日本では、母乳以外で赤ちゃんの栄養といえば「粉ミルク」が一般的ですが、海外では「液体ミルク」もあり、ふたを開けて飲ませるだけの便利な商品が売られています。日本でも東日本大震災や熊本地震の際に液体ミルクが認知され始め、国内での販売を希望する声が大きくなりました。
液体ミルクからも分かるように、人工栄養の種類に関して日本と外国には違いがあります。海外のミルク事情はどうなっているのでしょうか? そこで本稿では、スウェーデン、ロシア、中国、アメリカ、ブラジルにおける人工栄養の現状を調査。粉や液体ミルクの使用率や販売されている製品を見ながら、各国の特徴や日本との相違点を探りたいと思います。
1:スウェーデン
スウェーデンでは母乳育児が奨励されており、Socialstyrelsen(同国の国家保健福祉委員会)によると、2015年では生後4か月までが74%、7か月までは63%の母親が母乳を与えています(ミルクとの混合栄養も含む)。従って、完全ミルクの割合は全体の30%前後と考えられます。
スウェーデンにおける主要ミルクメーカーは、「Nestle」や「Semper(スウェーデンの老舗メーカー)」、「HiPP(オーガニック原料のドイツメーカー)」で、この3社が粉ミルク市場を独占。種類は「粉」と「液体」があり、「月齢別」や「アレルギー対応」なども揃っています。
ただし、以前には粉ミルクに植物油脂由来による発がん性物が含有されているとの疑いが浮上。メーカーはすぐに高品質な原料に変えてこの問題を対処しました。そして、国とEUが粉ミルクに関して厳しい基準を設けるようになったそうです。
現在は、粉ミルクの品質向上(母乳と大差ない栄養)やライフスタイルの変化から、母乳育児は奨励されつつも減少傾向。母親たちが粉ミルクを積極的に、そして罪悪感なく使用できるようにすべきだと主張する団体もあるほどです。
2:ロシア
公的機関や大手メディアのデータは見つかりませんでしたが、Демоскоп Weeklyというメディアによると、ロシアの粉ミルク利用率は47%。共働きも多く、ベビーシッターを雇う文化が日本より進んでいるので、母親たちも早く社会復帰します。
ロシアの人工栄養は欧州メーカーの粉ミルクが主流で、Nestleの「NAN(ナン)」とオランダ製の「Nutrilon(ヌトリロン)」が代表的です。液体ミルクは入手可能なものの、現在は2つのメーカーの製品のみ販売されており、大手ベビー用品店かインターネットでしか取り扱われていません。
総じて、ミルクに関しては、まだまだ国内製ミルクの質が他国に追いついておらず、輸入に頼るところが大きいことが問題となっています。
ロシアでは冬が長く寒いので、お湯と粉ミルクの使用が一般的。持ち運ぶ間に冷たくなってしまう液体ミルクの需要はほとんどありません。
3:中国
中国産業信息網によると、同国都市部の粉ミルク利用率は8割以上となっています。女性の社会進出率が増えているうえ、産休が短めなので、中国はミルクの利用率が高いのです。
中国では2008年に起きた「メラミン混入粉ミルク事件」をきっかけに国産品の信頼が著しく下がり、現在でも依然として海外製品の人気が高くなっています。中国産業信息網によれば、市場シェアはドイツ製の「Aptamil」がトップで12%。その次は「Nutrilon」が6%を占めています。国内系でトップ10に入っているのは「貝因美」と「伊利」の2つ。
18年1月からは粉ミルクに関する規制を設け、登録証の取得がない企業は粉ミルクの生産、販売、輸入が禁止されました。これまで2000以上のブランドが販売されていましたが、この規制によって今年以降は500~600程度にまで減少すると予想されています。
中国では「羊の乳」から作られた粉ミルクが販売されています(写真上)。羊乳は新生児・乳児消化管アレルギーなどの原因とされる、牛乳由来ミルク(まれに母乳)に含まれるタンパク質(カゼインなど)の含有率が1~3%程度と極めて少ないため、アレルギーを起こす可能性が低いと言われており、アレルギー反応を示す赤ちゃんへの代用ミルクとして使用する人もいます。
4:アメリカ
ベビー用品メーカーのピジョンによると、アメリカにおける粉ミルクの利用率は47%。それに加えて液体ミルクの利用者もいます。しかし、合理主義のイメージが強いアメリカでも最近は母乳が推奨されつつあり、「母乳育児」の傾向が高まっているのです。
米国のミルクの種類は主に次の3つに分けられます。
1)お湯で溶かすタイプの一般的な粉ミルク
2)調乳の必要がない、ふたを開ければすぐに飲める液体ミルク
3)濃縮還元の水溶けミルク
粉と液体ミルクの代表的なメーカーは「Similac(シミラック)」と「Enfamil(エンファミル)」。1つのメーカーから「あらゆる種類のミルク」が販売され、「吐き戻ししやすい」、「お腹が弱い」、「ミルクアレルギーがある」など、赤ちゃんの状態や特性に応じてミルクが選べるようになっています。
液体ミルク(写真下)も、便利さと衛生面で支持されていますが、価格がややネック。新生児用の量で1本59mlのものが約1ドル、1歳前後の1本237mlのものが約2ドルとなっており、粉ミルクの倍のコストがかかります。
しかし、液体ミルクは割高な一方で、外出時に利用する方をよく見かけます。アメリカでは生後数週間の赤ちゃんでも親と一緒に外出することが普通に行われるため、開けて飲ませるだけという利便性が人々に気に入られています。
5:ブラジル
ブラジルでは「2歳まで母乳育児」が推奨されています。しかし、母親の産休が6か月しかないため、職場復帰を機に粉ミルクへ変更する場合が多いのが現状。公的機関や大手メディアのデータは見つかりませんでしたが、Lunetasというメディアによれば、ブラジルでは6か月まで完全母乳で育つ赤ちゃんの割合は38.6パーセントなので、粉ミルク利用率は約62%となります。
ブラジルも日本のように「液体ミルク」はなく、製造・販売されているのは粉ミルクのみ。Nestleの「NAN」と「NESTGENO(ネストジェーノ)」、Danoneの「Aptamil」と「Milnutri(ミルニュトーリ)」が高い市場シェアを占めており、この2社は「母乳と同じような栄養素を持つミルク」や「ラクトースフリー」、アレルギー用の「乳たんぱくフリー(大豆ベースのもの)」などの各種ミルクを販売しています。
さらに、各社は上記ミルクに加え、6か月くらいから食べられる「シリアル入り」や「フルーツ味の米粉やコンスターチ」ベースの「栄養補助食品」も販売しています(写真上)。しかし、これらは便利な反面、危険な側面も。粉ミルクと共に「与えすぎて」しまうと、赤ちゃんが糖分過多や太り過ぎたりすることがあるのです。
また、ブラジルでは昔から「入眠儀式」として温かいミルクを飲ませる習慣があり、乳児期から就学前、もしくはそれ以降でも「フォローアップミルク」を飲む子どもがいます(写真上)。1歳を過ぎて哺乳びんを卒業していく日本とは違って、4〜5歳になっても就寝前に哺乳びんで粉ミルクを飲むことは珍しくないのです。
日本:高まる液体ミルクへの期待
日本における粉ミルク使用率は月齢に比例して高くなります。厚生労働省によると、0か月の完全ミルクは約3.5%ですが、6か月では約40%になり、それに混合栄養(母乳と粉ミルクの両方を与えること)も合わせると、その割合は6割以上(6か月の時点)に増加。母乳育児が推奨されつつも、「完全母乳」で育てる人のほうが少ないということが伺えます。
粉ミルク市場でも、国内メーカー大手5社などから多種多様のミルクが販売されています。国産粉ミルクを初めて販売した「和光堂」、乳業メーカーの「森永」や「雪印」、そしてお菓子で有名な「明治」や「グリコ」が市場に参入。アレルギー用のミルクだけでもメーカーごとに種類があり、味や栄養素も違うので、ミルクの「比較サイト」や「好み」などから選んでいくのが賢明です。
そして冒頭でも述べたように、日本でも液体ミルク解禁の動きから、厚生労働省が国内製造へ向けた食品衛生法や製造に関する規格の法整備を行っています。早ければ今夏には省令が改正され、国内製造が可能となる模様。しかし、実際に消費者の手に渡るのは、商品開発や生産ラインの確保など含めると、早くても2年後ではと言われているようです。
以前より設備が整ってきたとはいえ、外出先などでの調乳は大変だったりします。液体ミルクなら調乳する手間もなく、常温保存も可能なので、災害備蓄はもちろん、母親の負担を減らす意味でも大いに役に立つでしょう。販売が実現されるまでは、液体ミルクへの期待は高まりそうです。