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2020/4/30 18:30

次のGAFAを生み出す可能性あり! 「イスラエルテック」はなぜ大躍進するのか?

近年、中東のシリコンバレーと呼ばれるイスラエルには、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazonの4社)をはじめ、世界から約400社ものグローバル企業が進出し、研究・開発拠点を設置してイノベーション活動を戦略的に行っています。優れた技術力を持つスタートアップ企業が毎年 800~1000 社も生まれる同国は、グローバル企業によるスタートアップ企業への投資がとても盛んな場所。人口1人当たりのベンチャー投資額が世界第1位という起業大国イスラエルは、どのようにして最先端技術大国としての力をつけたのでしょうか?

 

本記事では、イスラエルで日本企業との橋渡しやコンサルティングを手がける(株)イスラテックの加藤清司氏に取材した内容をもとに、イスラエルの現状や注目されているテック分野、新たなテクノロジーを持つスタートアップ企業などについて3回にわたりレポートします。初回の今回は「イスラエルテックの歴史と現状」をテーマに、テック業界躍進のカギとなる国家的な背景や構造をまとめました。

↑イスラエルのテルアビブには世界のトップ企業が熱い眼差しを向ける

 

この十数年で、世界のトップ企業の顔ぶれやビジネスモデルは大幅に変わりました。以前は自動車やエネルギーなどの重厚長大企業がトッププレイヤーでしたが、現在はGAFAやマイクロソフトなどのIT関係企業が圧巻している状態。“ハード”の時代から“ソフト”の時代へとの変革が目覚ましく、世界ではプラットフォーマ―といわれるシステムやサービスをユーザーに提供する事業やIoTやAI関連のビジネスモデルが台頭しています。

 

イスラエルにおいては、このようなテック新興勢力を中心に約400社のグローバル企業が進出しており、研究や技術開発を行なうための拠点を置いています。日本の四国とあまり変わらない広さの地域に、テクノロジーの最先端をいくホットスポットが集中しているのです。

 

イスラエルの人口1人当たりのベンチャー投資額は、アメリカを抜いて世界第1位。人口が約900万人と少なく、面積も小さい国で400社もの企業が投資先を探しているため、スタートアップへの投資環境が整っているのです。そのためイスラエルでは毎年800~1000社のスタートアップが誕生し、総数でおよそ6000社ものベンチャー企業が事業展開しています。

 

将来予測としては、成長スピードの高速化が進んでいることから、5〜10年後には現在の私たちがまったく想定していないような企業が数多く現われる可能性があります。現在のGAFAの次にはUberのような「next GAFA」と呼ばれる複数の企業が存在していますが、そのようなスタートアップ企業やサービスがイスラエルから生まれてくるかもしれません。

 

その理由として、イスラエルは日本や他国と比べ、新興企業を生み出すサイクルが圧倒的に速いことが挙げられます。一般的に日本でイノベーションを生み出すには、規制やしがらみが多く、どうしても時間がかかりますが、対照的にイスラエルでは、次ページのエコシステムで見るように、そのような障害が少ないため、新しい事業を進めやすいのです。世界銀行のDoing Business 2020ランキングでは日本が29位(78点)でイスラエルは35位(76.7点)ですが、イスラエルは税制改革などによって2019年の49位から14個も順位を上げたのです。

エコシステムのおかげでアグレッシブに

イスラエルは、なぜここまでのスピード感で最先端技術大国に成長できたのか? 将来も高速成長が続くと見られる背景には、国の文化・政策も含め人材や資金が国内でスムーズに循環する「エコシステム」の仕組みがあります。

 

イスラエルには兵役義務があるため、高校卒業後は兵役に携わり、その後大学に進学してからグローバル企業に就職する流れが一般的。ただし終身雇用ではなく、在職は3~4年程度がほとんどで、その後に独立・起業するのがごく当たり前とされています。転職も多く、例えばGoogleで技術開発した人がAmazonに移るなど、人材の活発な流動性が特徴です。

 

日本では退職後に起業し、失敗したとしても、元の職場に戻るのは難しいでしょう。ところがイスラエルでは、数年やってみて失敗しても以前勤務していた会社に戻れるという文化があります。このようなことがスタートアップのリスクを軽減させ、起業する人たちの背中を押しているのは間違いありません。

 

年間でおよそ800~1000の企業がスタートアップとして誕生しますが、そのうち300~400程度の企業がM&Aも含め事業を停止するなど新陳代謝が速いのも大きな特徴。スタートアップ企業の「多産多死」という現象が生まれているものの、それには次のような理由があります。

 

日本を含め多くの国では、スタートアップ企業はIPO(株式上場)を目指すのが一般的ですが、イスラエルではIPOではなくエグジット(株式譲渡利益)を目的としたM&Aが日常的。この特徴は、投資を通じてたくさんのお金が回ることを可能にします。起業後に10年間事業を続けるのか、もしくは2~3年で買収されるのかではスピードが3倍程度変わるため、その分だけ新たなイノベーションも生まれやすくなります。

 

また、他国と同様にイスラエル政府もスタートアップ企業に起業支援資金として税金を投入していますが、これを確実に回収できる仕組みを整えていることもポイント。スタートアップ企業がエグジットで儲けたお金のうち十数%が、税収として国に還元されるようになっているのです。他国とは違って投資資金を回収し、循環させるという「エコシステム」が確立されており、これがアグレッシブなイノベーションにつながっているといえるでしょう。

 

シリコンバレーのスタートアップ企業はビジネスモデルやマーケティングの観点から新しいことを始めることが多いのに比べ、イスラエルでは研究・開発起点の企業が目立ちます。イスラエルは人口や面積が小規模で国内に市場がないため国外に頼るしかなく、技術力を磨き付加価値を付けることが成功するための必須条件。独自性を持つ研究・開発起点のサービスが集中するのは、このような理由があるからです。

軍で学んだ技術を起業の原動力に

↑テクノロジー業界の明日も担うイスラエルの若い兵たち

 

さらに、イスラエルに技術力を持つ優秀な人材が多い理由には、兵役制度ともかかわっています。軍にいる間にイスラエル軍が保有するさまざまな先端テクノロジーに触れ、セキュリティ関係の技術も詰め込まれるため、兵役が終了すると、その技術力や知識を生かしてエンジニアとして起業するケースも多いのです。

 

軍のなかにはサイバーセキュリティなど、最先端技術しか扱わない優秀なエリート部隊もあります。例えば、イスラエルのサイバーセキュリティは常に攻撃されているため、インターネットサーバーが落ちることを前提に、“0.数秒”といういかに早いレベルで復旧させるかに彼らは日々力を注いでいます。世界のグローバル企業から見れば、このような高い技術力はとても価値が大きく、兵役後に独立したスタートアップ企業の優秀な人材やノウハウごと買収したいと考えるのは当然かもしれません。

 

兵役には税金が投入されているため、軍で磨いた技術力を起業後に活用しても国は社会へのリターンと見なす模様。卒業生も含め軍で生まれた横や縦のつながりも活用しながら技術を社会に還元することは、エコシステムの面からも暗黙の了解があるとされています。

 

このように、イスラエルでテック企業のスタートアップが多く、成長スピードが速い大きな要因は、イスラエルの地政学的な背景から、兵役システムをはじめとする優秀な人材が育つ土壌と起業しやすい環境が整い、国の政策も含めたエコシステムがうまく回っているからなのです。

 

次回は、イスラエルテックのなかでも大きく注目されているAI分野についてお伝えします。

 

kato

加藤 清司 Kato Seiji

(株)イスラテック創業者・代表取締役。2009年にイスラテックを設立し、イスラエルのハイテクベンチャー企業と日本企業の橋渡しに従事。現地への進出を探る日本企業に向けて情報提供やコンサルティング、調査レポート作成、研修・セミナーなどを行う。現地視察同行や契約・交渉代行も実施し、現地企業の選定支援やマッチングも手がける。約15年にわたる経験を生かした目利き力や幅広い現地ネットワークを通じた交渉力などを有する。
https://isratech.jp