本・書籍
2020/3/23 21:45

博覧強記の筒井康隆ワールドに浸り、家にいながら世界を知る――『私説博物誌』

筒井康隆はジャンルの広さを誇る作家です。SFやシリアスな作品はもちろん、パロディや劇作まで、自在に書きながら、素晴らしい作品に仕上げていきます。

 

そう知ってはいましたが、なぜか小説ばかり読んでいて、『私説博物誌』(新潮社・刊)は知りませんでした。今はただ、こんな面白い本があることに気づかないでいたわが身を悔いています。けれども、今からでも遅くはありません。それが本というものの強みでしょう。読みたいと思ったときが読みどきなのです。

 

新型コロナウイルスの媒介?

『私説博物誌』の存在に気づいたのは、新型コロナウイルスの媒介の一つだと考えられているセンザンコウについて書いてあったからです。

 

そこで、ネットでサーチしていたら筒井康隆の『私説博物誌』にセンザンコウの項があることに気づいたのです。大好きな小説家・筒井康隆が注目の的となったセンザンコウについて既に書いていた。これは早速読まなくてはと、いそいそと本を開き、そして、驚きました。とにかく面白いのです。

 

名前も知らなかった珍奇なる動植物が、的確な文章で、正しく面白く「これもか、これも知らないのか!」と、たくさんの教えが千本ノックのように降り注いできます。

 

それにしても、著者は動物や植物について、なぜこんなにも詳しいのでしょう。

 

 

動物学者の父と作家の息子の共同作業

筒井康隆のお父さま・筒井嘉隆さんは京都帝国大学の動物学科のご出身の動物学者。アカデミックな訓練を受けた方ではありますが、象牙の塔にこもるタイプではなく、町人学者としての立場も大切にしたようです。

 

大阪にある天王寺動物園の園長として活躍し、この『私説博物誌』にも協力を惜しまなかったといいます。一人でも多くの方に動物の面白さを知って欲しいと願っていたのかもしれません。

 

息子である康隆は、子どものころは、父親の職場である天王寺動物園にしょっちゅう遊びに行っていたといいます。動物に詳しくて当然だったのです。筒井親子はそれぞれの立場、つまり父は学者として、息子は作家として、互いに力を寄せ合い、出し切りました。

 

『私説博物誌』に取り上げられている獣・鳥・魚・植物は、すべて珍妙なものばかりです。それだけでも面白いのですが、筒井康隆の記述によって、単なる「変なもの」としての紹介に終わらず、心を揺さぶる物語となって展開されていきます。

 

 

センザンコウ

たくさんの動植物の中から、私はまず「センザンコウ」を選び出して読みました。今、一番、興味を持っている動物ですし、この本を読むきっかけになったものだからです。

センザンコウについて書くにあたって、筒井康隆は独特な手法を駆使しています。いきなり、自分が喧嘩して殴られた話から始めるのです。

 

ガール・フレンドと道頓堀を歩いていて街頭写真屋にからまれた。女性と一緒だと、つい格好をつけたくなって何か言い返してしまう。仲間が三人やってきて、ぼくは中座の横の路地につれこまれ、ここで袋叩きにされた。

(『私説博物誌』より抜粋)

 

えっ! これからどうなるの、大丈夫? と驚愕しますが、大丈夫です。彼はセンザンコウ戦術というべき方法で、危機をのりきります。

 

センザンコウはからだ全体が堅い鱗で覆われていますが、それらをぎゅぎゅぎゅと閉じて、自身を甲冑に変身させます。これでは、敵も歯が立ちません。

 

四人がかりで足蹴にされ、ボコボコにされている間、彼はただからだを丸くした形でうずくまっていました。ちょうどセンザンコウが敵に襲われたときのように。

 

面白い物語に酔っていると、筒井康隆は次に博物学者に変身し、「動物学上の分類でいえばどこに属するか? 正式名称は何か? その特徴は何か?」について、きちんと教えてくれます。

 

センザンコウは穿山甲と書き、英名はパンゴリン(Pangolin)。アリクイのようにアリを食べるし、背中の鎧がアルマジロの背甲に似ていて、アルマジロのようにからだを丸めたりもするので、かつてはアリクイやアルマジロなどの属する貧歯目に分類されていた。その後いろいろ調べたら彼らとはなんの関係もないことがわかり、現在は有隣目という、センザンコウだけの小さな目に分類され、独立している。

(『私説博物誌』より抜粋)

 

センザンコウは独立した分類だと、私は初めて知りました。今までは勝手に「アルマジロみたいなもの」と考えていたからです。

 

センザンコウの話は、動物園で飼育されていた亀の話で締めくくられています。そこに出現する悲しくも、ひたむきな大きな亀と、たくさんのゴキブリと、優しい飼育係の3者に起こる話は胸に迫ります。

 

亀が弱っていたのに気づいた飼育係が調べてみると、ひびの入った甲羅からゴキブリが潜り込み、背中の肉を食い荒らしていたというのです。それも、一匹の亀に、おびただしい数のゴキブリが巣くっていたといいます。

 

センザンコウについて語りながら、怪談話のような実話で終わる。あぁ、筒井康隆はどうしてこうも、口内炎に酸をすりこむような話を書くのでしょうか。すごいとしかいいようがありません。

 

 

ユーカリ

『私説博物誌』は珍妙なる動物だけではなく、植物についても取り上げられています。私は「ユーカリ」の話が好きです。

 

ユーカリはコアラの食べ物として有名です。コアラは限られた種類のユーカリの新芽しか食べないそうです。人間で言えばひどい偏食ですね。

 

コアラの子どもは母親がユーカリを食べて、排泄した便の中にあるユーカリを食べて育つといいます。体を張って離乳食を作っていると言うべきでしょうか。

 

コアラはユーカリのないところでは生きていけません。そのため、海外の動物園からコアラがやってくることになると、まずはユーカリの林を確保しなければなりません。ユーカリについて筒井康隆は印象的に説明しています。

 

これはテンニンカ科の木で、常緑の大高木である。成長すれば100メートルを超えるという。むろんこれは世界最長樹木のひとつで、100メートルといえば現在の大阪城天守閣の約二倍の高さだから大変なものだ。

(『私説博物誌』より抜粋)

 

ユーカリの話は、著者がご長男の小学校の入学式に参加する場面から始まります。成長が早いというユーカリに愛息の面影を重ね合わせた物語には、お父さまとしての筒井康隆の横顔が垣間見えるようです。

 

【書籍紹介】

私説博物誌

著者:筒井康隆
発行:新潮社

珍獣、妙鳥、奇魚、怪草、あらゆる種類の生物の知られざる生態を紹介しながら、人間社会に視点を移し入れ、筒井康隆一流の人間批評を試みたユニークエッセー。

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