本・書籍
2020/1/11 11:00

『十二国記』だけじゃない! 小野不由美の怪異譚で「怖い」の意味を考える――『営繕かるかや怪異譚 その弐』

私はホラー映画が苦手です。観た後も怖さが続いて苦しいからです。

 

例えば、2009年に製作された『エスター』。赤ん坊を亡くした夫婦が幼女を迎えたことによって起こるおそろしい日々……。今もなお怖くて、観なおすことはありません。ところが、本となると話は別で、怖くても読みますし、面白いと思ったら、何度もくり返し読みます。

 


筒井康隆が令和元年の収穫として挙げた1冊

小野不由美の『営繕かるかや怪異譚 その弐』(KADOKAWA・刊)も、昨年の夏に出版されてすぐに読み、年末にまた読み、今年になってまた読みました。年をまたいで3度も読んだのは、怖さを超えた面白さにひきつけられたからです。

 

作家の筒井康隆も注目している作品です。2019年11月30日付けの産経新聞紙上で「今年の読書の収穫は?」という質問に、筒井康隆は「小野不由美さんの『営繕かるかや怪異譚 その弐』。あの中の最初の短編が怖くて、怖くて……」と、答えています。

 

この記事を読んだとき、新聞に顔を近づけ、「そうですよね、先生!怖いですよね~~」と、話しかけてしまいました。

 

「怖い」の意味を考える

小野不由美の小説は怖いです。怖いことはとても怖い……。それは確かなのですが、同時に面白くて笑ったり、ふと涙ぐんでしまったりします。怖いけれど、深いのです。今回も、「怖い」とは一体何なんだろう? と考え込んでしまいました。

 

改めて、辞書をひいてみると、「怖い」には次の3つの意味があるといいます。

 

1 それに近づくと危害を加えられそうで不安である。自分にとってよくないことが起こりそうで、近づきたくない。

2 悪い結果がでるのではないかと不安で避けたい気持ちである。

3 不思議な能力がありそうで、不気味である。

 

小野不由美の小説には上の3つの「怖い」はもちろん、また別の何か、たとえば、根源的な怖さ、理由のない怖さ、辞書には記せない怖さ等など、数々の怖さが紙の上に、そして、ディスプレイ上に、繰り広げられ、怪しく光ります。

 

最初の短編「芙蓉忌」

『営繕かるかや怪異譚 その弐』には6つの短編がおさめられています。最初の短編は「芙蓉忌(ふようき)」。筒井康隆が挙げた「最初の短編」です。これから読む方のために、結末は書きませんが、ぞっとする物語だということはお知らせしたいと思います。

 

「芙蓉忌」は、貴樹という名の主人公が「その女」を見たことに始まります。10年以上ほとんど近づかなかった実家で、彼は彼女に出会います。実家といっても、高校の3年間を過ごしただけで、愛着もない古い町屋です。両親も弟も既に亡くなっていて、知り合いや友人もいません。彼の心の中ではこんな状態です。

 

寄る辺もない異境に、ただ「実家」という名の容れ物だけが存在していた。

(『営繕かるかや怪異譚 その弐』より抜粋)

 

その「容れ物」で暮らすようになってすぐ、貴樹は、偶然、壁の隙間からある存在を垣間見てしまいます。芙蓉の花を思わせるその女が何者か? それは言わぬが花でしょう。

 

「関守」では「通りゃんせ」

『営繕かるかや怪異譚 その弐』には「芙蓉忌」の他に5つの短編、「関守」「まつとし聞かば」「魂やどりて」「水の声」「まさくに」があります。ひとつひとつ独立した話ですが、全体を通じて流れる思いには共通したものがあります。

 

「関守」は、「通りゃんせ」という童歌を耳にする度に嫌な気持ちになる佐代が主人公です。横断歩道を渡る度に聞くこのメロディは、子どものころの記憶と相まって、彼女を恐怖に陥れます。耳にするのはメロディだけなのに、佐代の頭の中には、~~通りゃんせ、通りゃんせ、ここはどこの細道じゃ~~に始まる歌詞がはっきりと刻印されています。そして、その歌詞は、佐代が子どものころに経験したある怖ろしい記憶につながっていきます。

 

「関守」は、「通りゃんせ」のメロディや歌詞以上に、陰鬱で怖い話です。けれども、一方で、佐代をからかいながら励ます友人夫妻の存在が、救いに似た明るさをもたらしてもいます。彼らは佐代を「気持ちの悪いことを言う女」とはとらえたりせず、あたたかなまなざしを注いでくれるのです。

佐代の夫の雅昭も、彼女の怯えの原因を探るべく、わざわざ、佐代が住んでいた場所に一緒に出向いてくれます。共感こそが、人を救うものなのかもしれません。

 

 

他の4作品も秀逸です

「まつとし聞かば」は父と息子の微妙な関係が描かれている短編です。飼い猫も重要な役目を果たし、猫好きにはしびれる物語です。けれども、ちょっと血なまぐさいシーンもあり、怖い……。

 

「魂やどりて」は、古い長屋をリフォームして暮らす育という名の主人公が味わう恐怖の体験です。ものには魂が宿るということを教えてくれます。

 

「水の声」は、私がいちばん好きな作品でした。恋人をむしばむ記憶に立ち向かう主人公・遥奈を応援しながら読みました。奇妙な気配や音、そして、あたりを漂う匂いと臭いが、果たして何を示すのか、ハラハラドキドキです。

 

「まさくに」は登場人物がそれぞれ良い味を出していて、怖いながらも楽しい我が家と言いたくなります。私は「天井裏には何かがひそんでいる」と、母に教わりました。ところが、結局、ずっとマンション暮らしで、天井裏への恐怖は実感できずに終わったのですが、この作品を通して、天井裏への思いを感じることができました。

 

怖い話が好きな人も、嫌いな人も、きっと震え上がるに違いない6つの物語……。色変わりの飴玉を堪能するように、しゃぶりつくしてください。読む度に新しい味がすることでしょう。

 

【書籍紹介】

営繕かるかや怪異譚 その弐

著者:小野不由美
発行:KADOKAWA

かつて花街だった古い町の実家に戻ってきた貴樹。書斎として定めた部屋の鏡を何気なくずらしてみると、芸妓のような女が見えた。徐々にその女から目が離せなくなり…。(「芙蓉忌」より)。佐代は『通りゃんせ』の歌が嫌だ。子供のころ、夕暮れの闇が迫る中、怖いのを我慢して神社への石畳の道を走っていると、袴を穿いた鬼に出会い―。(「関守」より)。三毛猫の小春は交通事故で死んでしまった。あるとき息子が裏の古い空家から小春の声がするという。得体の知れない「何か」は徐々に迫ってきて―。(「まつとし聞かば」より)。住居にまつわる怪異や障りを、営繕屋・尾端が、いとも鮮やかに修繕し、解決へと導く―極上のエンターテインメント。

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