本・書籍
自己啓発
2019/8/1 21:45

400年の時を超え、モンテーニュの言葉が荒んだ心を癒してくれる――『寛容のすすめ』

生きていくのは、なかなかに大変です。

 

楽々と毎日をこなしているように見える人でも、心に葛藤を抱え、やっとの思いで毎日をしのいでいるものではないでしょうか?

 

私は自分でものんきな性格だと思いますし、生活に不満があるわけではありません。それでもたまにはにっちもさっちもいかないような、追いつめられた状態に陥ります。そんなときです。自分にとって、生きる指針とはいったい何なのかを考えたくなるのは……。

 

祖母の教え

心がふさぎ、「これからどうやって生きていったらいいのだろう」と悩むとき、私は今は亡き祖母の言葉を思い出します。

 

それは「お天道様に恥ずかしくないように生きなさい。誰も見ていないと思っても、お天道様は見ているんだよ」という教えです。もっとも、祖母が生きていたころは、「じゃぁさ、夜は悪いことしてもいいんだね。だって、お天道様、いないもんね」と憎まれ口を叩いたりしていました。

 

けれども、祖母は私の反抗など、意に介さず「馬鹿だね、お天道様は夜もいるんだよ。暁子には見えてないだけ」と、威厳をもって言い切るのでした。

 

 

困ったときには本に頼ろう

祖母が亡くなっても、この言葉は効力を失うことはありませんでした。ただ、大人になると、生きることはさらに複雑になり、悩みも深くなりました。

 

私は弱虫なので、毒をもった言葉を浴びせかけられると、立ち往生しどうしていいかわからなくなります。ショックで口がきけなくなることもあります。

 

心配した家族に「心療内科に行ったら?」とアドバイスされたりもします。一つ一つは小さなことでも、いくつか重なるとメガトン級の苦しみとなって私を押しつぶしてしまうのです。

 

先日も、そんな状態に陥り、何かにすがるように『寛容のすすめ』(桑原 聡・著/海竜社・刊)を買いました。この本は、フランスの哲学者・モンテーニュの「モンテーニュ随想録」を題材に据え、現代社会の歩き方を学ぶという試みの本です。著者は桑原 聡。産経新聞社で雑誌「正論」の編集長や文化部長を歴任した方です。

 

 

逆引きモンテーニュ?

私は以前から、モンテーニュの『エセー』を読もうと思い、本箱の隅にずっと置いてありました。ただ、思いはするものの、たまにぱらぱらとめくっているだけで全巻を読破するにはほど遠い状態でした。

 

文庫で全5巻もあるその本を開くと、ところどころ赤線がひいてあるので読んでいるはずなのですが、よく覚えていません。きっと「お天道様に恥ずかしくないように」という祖母の言葉以上に胸に響く指針をえることができなかったのでしょう。

 

今回、『寛容のすすめ』を読み、私は胸を衝かれました。同時に、改めて『エセー』を読み返さずにはいられませんでした。桑原 聡が紹介するモンテーニュの言葉を読むと、まるで「逆引きモンテーニュ随想録」のように、モンテーニュの著作が理解でき、心に沁みてくるのです。

 

言葉を大切にする桑原の態度が、1580年に書かれたエセーを現代に蘇らせたのだと思います。

 

 

淡泊な気分になることを学べ

『寛容のすすめ』には、たくさん、好きなページがあるのですが、このコラムでは、次の3つを紹介したいと思います。まずはひとつめ。

 

老朽は独りで負うべき特質である。わたしは今、淡泊な気分で人々に対することを学んでいる。そこに執着があっては、ああいうけわしい関所を越えるのに邪魔になろう。今こそ仲間に背を向けるべきときなのである

(『寛容のすすめ』より抜粋)

 

うんうん、確かに。私は頷かないではいられませんでした。もし若いときに私がこの文章を読んだら、「なんかそんなの寂しいな~~。仲間とは深く情熱的にかかわりたい」と思ったに違いありません。

 

けれども、還暦を過ぎた人ならわかるでしょう? 定年を迎え、職場の同僚と居酒屋で飲む毎日を失ったとき、思いがけずポツンと独りになっている自分に気づき、「あれ?こんなはずじゃなかった」と思う瞬間が……。それは寂しくおそろしい体験かもしれませんが、自分を見つめ直す良い機会にもなるでしょう。

 

これは若い人にも言えるのかもしれません。人間関係に疲れたり、自分を束縛する恋人に手を焼いたりしたとき、自分が実は独りでいられるのだと知ることは、救いです。

 

独りを知ってこそ、豊かな人間関係を得ることができるからです。

 

他人のために生きよう

次に二つめ。

 

少しも他人のために生きない者は、ほとんど自分のためにも生きていない

(『寛容のすすめ』より抜粋)

 

そうそう、私もそう思います。自分が他人のために生きているとは思いませんが、それでも、私は他人を幸福にするために努力したいといつも念じてはいるのです。

 

それは私が人間ができているから…ではもちろんなく、そうすると自分自身の生きる力になることを体と心が知っているからです。

 

ちょっと前の話になりますが、NHK大河ドラマ「黒田官兵衛」を夢中で見ていたことがあります。そのとき一番好きだった台詞が「この官兵衛におまかせあれ」でした。私もそうありたいのです。

 

 

死んでは駄目

そして、3つめ

 

お前たちがこの世にある間は、ただ生きることに意を用いよ

( 『寛容のすすめ』より抜粋)

 

そんなの当たり前だと思う方もいるかもしれません。

 

けれども、周囲を見回すと鬱的なヒトが多く、時々真剣に「自殺したい。どうしたらいい?」と訴えられることがあります。実際に亡くなってしまった方もいるのです。

 

そんなとき、私は戸惑い、立ち往生し、いつものように言葉を失います。辛くて悲しくて言葉を振り絞ろうとしても、舌は上あごにくっついたまま動かなくなるのです。

 

けれども、これからはこの言葉を贈ろうと思います。「そんなに焦らなくてもヒトは必ず死ぬのだから、自分で決着をつけなくてもいいんじゃない? 今はただ生きていることに集中した方がいいのよ」と。この言葉を私は自分自身にも贈りたいと思うのです。

 

 

モンテーニュとの出会いに感謝

誰にとっても、生きていくのは大変です。心と体を病んでしまうこともあると思います。けれども、そんなときモンテーニュの言葉をちりばめた『寛容のすすめ』は、「お天道様」のように行く手を照らしてくれるものとなるでしょう。

 

今から400年も前、西南フランスのボルドーの裕福な家に生まれたモンテーニュ。父親の方針でラテン語のみで教育された彼…。旧教徒でありながら新教徒にも評価され、両陣営の調停役をつとめたモンテーニュ。難しい時代にボルドー市の市長として働きながら、膨大な量のエセーを残した思索家。

 

ずっと読もうと思いながら、積ん読状態になっていた彼の本を今回、改めて見返しています。そして、モンテーニュという人物に時を越えて会わせてくれた桑原 聡の『寛容のすすめ』に、私は今ひたすらの感謝を捧げたいと思います。

 

【書籍紹介】

 

寛容のすすめ

著者:桑原 聡
発行:海竜社

“未完の書”が紡ぐその言葉は、あなたが笑顔で生きるヒントとなる。400年の時を超え、思索家モンテーニュの言葉が現代社会を撃つ。

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