日本のトップ選手でありながら、サントリーの営業マンの顔も持つ真壁伸弥。社員からプロ契約に切り替える選手も増えている中、真壁はサントリーの社員として、主にスーパーや量販店への営業を担当する部署に身を置きながらラグビーを続けている。後編となる本稿では、真壁が考えるラグビーの将来、そして自身の仕事とラグビーの関係性について聞いてみた。
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日本代表でも「ラ業両立」! ただし世界に勝つためには問題も内在
「ラ業両立」の旗印の下、真壁はチームの2冠の原動力となり続けた。だが日本代表やサンウルブズに選出されれば拘束期間も長くなり、社業からの長期離脱を余儀なくされる。短期や単発の仕事がメインとはいえ、どう折り合いをつけて両立しているのだろうか。
「いまは仕事を外(合宿先や遠征等)に持っていくことができます。社内で働く者と私のように社外で活動している者がパートナーを組んで、外からでも『勤務』できる状態を作っているんです。ワールドカップの直前の宮崎合宿(2015年6月、宮崎県宮崎市で約1か月にわたるハードな合宿が組まれた)でも東京にいる社員と電話とパソコンでやりとりしながら仕事していました」(真壁選手)
サンゴリアスだけでなく日本代表でも「ラ業両立」を実践してきた真壁は、前述のとおり一昨年のラグビーワールドカップでの快進撃にも大いに貢献。日本全国に空前のラグビーブームを巻き起こし、真壁の知名度も飛躍的に向上した。仕事の面でも目覚ましい効果があったという。
「営業先でラグビーを話題に出すことができるようになりました。商品を売り込むのが営業の仕事ですが、自分を売ることも大事です。プラスアルファとして営業マンとしての真壁伸弥を売り込むことができるようになったのが大きいですね。名前が売れたことでウイスキーセミナーやトークショーまでやらせていただき、社内でも『ワールドカップで勝つために何をしてきたか』というテーマで発表する機会をいただきました。自分の人生を振り返りバックボーンを語ることは、自分のためにもなっています」(真壁選手)
ラグビーを仕事に活かし、巡り巡って、仕事がラグビーに活きる。これ以上ないほどの究極の相互作用だろう。だが、時代は変わってきた。現在世界のトップに立つ各国の強さは完全なプロラグビー、つまりフルタイムのプロラグビー選手で構成されたプロチームによるプロリーグの賜物だ。すべてをラグビーに注げるプロ化によってこそ強化は格段に進む。サンゴリアスにも他チームにもチームと個人的にプロ契約している選手はいるものの、真壁のような社員選手も数多く在籍している。そんな日本ラグビー界の現状に真壁は危機感を持っている。
「世界のラグビーはすでに次のステージに行っています。2019年、またそれ以降のワールドカップで世界に勝つためには、選手はできるだけラグビーに時間を割く必要がある。もちろん今のサントリーの文化は本当に素晴らしいですし、仕事との両立をさせていただいている会社には心から感謝していることが大前提ですが、日本のラグビーをより強化していくためには社業よりもラグビーに時間を充てていく必要があるでしょう。今回の『両立』という取材テーマはサンゴリアスの真壁伸弥としてはありがたい反面、日本代表の真壁伸弥としては疑問を感じている部分もある。矛盾しているようですが、そういう気持ちがあることもぜひ書いていただきたいです」(真壁選手)
そんな問題提起をした真壁だけに、一時は社業を辞めてプロ選手に転向することも考えたという。
「すごく悩みました。でも迷っていた当時、営業のパートのみなさんを統括する仕事をしていたのですが、その方々の応援がすごかった。試合にも必ず来てくださるようになり、私の名前入りの横断幕まで作ってくれて、それを見たときに『やっぱり社員選手としてこういう関係が成り立つことって素晴らしいな』と思ったんですね。プロだとそういうケースはなかなかない。一緒に同じ仕事をしている仲間がこんなに応援してくれる環境は本当にいいなと。それが見えたとき、私はプロの道を選ばないことにしました」(真壁選手)
そう決意した真壁は現在も社員選手の道を歩み続けている。インタビューを行った2017年3月現在はケガの回復に時間を充てつつ練習強度を少しずつ上げ、現在スーパーラグビーで世界を転戦しているサンウルブズでの実戦復帰を目指している。もちろん日本代表への復帰もターゲットだ。そんな大事な時期にも、真壁は仕事のことを考えている。
「いまは社内的にもラグビーに集中する期間にさせてもらっていますが、その時間を利用して『仕事のために何をするか』を常に考えています。サポートしてくれる社員と密に連絡を取ってプランを立てたり、ウイスキーエキスパートの次段階の資格である『ウイスキープロフェッショナル』の勉強も必死にやったり。ラグビーだけじゃだめなんですよ。ラグビー以外にも自分を勢いづけることをやらないといけない。私の場合、それが社業なんですね」(真壁選手)
最後に真壁は付け加えた。サンゴリアスで現在ともにプレーしている元オーストラリア代表のジョージ・スミスも、元チームメイトで同じく元オーストラリア代表のジョージ・グレーガンも「ラグビーだけやっている人間は成功しない」と言っていた、と。世界最高の選手と讃えられたそんなレジェンドたちの言葉、そして真壁の生き方そのものが「両立」することの有用性を証明しているといえるのではないだろうか。
写真撮影/齋藤龍太郎(楕円銀河)