1970年代から30年近く、大活躍を続けた料理研究家がいた。小林カツ代というヒトだ。色白でふっくらとした顔に、ちょっとダミ声で語りかけてくる独特の話し方。彼女の姿がテレビに登場しない日はないほどの売れっ子だった。
しかし、忙しい生活がたったのか、2005年にクモ膜下出血で倒れ、入院生活を余儀なくされ、2014年、とうとう帰らぬ人となった。
「暁子さんのレシピ」は実は「小林カツ代のレシピ」だった
先日、結婚したばかりの女の子から電話がかかってきた。
ご主人がグルメで毎日の夕食作りが憂鬱だったが、「暁子さんのレシピ」で作った料理は、簡単でおいしく重宝しているというのである。
お役にたったのなら嬉しかったが、何か素晴らしいお料理を教えた覚えはない。情けないくらい、私は忘れっぽいのだ。そこで聞いてみた。
「どんなレシピ?暁子さんのレシピなんてないわよ」
すると、彼女は「いろいろあるけど、まず肉じゃが、ジャガイモのグラタン、ピーマンと茄子のみそ和え。それから、目玉焼きも暁子さんに教わったのが一番うまくいくんです」。
それで、思い出したのだが、すべてテレビ番組に出演した小林カツ代のレシピなのだ。結婚したばかりの頃、何をどうやって作っていいかわからず、私はやたらと料理番組を見た。
簡単で、けれども、おいしそうな料理をメモしては、冷蔵庫に磁石でとめていたのだが、知らないうちに小林カツ代に教わった料理ばかりとなったようだ。
カツ代のレシピは生き残る
エッセイを書くようになり、毎日が忙しくなると、私はますますカツ代のレシピに頼るようになっていた。彼女の料理は、特別なスパイスや手に入りにくい食材を使うことがない。近所のスーパーマーケットでしか買い物しない私にとって、重宝するお料理ばかりだ。
もちろん、他の料理研究家や本職の料理人などのレシピも参考にしていたが、頻繁に作ったのは彼女のレシピだ。おそらく、小林カツ代のレシピは家庭の中で生き残る輝きをはなっていたのだろう。もし、彼女のレシピがなかったら、我が家の献立は貧相なものになったに違いない。
毎日のことだもの、簡単じゃないと続かない
なぜ、小林カツ代があれほど人気があったのか? 今まで私は深く考えたことがなかった。
病気に倒れ、華やかな世界から姿を消してもなお、私は彼女の教えてくれた料理を作り続けていたというのに……。
『働く女性のキッチンライフ』(小林カツ代・著/大和書房・刊)には、カツ代のレシピがなぜ絶大な人気を誇ったのかを示す秘密が隠されている。
忙しく働きながら、二人の子供を育て、結婚生活もなんとか維持しようとした小林カツ代。頑張りすぎるほど頑張った人だからこそ、本音の台所話ができるのだ。それは時にはため息交じりに語られ、それでいながら、笑いにも満ちている。
小林カツ代は知っていたのだ。毎日のことだもの、簡単じゃないと続かない。料理も育児も結婚も……。
36年前に刊行された本が電子書籍化されるすごさ
『働く女性のキッチンライフ』は、1981年に出版された本だ。初版のあとがきには母への思いが書かれている。
ちょうどあとがきを書く寸前に、母を心筋梗塞で亡くしたのだ。大好きだった母、支えてくれた母、カツ代を誰よりも理解してくれた母。けれども、彼女は母の最期に間に合わなかった。
仕事に穴をあけるわけにはいかず、駆け付けるのを我慢したのだ。
そして、それから20年後の2001年、改訂版を出すにあたり、彼女は再びあとがきを書いた。その「二度目のあとがき 今、がんばっている女性たちへ」の中で、彼女はこう書いている。
むろん、時代は変化していきますから、確かに今とは違うなと感じた部分もあったので、ずいぶん直し、書き加えました。
しかし、しかしです。
基本的には、女性の大変さというのは、これは時代を超えて続くものであるという感を深くしました。
女がというより、人が生きていくうえでの、ということかもしれません。(『働く女性のキッチンライフ』より抜粋
そして、それから13年後の2014年、彼女が亡くなった年に再び電子書籍として、カツ代の本が再び私たちの前に姿を表した。
苦しいこともあったろう。どうして自分がこんな目にと泣いた日もあったかもしれない。
けれども、小林カツ代のレシピによって、助けられ、救われ、毎日の食卓を用意し続ける人がいることを、彼女はわかっていたと思う。
時短が苦手な私だけれど、料理だけはまあ手早い方だと思う。それもこれも、小林カツ代のおかげだ。
感謝したい。
(文・三浦暁子)
【参考文献】
働く女性のキッチンライフ
著者:小林カツ代
出版社:大和書房
小林カツ代さんの原点はこの本から! 仕事と家庭、両立のコツは「食」にあり。
●働く女性にこそ必要な時間管理術
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