本・書籍
2019/9/7 21:00

年1000冊の読書量を誇る作家が薦める「2019芸術の秋」を楽しむ5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回は最近なにかと騒がしい「芸術」をテーマに様々なジャンルから5冊を紹介してもらいました。

 

夏もようやく終わりが近づき、いよいよ季節は秋に突入。「芸術の秋」を堪能する一冊が必ずあるはずです。

 

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さて、秋である。どんなに日差しが強かろうが、どんなに寝苦しい夜があなたの眠りを妨げようが、暦の上では九月。日本の歳時記に従うなら、今は立派な秋なのである。

 

そして、秋といえば……食欲の秋、スポーツの秋、そして、芸術の秋などなど、様々な活動の旬とされている時期だ。なぜ秋ばかりこんなにも目白押しのかは大いに謎だが、作家にとって好都合な「読書の秋」というスローガンもある。ぜひとも皆様には読書の秋に身を沈めていただきたい……というわけで、今回も選書である。テーマは「〇〇の秋」に乗っかって「芸術」でいこう。

 

 

幕末の天才絵師たちの狂気を描く

皆様は幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師・日本画家の河鍋暁斎(1831-1889)をご存じだろうか。死後は日本よりもむしろ海外で人気の高い画家であったが、最近では徐々に国内での知名度も回復し、近年展覧会が盛んに行なわれるようになった人物である。実は小説の世界でも河鍋暁斎は注目を集めており、優れた歴史小説の書き手たちがこぞって暁斎を描いている(これは聞き流してもらって結構だが、わたしも『おもちゃ絵芳藤』(文藝春秋)という本で暁斎をちょろっと書いている)。

 

そんな河鍋暁斎を主人公に据えた時代漫画がある。『狂斎』(ちさかあや・著/徳間書店・刊)である。本書は河鍋暁斎(この名前は晩年のもので、狂斎と名乗っていた時期もある)の若年期の彷徨を描いた絵師漫画で、絵の道に埋没し、狂気と現の境で絵の世界に揺蕩う浮世絵師の姿を描いている。また、狂斎を取り巻く面々もいい。美少年として描かれる歌川国芳塾の同門にして後の大絵師・月岡芳年や、土佐の血みどろ絵師で知られる絵金なども狂斎とは別の方向性で突き抜けており、狂斎と化学反応を起こしている。芸術に取り組む者たちに巣食う魔の横顔に迫る一冊である。

 

 

歴史に名を残す仏師を多面的に描く

さて、次に紹介するのは小説『荒仏師 運慶』(梓澤 要・著/新潮社・刊)である。

 

運慶の名は聞いたことがあるだろう。東大寺南大門の仁王像の作者という認識で間違いない。恐らく中学校の歴史の教科書、鎌倉文化の辺りで教わったはずだ。

 

本書はその運慶を、芸術家、職人、宗教者、経営者を兼ねた複雑な男として描き出している。本書に描かれる運慶の生き方は、非常に愚直で、かつあまり褒められたものではない。だが、一人称の形で語られる運慶の言葉は異様なまでに澄んでいて、芸術家としての七転八倒、一門を率いる棟梁としての責任、一人の男としてのプライド、宗教者としての問い……、といった彼のさまざまな側面が偽りなく読者に提示される。時に運慶の行動に驚かされ、時には心を揺り動かされながら、必ずや彼の至った最後の境地までページを繰ることになるだろう。また、歴史に詳しくない方でも、源頼朝、北条政子といった有名人が登場し、小説の主たる筋に関わってくるためストレスなく読めるはずである。

 

 

あなたの芸術観を試す一冊

三冊目は漫画から。『SHIORI EXPERIENCE ジミなわたしとヘンなおじさん』(長田 悠幸×町田 一八・著/スクエアエニックス・刊) である。アラサー地味英語教師の本田紫織が伝説的ギタリストのジミヘンドリックスの幽霊に憑かれ「一年以内に伝説を遺せないと死ぬ」と宣告されるところから始まるバンド漫画である。

 

さて、このあらすじを読んで、疑問に思う方もいるかもしれない。「本書のどこが芸術の選書なのだ?」と。本書はそういう方にこそ読んでほしい一冊である。

 

芸術とは後付けの概念に過ぎないのではないか、というのがわたしの持論である。歴史を紐解いてみれば、現在芸術品とされ博物館に置かれているものが、当時は日常遣いの雑貨であったり唾棄されていたものだったりする。今では美術品としても扱われる縄文土器に美術的価値を見出したのが現代芸術家の岡本太郎であるということも、芸術が後付けの概念であることを示唆していよう。

 

本書に描かれるジミヘンドリックスの言葉、そして、ロックという形なきものに取り組み七転八倒する登場人物たちの姿は、芸道に身を捧げる芸術家のそれと何ら変わるところがない。ただ、彼ら/彼女らを表現するために、2019年現在は「芸術」というラベリングをしないだけのことである。

 

もしかすると、本書に描かれているロックのありようが、「芸術」の二文字で表現される日が来るかもしれない。もしかしたら現場にいる人からすればそれはロックの堕落なのかもしれないが、いずれにしても、もしかしたら後世「芸術」とラベリングされるかもしれない世界を描いた優れた漫画である。わたしが本書を紹介したのは、ざっとこうした理由からである。

 

 

歴史小説でありながらキュレーター小説でもある

四冊目は小説から。『暗幕のゲルニカ』(原田マハ・著/新潮社・刊)である。同時多発テロが起こり、アメリカ国務長官がイラクへの空爆を開始すると国連本部でプレス発表したまさにその時、いつもならば国務長官の背後に飾られているはずのピカソのゲルニカのタペストリーに暗幕がかけられていた。ニューヨーク近代美術館のキュレーターである瑶子は、アメリカが戦争を引き起こすこんな時代だからこそ、母国スペインに里帰りしているゲルニカをニューヨークで展示しようと決心するのだが……。

 

本書は実に巧妙な小説である。キュレーター瑤子の現代パートと、ゲルニカ制作当時のピカソの恋人ドラ・マールの視点で描かれる過去パートが交互に描かれ、やがてこの二つのパートが密接に絡まり合ってゆく。純粋に小説として端正なのである。

 

もちろん本書はドラ・マールの目から描かれたピカソの姿も峻烈である。だが、それに負けないくらい、キュレーターの瑤子の姿も鮮烈な印象を読者に与える。話が進行するに従い、ゲルニカが失われてしまうかもしれない危機に直面する中、瑤子の魂がある人物に共鳴し……おっと、ネタバレはこれくらいにしよう。

 

本書は芸術家ピカソの戦いを描いた歴史小説でありながら、ピカソの魂を分けた人類の財産・ゲルニカを守り抜き、世にその意味するところを問い直した一人の女性を高らかに描いた、キュレーター小説でもあるのだ。

 

権力は芸術を恐れる。どうやら権力者は、創作者の創造を自らへの嘲りと取ってしまうようである。実に嘆かわしいことだ。

 

閑話休題。

 

 

表現の自由と芸術と

最後に紹介するのは『「表現の自由」の明日へ:一人ひとりのために、共存社会のために』(志田 陽子・著/大月書店・刊)である。我々は表現の自由を有している。この自由権は民主主義社会を形作る上で重要であり、我が国においても憲法で保障されている。日本国内での芸術活動を保証するのもこの表現の自由である。本書は憲法学者である著者が、表現の自由に関わる諸問題について、判例を駆使しながら解説してくれる本である。

 

非常に平易でわかりやすい。本書ならば、あまり法律に詳しくない方でもすらすら読めることだろう。

 

また、ヘイトスピーチと表現の自由との兼ね合いといった話題や、公立の博物館や美術館といった表現の自由を担保するために必要な施設について、行政がどのような態度で運営してゆくべきかといった、現代日本でも物議を醸している問題に対しても解説している。

 

芸術や我々の言論を支える表現の自由。社会の構成員一人一人がその意義に触れることは、ある意味で芸術的な行動であり、言論的な行動でもある。ぜひともご一読を願いたい。

 

 

そういえば、なぜ「芸術の秋」などというのだろう……。

 

その疑問に迫るべくネットサーフィンをしてみたのだが、特に決定打はないようである。ただ、大正年間には「美術の秋」という言い回しが存在したらしいという知識は得た。

 

まあ、答えなど分からなくてもいい。それが傍迷惑な習慣でない限り、歳時記は生活に取り入れて楽しんだもの勝ちである。そんなわけで、皆様もよき「芸術の秋」を!

 

 

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【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作「廉太郎ノオト」(中央公論新社)が9月9日発売!。

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