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2020/7/6 18:30

イスラエルで起業した日本人が語る、スタートアップ大国の「フツパー精神」とは?

世界でも屈指のスタートアップ大国イスラエル。その背景には、新たなことに挑戦する国民性があり、リスクをいとわず野心を抱くことを意味する「フツパー」というヘブライ語に象徴されるイスラエル人の気質が、起業の大きな原動力になっていると言われています。また、人と人との交流が活発でコミュニティが密なイスラエルは、スタートアップを支援するアクセラレーターなどを通じて誰でもが起業しやすい環境にあるといえるでしょう。

 

旅先のエクスペリエンス(体験)に特化した訪日外国人向けのサイト「トリップジャンクション」をイスラエルで立ち上げたベック美穂氏も、フツパーの精神に背中を押され現地で起業した1人。世界的な新型コロナウイルスの蔓延で旅行業界には大きな逆風が吹いていますが、この逆境を乗り越えた後はこれまで以上に個性がある旅が注目されるとベックさんは考えています。「ありきたりではなく旅先の日本でしか味わえないユニークな体験を届けたい」と語る彼女の起業体験や、現地のスタートアップの現状などを2回にわたり紹介します。

↑イスラエルを旅すると、仕事も人生も変わる?

 

体験型の旅にこだわる

もともと旅が大好きだったベックさん。大学時代にイギリスを訪れた際に、かねてから「ヘビーメタル雑誌」をきっかけに文通友だちだったロックパブ経営者のヘビーメタルファン仲間を訪ね、意気投合。みんなでビールを飲んだりライブに行ったりして、一生忘れられない旅を経験しました。「もっと多くの人に旅先で自分らしいと思える素晴らしい体験をして欲しい」と考えたのが、体験型の旅を提供したいと思ったきっかけです。

 

社会人となり、日本の英会話学校で講師をしていたものの、旅への思いが募る一方。そこで、タイ行きの航空券を買って当てのない旅に出ることを決意し、自分が満足する現地体験を求めてアジアやヨーロッパを回遊しました。旅の途中でイスラエル人である現在の夫と出会ったのがきっかけでイスラエルに移住しました。

 

イスラエルではスタートアップの日本市場参入にかかわり、その後3年間は東京のテック企業でマーケティングを担当。2004年にイスラエルに戻り、日本市場へ参入を目指すインターネットサービス系企業のコンサルティングをしながらも、大好きな旅にかかわる仕事をしたいと漠然と思っていたそうです。

 

なかなか起業するまでには至らなかったのですが、仕事仲間である韓国人女性と意気投合して2人で起業することを決意し、2018年に体験型旅行サイト「トリップジャンクション」を立ち上げました。特別な思い出となったイギリス留学から20年以上経っていましたが、イスラエルの活発なスタートアップ環境に触発されたといいます。

 

トリップジャンクションは航空券やホテルをつけず、旅先での体験サービスだけを提供するエクスペリエンス特化型の訪日外国人向けCtoCサイトです。一般的な観光ツアーでは体験できないような、現地に住む人との交流を通じた日本体験を味わってもらうことを重視しました。

 

これからの個人旅行は“モノ体験→コト体験”という視点にとどまらず、“コト体験→ヒト体験”へとつながっていくことがポイントと考え、旅行客それぞれの個性や関心事にマッチする体験やガイドを選べるサイトを目指しています。そこには、現地ガイドを通じたユニークな体験でもてなし、日本の魅力を伝えたい想いが込められています。

 

トリップジャンクションでは、語学が得意なことを前提とし、旅行者が楽しめそうな特技や趣味を持っている人や日本のカルチャーに詳しい人たちが、おもてなし役の「ガイド」として登録。一例を挙げると、「J-Rockファンが案内するライブハウスツアー」「地元の呑んべえと巡る居酒屋ツアー」「芸者文化に魅了された若者による芸者文化に特化した京都ツアー」など、ユニークで幅広いアクティビティを提供しています。

 

ベックさんが起業の際に最も苦労したのはガイド開拓。何度もイスラエルから日本へ出向いて面談し、いかにガイドの個性を前面に出してアピールできるかについて試行錯誤を繰り返したといいます。彼らにインタビューして体験を提供するきっかけを聞いて記事にしたり、体験ツアーのビデオを作成したりしました。

 

さらに問題となったのは言語の壁。ガイドするからには、言葉が通じることが必須条件ですが、フランス語、スペイン語、ロシア語など英語圏以外の言葉が話せるガイドを集めることにも苦労したそう。訪日客に興味を持ってもらうにはガイドやアクティビティの数がそろっていることが不可欠なため、現在もそこを充実させることに力を注いでいるといいます。

 

幸いにも、起業するまでベックさんはイスラエルのネットサービス系企業の日本市場参入へのコンサルティングやデジタルマーケティングに携わっていました。その経験やスキルをはじめ、数々のスタートアップ企業や顧客企業のグローバル戦略に携わったりしたことが、自身の起業に役立ったそうです。

 

垣根が低く、ネットワークが濃い

イスラエルではBtoBを軸にトラベル市場が成長。イスラエル国内におけるトラベルテックのスタートアップはここ3年間でかなり増えていて、現在300社以上あるそうです。人口は800万人程度と少ないため、当初から国内向けではなくアメリカやヨーロッパ市場への展開が大前提で、グローバル企業による投資も盛んです。

 

現在、現地で注目されているのはエクスペリエンス(体験)特化型のトラベルサービス。オランダに本社がある宿泊施設予約の大手であるブッキング・ドットコムも、イスラエルのテルアビブにR&D拠点を設けて事業を拡大しています。

↑仕事も旅行もエキサイティングなイスラエル

 

ベックさんが実体験で感じたイスラエルで起業したメリットとは、グローバル視点でのノウハウが蓄積された市場であるのに加え、新たなことに挑戦するイスラエル人のフツパー気質が背中を押してくれたことだといいます。直訳では「厚かましい」「図々しい」とネガティブに訳されるそうですが、逆にポジティブな意味では「野心」や「リスクをいとわない精神」「周囲が何といっても自分はやり遂げられる」といった意味を表しています。現地スタートアップ文化の根底にあるこの精神に触発されたことが、起業へのきっかけになりました。

 

また、実体験として最もメリットがあった点として、ベックさんはイスラエル人のネットワークの濃さを挙げます。日本では起業のアイデアがあっても、そもそも起業家が人口比率で見ても少ないため、相談できる人が身近にいないことが多いかもしれません。しかしイスラエルでは起業経験者が数多くいるので、相談すれば、すぐに誰か適した人を紹介してもらえるといいます。

 

イスラエルでは人と人との垣根が低く、国民性として独自のメンタリティを備えているとベックさんは言います。感覚として、5人に1人が何らかの起業などのアイデアを持っていて、はっきり意見を言ってくれたり多くの人がアドバイスしてくれたりするため、自然と切磋琢磨されるそうです。自身が起業するにあたり、資金調達や投資家へのアプローチに臆することなくチャレンジできたのも、彼らのアドバイスやフツパー精神が大きかったとしています。

 

ベック美穂

法政大学卒業後1年間のイギリス留学を経て、大手英会話スクールで2年半講師を務める。その後アジアやヨーロッパを旅しながら、現地での体験や人との交流を通じてエクスペリエンス型旅行の醍醐味を実感。2004年からイスラエルに在住して現地スタートアップ企業の日本市場参入サポートに携わり、コンサルティングやデジタルマーケティングを担当する。2018年に現地在住の韓国人女性と共に「トリップジャンクション」を設立し、CEO・共同創業者に就任した。