本・書籍
2019/11/17 18:30

『鬼滅の刃』から『日本の地方議会』まで――年1000冊の読書量を誇る作家が薦める「リーダー」とは何かを考える5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回は「リーダー」をテーマに様々なジャンルから5冊を紹介してもらいました。

 

すでにリーダーの人も、これからリーダーになる人も、リーダーの下で働く人も、「理想の指導者とは何か」を考える1冊が見つかるはずです。

 

【関連記事】
年1000冊の読書量を誇る作家が薦める「旅」を楽しむ5冊

 


人は組織なしには生きられない存在である。

 

お前が言うな? 小説家なんて一匹狼の代名詞だろう?

 

ごもっとも。

 

かくいうわたしは今、組織からはぐれ、一人で仕事を請けて小説やエッセイを書いて日銭を稼いでいる身である。けれど、わたしもまた、出版社や取次さん、書店さんといった組織構造にフリーライドすることで生きているという自覚はあるし、そもそも日本国民なので、広くは国家という組織の構成員としての役割や側面を有している。ただ、今のわたしは自分を取り巻く組織について意識しにくい環境にいるというだけにすぎない。

 

わたしは究極的に組織というものに向かず、結局こうして一匹狼を気取っているのだが、それでも組織の持つ力にはある種の敬意を払っている。素晴らしいリーダーを有した組織に対して、一匹狼が対抗する手段はほとんどないのである。

 

そんなわけで、本日の選書テーマは「リーダー」である。しばしおつきあい願いたい。

 

 

ダメなリーダーではなかった! 今川親子の真の姿

まずご紹介するのは歴史小説から二冊。『義元、遼たり』(鈴木英治・著/静岡新聞社・刊)、『氏真、寂たり』(秋山香乃・著/静岡新聞社・刊)である。本書は今川氏お膝元である静岡県在住の歴史・時代小説作家として知られる鈴木英治・秋山香乃夫妻による、今川義元とその息子今川氏真を材に取った歴史小説である。

 

皆さん、今川義元というと、何とも残念なイメージはないだろうか。少し歴史に詳しい方なら、その息子の氏真がバカ殿扱いされていることをご存じかもしれない。それもこれも、今川義元が当時至弱の存在であった織田信長に討ち取られてしまう(桶狭間の戦い)こと、その息子の代で大名家としては滅んでいることで記憶されているからであるが、この二冊はそのイメージを払拭し、新たな今川親子像を描き出すことに成功している。

 

今川義元を主人公に置いた『義元、遼たり』では、家督相続をする前の若き今川義元がクローズアップされている。師にして友である太原雪斎に導かれ、少しずつ今川家当主としての自覚を深めていく青く力強いリーダー像を眺めているうちに、歴史小説のはずなのにまるで青春小説を読んでいるような気分になり、この義元のことが好きになる。

 

そして今川氏真を描いた『氏真、寂たり』では従来のバカ殿像を廃し、義元亡き後の混乱の中、武田や徳川、北条のプレッシャーに苛まれながらもリーダーシップを取り、時には手ひどい裏切りに遭いながらも、最後まで諦めない不屈の出来人として描き出されている。雅ごとで家を傾けたという印象が百八十度転換し、むしろ、雅ごとすらも生き残りのために用いた悲壮なリーダーの姿があなたの眼前に現れるはずだ。

 

側近の言葉に耳を傾ける若きリーダー、最後まで諦めない不屈のリーダー。この二冊には、かくあってほしいというリーダーの姿が描き込まれているのである。……それにしても、これほど優れたリーダーを擁しながら、結局大名としては滅ばざるを得なかった今川氏サーガを前にして、生き馬の目を抜くがごとき戦国時代の恐ろしさを体感していただけること請け合いである。

 

 

善と悪。二つの強烈なリーダーの姿

さて、次は漫画から。2019年10月現在、全国書店さんから品切れの悲鳴が上がり、ある書店員さんに「こんなに売れているのを実感するのはスラムダンク以来」とまで言わしめた『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴・著/集英社・刊)である。

 

大正時代、炭焼きとして平穏な日々を過ごしていた竈門炭治郎が、突如鬼に襲われ鬼化してしまった妹を元に戻すため、鬼を倒すことを目的とする鬼殺隊に入り……という和風伝奇譚であるが、ジャンプ作品らしからぬ要素と、ジャンプらしい要素がスクラムを組んでいて大変心躍る作品である。しばしジャンプから離れてしまっていたあなたにも是非読んでいただきたい。

 

この漫画はいろんな読み方が出来、その懐の深さも魅力なのであるが、今回の選書に合わせるのなら、二人のリーダーの鮮烈な姿を指摘すべきだろう。

 

本書には鬼たちとその鬼を殺す鬼殺隊という組織が存在することは既に述べたが、実はそれぞれにリーダーがいる。千年以上前に生まれた元凶の鬼にして鬼どもを率いる鬼舞辻無惨。そして病をおして鬼殺隊を率いる若きリーダー産屋敷耀哉である。この二者、どちらもかっこいい。無惨はその名の通り冷酷無比なまでに部下の鬼たちを使役し、苛烈に主人公たちを追い詰めてゆく。

 

一方の耀哉は若いというのにまるで慈父のような優しさで以て一癖も二癖もある鬼殺隊の皆を支え、束ねている。実はストーリーが進むとこの二人が直接邂逅するシーンが登場するのだが、まだお読みでない方はぜひ楽しみにしていてほしい。二人のリーダーとしての違いがコントラストとなり立ち現れた、静かなる名シーンである。

 

 

私たちはきちんと政治家を選んでいるのか?

次はフィクションから離れよう。『日本の地方議会』(辻 陽・著/中公新書)である。日本に住んでいる皆さんは、選挙によって自分の意見を代弁する政治家を議会に送り出している。つまり、わたしたちの社会を引っ張るリーダーを自ら選んでいるわけである。国政においてはその自覚がおありな方は多いだろうが、では、地方議会においてはどうだろう。国政には興味がある方も、地方議会にまで興味をお持ちの方は案外少ないのではないだろうか。いや、かくいうわたし自身がそうなのだ。数年前、地縁のないところに引っ越してからというもの、今一つその地域の特性が理解できぬまま、何となく地方議会の選挙に足を運んでしまっている。そんな自戒を込めて手に取った本である。

 

本書は日本における地方議会、そして議会の構成員である議員の現状についてまとまった本である。日本の地方議会は国会と異なり、首長に対する権限が非常に低く設定されており、事実上首長の抵抗勢力ないしは追認機関と化してしまっている現状、地方自治体の財政規模の事情によってその報酬にも雲泥の差があること、そもそもなり手が不足している地域があるといった問題があるという指摘がなされている。

 

国政と比べ、地方議会が有権者にとって重要度が下がるものなのはまごう方なき事実である。しかし、地方議会の議員たちがSNSを用いて自らの意見を発信することも一般化してきた。その中には、差別・偏見に基づいた発言で顰蹙を買っている議員もいたりする。地域のリーダーである地方議会について、わたしたちはもっと真剣に考えなくてはならないのかもしれない。

 

 

リーダーの持つ根源的な罪深さとは?

最後はライトノベルから。『異世界再建計画』(南野雪花・著/講談社・刊) である。

 

地方公務員であったエイジが剣と魔法の異世界に転移したことから始まる本書、なんだ、よくある異世界転移ものかとお思いの方もいらっしゃるだろう。だが、本書はそういう方の度肝をこそ抜いてくる小説である。

 

本書で描かれる異世界は、勇者によって魔王が倒され百年経った平和な世界なのだが、何かがおかしい。異世界人たちは勇者が現実世界から作付け方法をもたらした米を食べており、そのせいでこの異世界は危機的状況に陥っているのだ。どういう意味での危機なのかは本書に譲るとして、主人公のエイジは百年前の勇者が不用意にもたらしてしまった変革によって発生した歪みを修正する地味で損な役回りを負わされているのである。

 

本書のこのモチーフは、リーダーという存在の功罪を示している気がしてならない。カリスマ性と実績で以て組織を引っ張るリーダーもまた人間であり、間違いを犯すことがある。リーダーの決断が善意によるものであったとしても、百年の後に禍根を残さぬとも限らない。逆に言えば、巨大な権力を有したリーダーは、持ち切れない責任を抱え、次代のために決断をしなくてはならない無理ゲーな存在なのである。本書はリーダーの持つ根源的な罪深さを教えてくれる。

 

 

わたしたちは組織の中で生きている生物である。

 

であるからにはリーダーが必要だ。だが、リーダーの形は星の数ほどある。今日ご紹介したリーダーたちがあなたにとって理想のリーダーであるか、それとも最悪のリーダーであるかは分からない。ただ、人間である以上、ある日、突然リーダーの役目があなたにも、そしてわたしにも回ってくるかもしれない。その日のためのイメトレになれば、これ以上ない幸いである。

 

 

 

【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作「廉太郎ノオト」(中央公論新社)が9月9日発売!。

 

【関連記事】

年1000冊の読書量を誇る作家が薦める「2019芸術の秋」を楽しむ5冊