日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)に協力いただき、その活動の一端をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回はプロ野球の読売巨人軍がフィリピンで開催した野球教室の模様を紹介します。
「ピッチングでは『1.2.3!』とリズムを意識して投げてみたらと教えてもらい、スムーズに投げることができるようになりました」「今日のベースボールキャンプに参加して、ジャイアンツの選手になりたいという夢ができました」
フィリピン・ミンダナオ島ダバオ市のグラウンドに子どもたちの元気な声が響きます。JICAは今月1月11日、読売巨人軍の矢貫俊之氏(元巨人投手)をはじめ、北篤氏(元巨人外野手)や木村正太氏(元巨人投手)ら5人をフィリピンに派遣し、約200人の子どもたちを対象に野球教室を開催しました。
ダバオ市は明治以降、移民政策により、多くの日本人が移り住み、発展を支えてきた場所です。第二次世界大戦の激戦区だったダバオから、戦後日本に帰還した日本人が、ダバオの日系人支援の一環として野球振興に力を注いできました。
日本人によるダバオでの野球普及
明治以降、20世紀前半には、2万人の日本人が麻の生産を生業としてダバオ市に移住し、ミンダナオ島の経済を支えました。しかしながら、第二次世界大戦でミンダナオ島は激戦地となり、敗戦後、日本に帰れず現地に残された日本人は厳しい生活を強いられました。
ダバオ生まれで戦後に強制送還された故・内田達夫氏は、ダバオの日系人のために学校を建設するなど、数々の支援を実施してきました。その活動の一つが、ダバオでの野球の普及でした。日本で中古の野球道具を集めて現地に送り、2004年から野球の指導を開始しました。2006年からは現地で野球大会が開催され、今では20チームが参加するダバオ市野球大会として毎年開催されるようになったのです。
しかしながら、フィリピンでは野球の用具が手に入りにくく、野球を行う環境もなかなか整いません。
元プロ野球選手の指導に子どもたちから歓声
読売巨人軍とJICAは2015年に野球普及・振興のための業務協力協定を締結。今回は、ダバオ市野球大会に出場する19チームを対象に野球教室が開かれました。野球教室では、用具が不足する現地でもできるトレーニングを教えるために、ガムテープと新聞紙の野球ボール680個を使いました。新聞紙ボールは前日に、ミンダナオ国際大学(※)の生徒が作りました。
※故・内田氏の支援によって設立された現地教育機関。毎年のダバオ市野球大会を運営する団体の一つとなっている。
教室では投げる、捕る、打つ、走るの基本動作について丁寧に指導がされ、打撃・投球の実技がお手本として披露されると、子どもたちからは大きな歓声が上がります。気温が35度近くまで上がるなか、元プロ野球選手の指導に子どもたちは暑さや疲れを忘れるほど熱心に取り組みました。
また、練習の前後には、帽子を取って「よろしくお願いします!」「ありがとうございました!」と、指導者や練習相手に感謝の気持ちを伝えることなど、技術面にとどまらない充実した指導が行われました。
最後に読売巨人軍の選手からは日本で使用した練習球計480球が参加した全チームに贈呈され、野球教室を主催したダバオ市と教育省、ミンダナオ国際大学からは、巨人軍に感謝状が渡されました。
ミンダナオ国際大学のイネス学長は「これまで普及活動を通じて野球をする子どもたちが増えてきたが、指導者や用具の不足など練習環境が整っておらず、子どもたちは目標を持つことが難しかった。今回、元プロ野球選手と触れ合うことで、子どもたちは新たな夢と希望を持つことができた」と感謝の言葉を伝えました。
これに対し、巨人の北氏は「環境が整っていないなかでの野球指導は自分たちにとっても貴重な経験」、矢貫氏からは「熱い気持ちを持って、また来年フィリピンに戻ってきたい」と、これからも協力関係が続くことを約束しました。
クイズを通じて楽しみながら防災について学ぶ
ミンダナオでは、昨年来マグニチュード6規模の震災が頻発し、建物の倒壊など、死傷者も発生する大きな被害が出ていることを受け、野球教室開催に合わせて、子どもたちに向けた防災教育も行われました。
JICAはダバオ市防災局と協力し、地震や津波などが発生したときに取るべき行動について、クイズなどを通じて、子どもたちが楽しみながら学べるように工夫。大規模震災への対策に関する講習なども実施しました。
スポーツを通じた包摂的な社会や平和の促進、そしてインフラの整備や災害対策など強靭な社会を構築するための取り組みなどを通じ、JICAはこれからもフィリピンと日本をつなぐ活動を展開していきます。
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