口」が廃止された。近距離区間の券売機と新幹線・在来線特急・乗車券券売機と、みどりの窓口に代わり「みどりの券売機プラス」が設置されている。複雑な経路の乗車券の購入や券売機を扱い慣れない場合には「みどりの券売機プラス」を利用してのオペレーターとの会話が必要になる。(営業時間4時〜23時・オペレータ対応時間5時30分〜23時)。
「みどりの券売機プラス」を利用してスムーズに購入できれば良いが、混みあう時間帯は待たされることも多い。出雲市駅は特急「やくも」や特急「サンライズ出雲」といった長距離旅客列車の始発駅だけに「みどりの窓口」が必須と思われ、残念に思う。
筆者は出雲市駅から、やや複雑な行程をたどって東京へと考えていたので、旅程を変更して松江駅へ立ち寄り、こちらの「みどりの窓口」で購入をしたが、手間がかかった。事前に他の駅で購入しておくか、あらかじめJR西日本ネット予約「e5489」等で列車の予約しておき、受取だけを出雲市駅の券売機で済ませるなど、事前に対策をしておいたほうが良さそうに感じた。