本・書籍
鉄道
2023/3/19 21:00

鉄道好きのあの人が忘れられない本とは? 石破 茂、泉 麻人……などが語る鉄道本の名著~注目の新書紹介~

こんにちは、書評家の卯月 鮎です。よく「包容力のある人」という言い方をしますが、鉄道ほど包容力のある存在もなかなかないでしょう。乗り鉄、撮り鉄、スジ鉄、車両鉄……それぞれの思いを受け止めてくれますし、それほど“鉄道オタク”でなくとも、車窓に旅情をそそられたり、駅舎での人との触れ合いに心温まったり、轟音を立てて力強く走る姿に圧倒されたり。“鉄”はいかようにも人の心を動かします。

 

私はというと、このレールがどこか別の場所にずっとつながっているという空間の連結性と、何十年も前から地域の人々の足であるという時間の連続性、そうした時空の結びつきに惹かれ、ファンタジー的な妄想が止みません。鉄道はエモーションの塊ですね。

 

鉄道好きが熱く語る鉄道関連本

さて、今回紹介する新書は忘れられない鉄道の本』(『鉄道ダイヤ情報』編集部・編/交通新聞社新書)。泉 麻人さん、石破 茂さん、久野 知美さん、屋鋪 要さん、前原 誠司さん……。鉄道好きの著名人や鉄道メディアで活躍する書き手など20名が、鉄道愛と思い出の鉄道関連本を語っています。

 

創刊50周年を超えた、JRグループ協力の月刊誌『鉄道ダイヤ情報』の企画で、自分で原稿を書く人もいれば、インタビューで鉄道への思い入れを披露する人もいて、それぞれ個性が出ています。鉄道愛を深めてくれたバイブルとは? 大いに気になりませんか。

『阿房列車』『真鶴』……鉄道本の魅力

最初に登場するのはコラムニストの泉 麻人さん。泉さんが愛するのはかつて東京を走っていた路面電車・都電。小学5年生だった1967年の師走に、銀座通りの都電など9路線が一気に廃止されたのが、都電に興味を抱くきっかけだったそうです。

 

挙げられている本は都電関連が多め。中学生のときに熟読したという随筆集『都電春秋』(野尻 泰彦・著/1969年)は、読ませる文章に加えて、各路線のどこでナイスショット写真が撮れるかの略地図がついていて、泉さんは撮影ポイントの手引にしたとか。少年時代に消えゆく都電に心掴まれたというのは、何気ない日常にノスタルジーを感じ取る泉さんのセンスですね。

 

政界きっての鉄道好きとして知られ、「乗り鉄」兼「呑み鉄」を自称している石破茂さんが挙げる一冊のなかには『阿房列車』シリーズ(内田百閒・著)がありました。このシリーズは私も通学の電車で読んだのを覚えています。

 

「なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う」というゆるい書き出しから、あっという間に内田百閒ワールドにハマってしまいます。同行する国鉄職員のあだ名「ヒマラヤ山系」君との噛み合わない掛け合いも、まったりとした時間が流れる旅情にマッチするのです。

 

紀行文ライターの蜂谷あす美さんが忘れられないのは『真鶴』(川上弘美・著/2006年)。この『真鶴』も“鉄旅”ファンにオススメしたい一冊です。日記に「真鶴」という単語を残して突然失踪した夫。その言葉に導かれるかのように、主人公の女性は電車で真鶴へ通う……。喪失感と再生の予感が漂う美しい幻想文学。蜂谷あす美さんが言う通り、日常とそうでない場所を結ぶ存在として鉄道がキーになる小説です。

 

登場する20名それぞれの鉄道への想いが明かされ、鉄道を透かして人となりも伝わってくるのが面白いところ。20の視点から多角的に鉄道の魅力にライトを当て、鉄道とは何かを浮かび上がらせる新書でもあります。もちろん紀行文、小説、写真集、マンガ……と鉄道関連の名著が満載。本書から気になった一冊を選んで、各駅停車に乗って読みふける、“読み鉄”の旅もいいかもしれません。

 

 

【書籍紹介】

忘れられない鉄道の本

編:鉄道ダイヤ情報編集部
発行:交通新聞社

やはり、みんな本を読んでいた!政治家やアナウンサーほか、鉄道好きの著名人や鉄道メディアで活躍する人などに、「忘れられない、鉄道の本」をテーマに、ご自身のエピソードをまとめた一冊。インターネットやSNSが全盛時代と言いながら、やはり本の存在は大きいもの。本書に書かれているのは、手で覚える紙の感触があったからこその、貴重な人生訓集でもある。

楽天koboで詳しく見る
楽天ブックスで詳しく見る
Amazonで詳しく見る

 

【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。