ワールド
2019/3/22 18:00

破壊は狙うな! Square創業者ジム・マッケルビーが語る「イノベーション」についての教訓

破壊的イノベーションの意識が高くない起業家ここに見参――。

 

SOLIDWORKS World 2019で講演を聞いて、Square(スクエア)創業者ジム・マッケルビー氏に抱いた印象です。

↑ジム・マッケルビー氏(Photo courtesy of Dassault Systèmes)

 

Squareはシリコンバレー発のフィンテックのパイオニア的企業。スマホジャックにスクエアのリーダーを差し込むことでクレジットカード決済ができる便利なサービスを提供しています。

 

アメリカやイギリス、カナダなどで多くの中小企業や店舗で導入されているSquare。日本でも導入する店舗は増えつつあり、なんと高野山の金剛峯寺も外国人観光客のカード決済に対応するためにスクエアを活用しています。

 

Squareは2009年にマッケルビー氏とジャック・ドーシー氏が共同で創業。それから10年が経過した現在では時価総額が300億ドル(約3兆3000億円)を超えています。私たちに身近なTwitterやFacebookなどとは異なり、同社は地味に見えるものの世界中で評価されているテック企業なのです。

 

そんな新進気鋭のSquareの取締役員であるマッケルビー氏の口からは、当然「ディスラプション(disruption。創造的破壊)」という言葉が出てくるだろうと筆者は講演前に予想していました。

 

しかし、そんな予想は見事に外れました。どうやらマッケルビー氏はディスラプションという言葉が多用、というか濫用されている状況に嫌気が差しているようです。

 

「Squareに銀行業界を破壊するなんて意識はありませんでした。破壊することにフォーカスするなんておかしな話。焦点を当てる対象が間違っています。実際、私たちは何も破壊していません。Square登場後もみんなクレジットカードで決済してしますよね」とマッケルビー氏。ディスラプションが濫用されているのは、ハーバードビジネススクール教授クレイトン・クリステンセン氏のせいだといたずらっぽく語りました。

クリステンセン教授は「Disruptive Innovation(破壊的イノベーション)」理論で有名です。この理論における「破壊」の定義は以下(Clayton M. Christensen, Michael E. Raynor, and Rory McDonald, “What Is Disruptive Innovation?”, Harvard Business Review, December 2015 issueより引用)。

 

“Disruption” describes a process whereby a smaller company with fewer resources is able to successfully challenge established incumbent businesses.”(「破壊」とはわずかな資源しか持たない小さな企業が既存企業に挑み、成功するプロセスのこと)

 

既存企業にとっては利益になりづらい市場や一般消費者のニーズがまだ顕在化していない市場をスタートアップが開拓。いつの間にか市場全体を破壊しているというものです。例えば、ライドシェアのUberはタクシー市場のみならず自動車市場そのものに揺さぶりをかけています。

 

Uberが生まれた当初、タクシーやクルマ業界は「見知らぬ人の車に同乗する」というライドイシェアのコンセプトが広く受け入れられるとは考えていませんでした。自分たちのビジネスにリスクを与えるアイデアでもあっただけに、既存企業にとっては魅力のない話。しかし、だからこそ、しがらみのない小回りの利くスタートアップが参入できたわけです。

 

現状では、このような「ディスラプション」という言葉だけが独り歩きしてしまっている状態だとマッケルビー氏は考えているんですね。

カード決済をもっと手軽に

マッケルビー氏は、Squareを創業した動機は銀行業界を破壊することではなかったと言います。彼を突き動かしていたのは「すべての中小企業がクレジットカード決済に手軽にアクセスできる世の中にしたい」というビジョンでした。

 

マッケルビー氏がそのような強烈な願望を心に抱くようになったのには、こんなエピソードがありました。マッケルビー氏は仕事の傍ら、趣味でガラス工芸品を作っています(趣味とはいえプロ級)。あるとき、ガラス製の蛇口を制作したところ大好評となり、価格を高めの2000ドルに設定して販売することにしました。

 

すると、ある女性がガラス工房にやってきて、「このガラスの蛇口を買いたい」と言いました。「American Expressのカードで支払いたい」

 

しかし、ガラス工房はクレジットカードの決済システムを備えていませんでした。そのためカード決済を受け付けることができません。事情を説明すると女性は失望して帰ってしまい、マッケルビー氏は売上の機会を失ってしまいました。

 

イノベーションは問題を解決しようとすると生まれてくる

この話を旧知の仲であったジャック・ドーシー氏にしたところ「クレジットカードをスマートフォンで簡単に決済できるサービスがあればいいだろうね」という話で大盛り上がり。中小企業や自営業者には、デバイスの導入費用や審査の問題でカード決済を導入できずに困っている人が多く存在します。そのような会社でもスマホを使って簡単に決済できるサービスとしてSquareは生まれたんですね。

 

マッケルビー氏はこの経験から、イノベーションは「機会を探すよりも問題を解決しようとする」ときにこそ生まれてくると語ります。

 

「私は『問題』が大好きです。なぜなら問題は見えるから。つまり具体的に特定可能なんです。でも機会というのは目に見えず、何なのか掴めません。だから機会を探す前に、まず問題を見つめたほうがいいんです」

 

思い立ったが吉日、マッケルビー氏がハードウェア(カードリーダー)、ジャック・ドーシー氏がソフトウェアをそれぞれ担当して開発を進めました。

 

プロトタイプ製作には3DモデリングソフトウェアのSOLIDWORKSを活用。SOLIDWORKSはモノづくり現場における共通言語と言ってもいいくらい世界中に浸透していることも役立ちました。中国の工場にもSOLIDWORKSのCADファイルを共有するだけでプロトタイプを作れたのです。

 

マッケルビー氏は迅速に作り上げたプロトタイプをAppleの故スティーブ・ジョブス氏に見せる機会を得ました。しかし、ジョブス氏に見せるにはプロトタイプのデザインがまだまだであり、デザイン面の改良が求められることに気が付きました。

 

より良いプロダクト作りには、まずプロトタイプを作り、次に他者からフィードバックを受けながら繰り返し改良していくことが必要であるわけです。

 

また、スクエアは実際に機能するプロダクトをいち早く実物として所有していためベンチャーキャピタルからの出資も容易に獲得することができました。

 

MBAではなくエンジニアの学位を

Photo courtesy of Dassault Systèmes

 

マッケルビー氏は「イノベーションを起こしたいと考えているなら、MBAではなく機械工学もしくはコンピューターサイエンスの学位を取ったほうがいい」と起業志望の人にアドバイスを送ります。

 

マッケルビー氏とドーシー氏はともにコンピューターに精通しているエンジニア。マッケルビー氏はガラス工芸品やCADを使ったモノづくりにも取り組んでおり、ハードウェアにも精通していました。エンジニアとしての知識・スキルが起業に役立ったことは言うまでもありません。また、プロダクトの作り方を技術レベルで把握していることがチームを動かす際にもかなり役立ったそうです。

 

マッケルビー氏の話からは、イノベーションを起こすためには、テクノロジーを使いこなす能力がますます重要になっていることがわかります。自らプロダクトを作れるエンジニアとしての能力がより一層求められるようになるのは言うまでもありません。

 

(取材協力: ダッソー・システムズ)