ワールド
2020/7/3 11:30

世界的企業を相手にベトナム国公認事業を勝ち取った地方メーカーの「発想の転換」

経済発展に伴う、大幅な過積載車両の増加となっているベトナム。現在、その課題の解決に向け、ベトナム政府が進める「取り締まり用の走行計量システム」の普及に貢献しているのが、日本の中小企業、新潟県三条市に本社を置く田中衡機(こうき)工業所(※以下、田中衡機)だ。

 

田中衡機は2015年~2018年にかけて、ベトナムの道路総局交通運輸省と連携し、このシステムの実証実験をJICA(独立行政法人国際協力機構)の普及・実証・ビジネス化事業で実施した。そのなかで田中衝機の高い技術力が証明され、今後、同社の走行計量システムがベトナム全土に導入される見込みだ。

 

2011年に単独でベトナムに進出した田中衝機が、名立たる世界大手メーカーを相手にベトナム政府からの信頼を勝ち取った背景には、5代目社長・田中康之さんのマイナスをプラスに変える “しなやかな発想”があった。

 

「上皿さおはかり」を製造する国内最後のメーカー

5代目の田中康之社長は、自社のことを「はかり屋」と称する。食卓用の「はかり」と言えば、わかりやすいだろうか。

 

田中衡機の歴史をひも解くと、江戸末期(1840年代)にまで遡る。新潟で、油の行商をしていた大橋家の佐助という人物が、油の量を計る「マス」をつくるために独立した。その際に授かったのが、田中の姓だった。

 

その後、2代目の田中佐造が自身の名を冠した「田中佐造商店」(田中衡機の前身)を1903年(明治36)年に立ち上げる。同年、田中は当時の農商務省から度量衡製造の免許を授かり、マスの他にも曲尺、棒はかりの製造を新潟県三条市で始めた。これが、田中衡機の創業年となる。

↑田中衡機のホームページより

 

田中衡機では、現在までに農業や畜産、工業の場で使われる幅広い種類のはかりを製造してきた。はかる対象は、農作物、食品工場の原材料、飛行機の手荷物、家畜の体重など、さまざまだ。特に、パン製造の現場で重宝される機械式の「上皿さおはかり」を国内でつくり続けているのは同社だけとあり、スケールメーカーとして日本有数の歴史を持つ会社であることがわかる。

↑パン店などで使われるスケール(はかり)

 

一方で、製造がストップした製品もある。そのうちの一つが、1970年代後半から約20年間にわたって製造していた首都高速道路の「車両計量システム」(※走っているトラックの重量を計るもの)だ。料金ゲートの道路下に埋め込むことで通過した車両の重さを計り、乗用車やトラックなどの料金を算出する役割を果たしていたが、近年、料金ゲートがETCになると、ETCメーカーがスケールも含めて全体の製造を受注するように。こうして、田中衡機は車両計量システムの製造から撤退した。

 

しかし現在、田中衡機はベトナム政府公認の走行用トラックスケールを製造している。それも、世界的メーカーとのプレゼンを勝ち抜いて。約20年に及ぶブランクをものともせず、業界大手メーカーを差し置いて同社が選ばれたのには理由があった。

 

はかり屋としなやかな発想

2011年、田中衡機は初の海外現地法人「TANAKA SCALE VIETNAM(タナカスケール ベトナム)」をベトナムのドンナイ省に設立。世界への挑戦の第一歩として、産業の大幅な伸び代が見込まれている東南アジアに拠点を置くことが目的だった。

↑田中衡機工業所の現地法人「タナカスケールベトナム」

 

翌年12月、ベトナム政府から「走行用トラックスケールをつくる会社を探している」とコンタクトがあった。経済発展が著しいベトナムでは、産業の活性化に伴い、さまざまな原材料を運ぶトラックが都市間を行き交っていた。しかし、交通法で定められた積載量を守らない過積載車両の存在に政府は頭を悩ませていたのだ。

 

大幅に重量をオーバーすると、ブレーキが効かずに人身事故の原因ともなる。道路や橋の劣化を加速させることにもつながる。早めに手を打たねばならなかった。そこでベトナム政府が考えたのが、重量オーバーを検知する走行用トラックスケールによる対策だった。

↑スケールを埋め込む工事現場で行われたスケールの試用。トラックの重さを測定している

 

「ベトナムの人たちは、日本の技術への信頼が厚い。でも、競合相手は世界的なスケールメーカーの2社。うち1社は、走行用トラックスケールの専門企業としては最大手です。私たちは20年ほど前の経験があるだけなので、可能性はほぼゼロだと思っていました」

 

そう思いながらも、複数回にわたるプレゼンに参加したのは、江戸時代から脈々と受け継がれてきた「はかり屋」の魂が燃えてのことだろう。「ベトナム政府はどうして田中衡機を選んだのでしょう?」という問いに、田中社長は次のように答えた。

↑ベトナムの道路総局とのミーティングの様子。左側手前から2人目が田中社長

 

「私たちの会社が有する走行計量の技術は、昔のものです。ただ、だからこそ一緒に新しいものをつくり上げましょうと伝えました。私たちはベトナムに工場を持っていますので、ベトナムの経済を回すことにつながりますし、ベトナムの企業と連携することで、真に同国の人が求める走行計量システムをつくることができると。技術のブランクへの不安ですか? 『はかる』ことに関しては、“自信”がありますから」

 

——そう言って笑顔を見せた5代目は、雑誌の記者や映画製作など、複数の職種を経て2009年に代表取締役社長に就任した人物。既成概念にとらわれずに発想がしなやかだ。ベトナムの人を惹きつけたのは、彼のそういった側面もプラスしているのだろう。

↑取材はオンラインにて実施。後ろの壁面の手拭いは、染色職人である田中社長の同級生によるもの

 

「私がもう一つ約束したのは、現地でメンテナンスできる人材を育てることです。現地に工場のない海外メーカーですと、保守や修理の一つを取っても国外の人間が担当することになります。つまり、ベトナムで人が育たない。それってこのグローバル時代にどうなんだろうと。自分たちだけよければ、それでいいのかという思いがありました」

 

こうして2014年4月、ベトナム政府から「タナカスケールにお願いしたい」と、採択の決定を伝える連絡が入った。

↑採択後に行われた現地視察の様子

 

「はかる」ことで世界をもっとよくしたい

JICAとの関係のきっかけは、経済的な壁の存在だった。ベトナム政府が実証試験の費用を田中衡機に負担してほしいと依頼してきたのだ。

 

「道路工事や製品設備を含めると数千万円規模です。その予算をひとまず、うちでまかなってほしいと。これは困ったぞ、とホーチミン市の日本領事館に相談に行ったところ、紹介されたのがJICAの『中小企業・SDGsビジネス支援事業』でした」

 

JICAの同事業は、開発途上国が抱える課題解決に向け、日本の民間企業が持つ優れた製品・技術の活用を支援する取り組み。JICAの委託業務として民間企業が事業を行うことで、調査経費や相手国政府との関係構築をJICAがサポートする。

 

「JICAの支援事業として工事を行うことで予算が出る。とてもありがたかったです。支援事業は応募から採択まで数か月の期間があるのですが、その期間はトラックスケールの開発に充てることができました。それと、何よりも、開発途上国のより豊かな暮らしを実現しようとするJICAの知見が、海外進出間もない我々をバックアップしてくれるのが心強かったです」

 

そうして2015年8月には、1ヵ所目となるトラックスケールをハノイ近郊の国道に設置した。積載量をオーバーした違法車両が多く目撃されている場所だ。

↑道路の下にスケールを埋め込む。クレーンで吊るされているのがスケール部分だ

 

田中衡機がベトナムのソフトウェア会社と一緒に開発した走行用トラックスケールの仕組みは、次のようなもの。まず、ベトナム運輸省が管理している全国の運送業者のトラックのナンバーや車種、空車重量などのデータを、クラウドに登録する。次に、道路に埋め込んだトラックスケールが重量オーバーを検知すると、数メートル先に設置されたカメラがトラックの映像と車番を撮影。撮影したナンバーと運輸省の車両情報をクラウド上で照らし合わせ、数キロメートル先で待機する交通警察に伝達する仕組みだ。

 

↑重りを載せて重量を計るテストをしている

 

「開発には苦労しましたが、田中衡機ではさまざまなはかりを製造しているので、各担当者が知恵を出しあって完成させることができました」

 

JICAの事業を通じ、同社の走行用トラックスケールはハノイ市とハイフォン市を結ぶ道路の4車線に設置され、2018年1月には、ベトナム政府が同社の走行用トラックスケールを使って過積載車両取り締まりの実証試験を行った。それまでベトナムではほとんど過積載車両を検挙できていない状況だったが、この実証試験では1日で11台の過積載車両が検挙されるほどの成果を出し、同社の走行用トラックスケールの高い技術力を証明することができた。こうして田中衡機はJICAの事業を通して、見事にベトナム政府からの信頼を勝ち取ることに成功し、近い将来、ベトナム全土20ヵ所以上に同社の走行計量システムが導入される見込みだ。

↑過積載車両が手前のスケールを通過すると電子板に車番と警告文が表示される

 

「以前JICAの勉強会に参加した際に、ベトナム以外の東南アジアやアフリカ諸国でも同様の問題が起きていることを知りました。我々単独ではなく、世界各地でさまざまな取り組みを行うJICAとの事業だからこそ、各地で起きているいろいろなことを認識することができ、本当によかったと思います。今後、私たちもさまざまな国々で過積載問題に取り組んでいければと考えています。私たちのはかり屋魂で、開発途上国の発展に寄与していけるのなら幸いです」

 

はかりの“メーカー”から、はかりで事故をなくす“ピースメーカー”に。田中衡機工業所の挑戦は続く。

 

↑日本とベトナムの工場では作業員が今日も汗を流している

 

【プロフィール】

田中康之(たなか・やすゆき)

株式会社 田中衡機工業所の代表取締役社長。一度田中衡機工業所に入社するも、数年で退社。その後、雑誌の記者や映画製作など、複数の職種を経て2000年に同社に復帰。2009年に代表取締役社長に就任した。

 

【関連リンク】

田中衡機のHPはコチラ

JICA(独立行政法人国際協力機構)のHPはコチラ

中小企業・SDGsビジネス支援事業のHPはコチラ

 

TAG
SHARE ON