就活時代、印象的だった試験内容に「三題噺(さんだいばなし)」がある。3つのお題が指定されていて、それらすべてを盛り込んでストーリーを作る、というものだ。
試験でどんなお題が出たのか、いまとなってはひとつも覚えていないが、試験時間内にすべてのお題を綺麗に盛り込み、してやったり! と思った記憶がある。おそらく、普段からの妄想クセが一役買ったのでは…と思っている。妄想バンザイ。
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さて、ある程度の縛りがあったうえで、自由にストーリーを紡ぐのは至極楽しいが、これがビジネスに直結するとなると、話は別である。その点、プロの物書きはやはり違う。
『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞、その後も”平成生まれ”で初の直木賞受賞など、常に第一線で活躍し続けている朝井リョウ氏の『発注いただきました!』(集英社・刊)が面白い。
デビューから10年、有名企業からさまざまな条件付きの原稿依頼を受けたタイアップ小説が集録された一冊である。
難題1:キャラメルをテーマにした、心温まるストーリー3本!
たとえば、森永製菓から依頼された「キャラメルが登場する掌編 全3話」。人間を主人公としたキャラメルが登場する小説で、「森永ミルクキャラメル」のイメージである「懐かしい」「親しみがある」「ほっと一息できる」「幸せな気分になる」といった世界観を主軸として、読後に「いいよね、キャラメル」と思えるような心温まるストーリー、しかも文字数247文字×3話分。3箱揃えば一つの物語が楽しめるという仕組み、とのご依頼だ。
この時点で、めちゃめちゃハードルが高い。特に難しいのが、文字数。247文字って、ものすごく短いのだ。
ちょっと読み返してほしいのだが、「たとえば、森永製菓が」から、「ものすごく短いのだ。」までで、250文字。この中でストーリーを展開せねばならない。しかも、森永ミルクキャラメルの世界観を無理なく繰り広げながら。
さて、名作家・朝井リョウ氏はどう仕上げたかというと…詳しくは本書をぜひ読んでいただきたいのだが、キャラメルの形が変わることと、少年が大人への第一歩を踏み出していく様を重ねたところに、さすが! と唸った次第である。
難題2:『アイアムヒーロー』の世界の中で書くオリジナル小説!
単にお題を与えられるのではなく、なかには、ある作品を題材にしたエッセイや小説を…という依頼もあるらしい。
その中のひとつが、小学館から依頼された『アイアムアヒーロー』の世界の中で書くオリジナル小説。花沢健吾氏による漫画『アイアムアヒーロー』の映画化を記念して、アンソロジー小説集を刊行。その小説集に収録するオリジナル小説で、漫画の世界観を踏襲していれば内容は自由、分量は原稿用紙数十枚程度、とのご依頼だ。
私自身は『アイアムアヒーロー』を読んだことがないので、正直このタイアップ小説の真の凄さがいまいちピンときていないのだが(申し訳ない)、漫画の中の情報や出てくるシーン、セリフをかなり盛り込んで組み立てられたストーリーとのこと。
ただ、バックボーンを一切知らない状態で読んだが、とてもヒリヒリした、個人的に一番印象に残る小説だった。
同様の依頼に、「aikoの楽曲を題材にした小説」や「『こちら葛飾区亀有公園前派出所』と『チア男子!!』のコラボ小説」などがあり、それら作品も集録されている。
お題が複数ある依頼よりも、この手の依頼のほうが遥かにハードルが高いのではないだろうか。原作ファンがいて、その人たちを納得させられるような内容にすることが最優先、一方で、作品を知らない人にとっても、小説として面白いと思わせる必要がある。
もう本当に、プロってすごいな……。
20本ノックを打ち終えた朝井リョウ氏に乾杯!
そもそもこの『発注いただきました!』は、企業とのタイアップやコラボ作品たちが、キャンペーン終了とともに日の目を浴びる機会がなくなってしまうことを憂いて企画されたとのこと。そこに、朝井リョウ氏デビュー10周年記念というタイミングを重ねて出版された。本人による解説が掲載されている点も、見逃せない。
ただ小説を20本読むよりも、その作品が書かれた背景を知って、なおかつ作家本人の解説入りで読むほうが、数百倍味わい深い。
まずはお題を見て、「こんな難しいお題にどう応える?」とハラハラしながら読むもよし、いきなり小説から読み、後でお題と本人の解説を読んでから、もう一度小説に戻るもよし。いろいろな楽しみ方ができるだろう。
なお、ラストは「10周年記念本を成立させるための”受賞”をテーマにした新作」で締められているので、完全なる新作も読めるという特典つき。
朝井リョウ氏が20本の発注書、いわば20本ノックにどう応えていくか。ぜひ見届けてほしい。
【書籍紹介】
発注いただきました!
著者:朝井リョウ
発行:集英社
有名企業からの原稿依頼に直木賞作家はどう応えるのか。「これが本当のお仕事小説だ!」無理難題(!?)が並ぶ発注書→本文→解説の順で20編を収録!