2か月以上の長い夏休みが終わったアメリカ。子どもたちが安全に、しかも遅れることなく学習を続けるための方法を暗中模索しながら、アメリカの学校は新学年の新学期を迎えています。新型コロナウイルスを取り巻く状況が一向に改善されない中で、学校、教師、子ども、保護者と混乱と緊張が解けないままです。
新学期が始まる前の長い夏休みの間も、子どもがどう有意義な時間を使えるかは、アメリカの親の悩みの種。夏休みに入る3か月くらい前からじっくり調査し、より豊かな経験や学びを与えようと、サマーキャンプを見つけようとしています。キャンプという名前で思い浮かぶような自然の中で学ぶ泊まり込み体験型もありますが、スポーツ、アート、音楽といった参加体験型やコーディング、ハッカソン、人工知能(AI)といったSTEAM教育(あるいはSTEM教育)につながるテクノロジー系など、いろいろなキャンプがあります。
今年はコロナウイルスの影響で州政府からの制限がかかっており、キャンプ会場に出向くオンサイト型よりも、オンラインで開催されるキャンプが多く提供されていました。
なかでも親たちが注目しているのは、STEAM(STEM)系のプログラムです。STEAM教育とは科学(Science)、テクノロジー(Technology)、エンジニアリング(Engineering)、芸術・教養(Art)、数学(Mathematics)という5つの要素を盛り込み、次世代を担う人材、ゲームチェンジャーになりうる人材を育成するための教育手法のことです。この手法が注目される背景には、テクノロジーの発達に伴い、失われる仕事がある一方で、今もそして将来もテクノロジー系の人材不足が懸念されていることが挙げられます。つまり、将来の人材をSTEM教育によって子どものうちから育てていくことが期待されているわけです。
実際に、2020年にアメリカで開催された子ども向けの夏のテクノロジー系キャンプを見てみると、子どもたちにとって身近な、「マインクラフト」のようなオンラインゲームやソーシャルメディアというツールを活用して学習の動機付けを高めつつ、「遊びの中で学ぶ」「楽しみながら学ぶ」などのような体験学習やプロジェクト型学習が前面に出ています。あるいは変わったものでは、チームで料理を作りながら、科学を学ぶクラスがあったりもします。計算ドリルや単語や熟語の丸暗記や受験対策のための勉強が多くなりがちな日本の夏休みとはまた違った、新しい学びのスタイルともいえるでしょう。
東大合格を目指すロボット「東ロボ」君で知られる東京大学の新井紀子教授が指摘するように、前世代が行ってきた知識の丸暗記はもう機械のほうが人間よりも良くできることが証明されています。AI時代を生き抜く力を育むためには、図表も含めたあらゆる言語化された情報を正確に読める力「読解力」、相手の気持ちをくみ取って共感する心など、AIには欠けていて、人間のほうが優れていることの育成に早急に取り組む必要があるのです。
アメリカでは、この「楽しみながら学ぶ」という精神は通年タイプのテクノロジー系プログラムや教育系オンラインプラットフォームにも見られる傾向です。講師、先輩、仲間で構成されたコミュニティを作り、サポートしあう場を提供しているものもあります。さらにCourseraのように、修了証を発行するだけでなく、大学の単位として認可されるコースを提供するプラットフォームもあります。
そのほか、現マイクロソフト研究所の研修生兼ワシントン大学院博士課程在学中のステファニア・ドュルーガさんは遊びを通じてSTEAM教育を男女平等に行うことで、将来のテクノロジー系の職場や賃金における男女格差をなくすことにつなげる可能性を指摘しています。彼女が立ち上げた、ゲーム開発、ロボットのプログラミング、AIモデルのトレーニングを行うAI教育のプラットフォーム「コグニメイツ」では、子どもたちがAIに人間性を教えることも行われています。
日本ではSTEAM教育への取り組みは遅れており、その適用範囲も狭く、学齢期の子どもたちがプログラミングやAI、ロボティックスを学ぶ機会はごく限られているのが現状です。また、保護者や教える立場にある人たちも、SiriやAlexaに頼みごとをしたり、自動スペルチェックに助けられたり、便利な機能を日常的に使っているにも関わらず、必ずしも今のテクノロジーのトレンドに追いついているわけではありません。
社会全体として、徐々に興味関心は高まっていますが、STEAMとは理系を目指すための教育だと誤解されたりしがちです。実際には、科学、テクノロジー、工学、アート、数学を教科横断的に応用してものづくりを行い、かつ、21世紀型スキル(4C)を育むことを狙うというのがその本質です。
しかし、「AI」と「子ども(Kids)」で検索をかけてみると、小学校5-6年生が大人の聴衆相手にサイバーセキュリティの講演をしたり、ゲームやアプリを開発してアップルストアで販売したり、会社や非営利法人を立ち上げてグローバルに活躍しているビデオや記事にヒットします。もちろん、親もIT関係の仕事をしている「蛙の子は蛙」のようなケースもありますが、子ども自身が自ら興味をもって、身近なテクノロジーを使って学びを深め、起業するケースがあることは、子どもたちが柔軟に時代の波に乗れる力をもっていることを証明しています。逆にそうした子どもたちにリードされて、大人がAIの時代に新たに学ぶきっかけを持てるかもしれません。