米国のフィットネス産業は大変革の最中にあります。以前から存在している対面型の大手ジムは、新型コロナウイルスの感染拡大によって軒並み大打撃を受けました。しかしその一方で、かつてないほど好調なのが、高価な器具とストリーミングサービスを導入した、オンライン主体の新しいフィットネス企業。ロックダウンが解除された後でも「リアルの」ジムに客足は戻らず、自宅での運動が定着している中、フィットネス産業の間で明暗が分かれています。実際に米国のフィットネス産業に身を置く筆者が、業界のトレンドやコロナ収束後の展望についてレポートします。
急成長するストリーミング系フィットネス企業
78歳と米国史上最高齢で就任した大統領であるジョー・バイデン氏は、健康にとても気を使っており、タバコはもちろんアルコールもまったく摂取せず、週5回以上の運動を続けていると言われています。そんなバイデン大統領がホワイトハウスに引っ越す際、国家機密防衛上の理由から、どうしても持ち込むことができなかったのが、愛用しているPeloton(ペロトン)社の自宅用フィットネス固定自転車でした。
このPeloton社は2019年に上場したばかりの若い企業です。2019年9月の上場時株価は25ドル24セントでしたが、コロナ禍によるロックダウンが実施された2020年3月ごろから上昇を続け、同年のクリスマスイブには162ドル72セントに達したのです。ワクチン接種が始まりコロナ収束が見え始めた2021年2月になるとやや下降に転じ、5月14日の終値は96ドル58セントでしたが、2021年6月中旬には時価総額が337.43億米ドル(約3兆7000億円※)になりました。
※1ドル=約109円で計算(2021年6月14日時点)
従来のジムにかかる費用と比較すると、ストリーミング系のフィットネス企業の製品とサービスはかなり高額です。Peloton社の固定自転車は約30万円。毎月定額制で無制限にストリーミングできるオンライン・クラスは月額で約5000円です。壁掛け液晶パネルとストリーミングによるヨガやピラティスなどを組み合わせたサービスで急成長しているMirror社でも、初期費用に約15万円、毎月のレッスン料に約4000円はかかります。
対照的に、筆者が利用するリアルのジムである全国チェーンのLA Fitnessでは、初期費用がまったくかからず、会費は月額にすると約2000円。従来のスポーツジムの中には、さらに安い費用を売りにしているチェーン店もあるため、それらと比べるとPeloton社やMirror社は高額といえるでしょう。
ロックダウン期間中は多くのジムが閉鎖を余儀なくされました。ジムが再開した後も、以前のように大勢で一か所に集まって運動することに不安を覚える人は少なくありません。そのせいか、ダンベルやケトルベルといった自宅で使える筋トレ器具や一般の自転車までもが一時は極端な品薄状態になりました。
その点、ストリーミング系フィットネスサービスは、高額であっても自宅で好きな時間に運動することができるうえ、オンラインでコーチングを受け、さらに仮想コミュニティでトレーニング仲間と繋がることもできます。新型コロナウイルスのパンデミックまでは予想していなかったでしょうが、Peloton社やMirror社は時代の一歩先を読んでいたともいえます。
リアルジムの行方
ストリーミング系フィットネス産業が成長する一方、大手の実店舗ジムは苦戦を強いられています。Gold’s Gymや24 Hours Fitnessなど、いくつかの全米チェーンジムは破産宣告をしました。
さらに深刻な問題は、ジムの会員数の減少がコロナ禍による一時的な現象ではなく、コロナ収束後も続くように思われることです。生き残ったジムは最近になって営業を再開し、会員も徐々に戻りつつありますが、コロナ禍以前の状態にまで戻ったとは言えません。大手チェーンのPlanet Fitness社のクリス・ロンデューCEOは、ワクチン摂取による効果を考慮しても、2021年の会員数は前年の70%程度になるだろうと述べています。
筆者の正業の一つは、クロスフィットと呼ばれるジムのトレーナー。クロスフィットの多くは個人経営によるもので、規模は小さく、会員が支払う会費だけで成り立っています。コロナ禍による打撃は大手チェーンと同等かそれ以上で、どのクロスフィットでも存続への懸命な努力が続けられてきました。
ジムを閉鎖せざるを得なかったロックダウン時期には、私たちのジムも含め、多くのクロスフィットが新たにオンラインクラスを開講しました。ジムを再開できるようになった後も、リアルまたはオンラインクラスを選択できるハイブリッド式での運営が続いています。
そうなると運営側の手間は以前の2倍かかるわけですが、だからといってその分、会費を高くするわけにはいきません。また、リアルのクラスが再開されたといっても、ソーシャル・ディスダンスを守ったり、マスクの着用をお願いしたりするなど、以前とまったく同じ形で活動しているわけでもありません。
クロスフィットに限らず、小規模なフィットネスジムの特徴の一つが、会員同士のコミュニティが緊密なこと。ときにはカルトと揶揄されるくらい、皆が仲良く、同じ場所で同じ時間に汗を流します。健康のためというよりも、ジムに通うことが生き甲斐になっている人も少なくありませんでした。
しかしながら、フィットネスの主流がリアルジムからオンラインへ、グループから個人へと移っていくことは避けられない模様です。コロナ禍のせいかもしれませんし、以前からあった流れがコロナ禍によってさらに強くなったのかもしれません。しかしながら、伝統的なフィットネスジムが持つコミュニティーのような価値観は、そう簡単に消えないでしょう。オンラインでは難しい仲間づくりや、大手チェーンでは限界がある個人指導など、人とのつながりを大切にしていけば、小規模フィットネスジムは今後も存続できると信じています。
執筆者/角谷 剛(かくたに ごう)
米国カリフォルニア州在住。IT関連企業で会社員生活を25年送った後、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、コーチング及びスポーツ経営学修士(コンコルディア大学)、Crossfit Tribe Functional Fitnessコーチ、Laguna Hills High School野球部コーチ、TVT Community Day School高等部クロスカントリー走部監督。