人口爆発、気候変動、森林の砂漠化、疫病の蔓延……これらによって来たる時代、世界は深刻な食糧難を迎えるとは、クリストファー・ノーランの『インターステラー』など、ずいぶん前からさまざまな作品で描かれてきたが、けっしてSF的絵空事ではなさそうだ。
2020年は目下、コロナ禍に異常気象、赤道近くではサバクトビバッタが大襲来と、まさに踏んだり蹴ったり。食糧危機はすぐそこまで来ている、とうすら寒く感じた人も多いのではないだろうか。実際、記録的な長雨や日照不足などにより、葉物野菜をはじめとする野菜の価格が、今夏は高騰した。
2019年4月に、東京電力エナジーパートナーら3社による合弁会社、彩菜生活(さいさいせいかつ)が発足したことはGetNavi webで既報のとおりだが、この危機に一矢を報いる存在になるかもしれない。
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彩菜生活は、葉物野菜の生産・販売を目的とする、完全人工光型の植物工場事業を展開。静岡県藤枝市に2020年6月末に竣工し、7月からリーフレタスの生産を開始、8月中旬には初出荷を果たした。
延べ床面積は約9000平方メートルを誇る生産現場を、今回この目で確かめて来た。人の手によって完全にコントロールされているという、SFさながらの“植物工場”とは、いったいどんな仕組みになっているのか? また、この取り組みにかける生産者、そして事業者の思いとは?
光にあふれる衛生的な空間で青々と野菜が茂る
工場内へ一歩足を踏み入れると、衛生管理の厳重さに驚く。植物を健康に育てるため、虫や菌は大敵。工場の随所に、それらを持ち込まない工夫が徹底されている。髪の毛1本も露出させない厳重な衛生服に、虫除けのエアカーテン、手洗いや消毒の徹底はもちろんのこと、工場内の時計にはカバーがなかった。
1.【育苗室】一粒ずつ種を植え、育苗を行う
では、植物の成長過程にのっとって工場内を見ていこう。最初に訪れたのは「育苗室(いくびょうしつ)」と呼ばれる、種から発芽させ苗床で苗を育てる部屋。専用のベッドに一粒ずつ種を植え、4時間に1度の間隔で散水すると、2日間程度で発芽する。
訪れた際は育苗室のLEDが切られていたが、それは露地栽培のように昼と夜を創出しているため。光を当て続ければどんどん育つが、細長く伸びてしまうため、一定時間休ませることで茎を太らせしっかり茂らせるのだという。
発芽するとベッドごと、栄養分が加えられた水“養液”で満たされたプールに移される。
育苗室で発芽して一定の大きさまで育った苗は、次の「栽培室」へと移される。その際、苗は発育をチェックされた上で、ひとつひとつパレットに移植される。
2.【栽培室】育った苗を出荷できるサイズにまで育てる
パレットに移された苗は、再びLEDの下で育てられることになる。
成長させる要素は、LEDの照射と養液の2点。また、最適な室温にキープするための空調も重要だ。オペレーションは基本的にプログラムで自動化されている。
栽培室では、より大きく育つよう、さらにもう一度移植する“定植”が行われ、その後収穫まで育てられる。
3.【梱包室】収穫したレタスを梱包する
続く工程が、収穫、計量、梱包。スタッフの作業が順調なあまり、収穫・出荷には間に合わず、残念ながらその作業の様子は目撃できなかったのだが、設備を見せてもらった。
刈り取られたレタスは、5kgずつ箱に入れられ、梱包室へ運ばれる。金属探知機をくぐって異物混入をチェックされ、再度計量されたのちに、箱詰めされていく。
4.【冷蔵庫】出荷まで保管する
彩菜生活のロゴ入り段ボールに詰められたリーフレタスは、出荷まで冷蔵庫で過ごす。
初出荷以降、取材した8月下旬まで全量が買い取られているという。品質と味に期待と信頼が寄せられていることが窺い知れる。
ちなみに、収穫されたリーフレタスは日々、工場長以下スタッフによって、味覚・嗅覚・触覚などで確認する検査が行われているそう。お味はどうですか? と工場長にうかがったところ(売り切れ続きで取材陣は味見できなかったのだ)、「おいしいです! サラダでお使いいただいても、ほかの食材を邪魔しない味です」とのこと。また「植物工場の葉物野菜は柔らかすぎることもあるようなんですが、お客さまには『しっかりしていますね』と味も食感も評価いただいています」。
彩菜生活で収穫されたリーフレタスは、スーパーやコンビニエンスストアに製品を卸す食品加工会社に出荷、サラダなどに加工され、店頭に並ぶ。関東と関西という大商業圏の中間地に立地したことで、広域の出荷先に対応できるという。
“サステナブルな社会”の実現に、いかに役立てるか
植物工場を見せてもらった上で、東京電力エナジーパートナー常務執行役員法人営業部長であり、彩菜生活の社長でもある水口明希さんに、なぜ今、同社が植物工場を作り、野菜栽培事業に乗り出したのか、また今後の展望などを聞いた。
───まず、野菜栽培事業に乗り出した今の意気込みを聞かせてください。
「東京電力エナジーパートナーの法人営業では従来、企業のお客さまに対して電化や省エネルギーの提案をしてきました。新たに“食”という分野で、企業や社会のお役に立てる機会をいただいたと考えています。彩菜生活を通じて、社会に新たな貢献をしていきたいと思っています」(水口さん、以下同)
───彩菜生活は、東京電力エナジーパートナーのほか、芙蓉総合リース、ファームシップの3社による合弁会社ですね。各社はそれぞれどのような強みを持ち寄ったのですか?
「東京電力エナジーパートナーは、省エネ技術をはじめとしたエネルギーコスト削減の設備運用ノウハウを持っています。さらに、食品加工工場等とのネットワークも、営業面で強みとなっています。また、芙蓉総合リースは金融事業を通じて蓄積したファイナンスソリューション力とマネジメント力を、ファームシップは流通・人材事業を含めた植物工場事業全般に関わるノウハウをもっている点が強みで、お互いを補完し合い、強力なパートナーシップを発揮できると考えています」
───あらためて、人工光型植物工場のメリットを教えてください。
「天候など外部環境に左右されることなく、安定的に生産が行える上、衛生的な環境下で栽培できることで、無農薬ながら作物の病気や害虫を防ぎ、野菜の形や味、含まれる栄養素も一定の品質に保てます。さらに、高い鮮度を通常より長く保持できるため、食品ロスを減らすことにもつながります」
───東京電力エナジーパートナーはこの事業に、電力会社としての知見や技術をどのように生かしているのでしょうか?
「実は、電力と農業は古くから関係が深く、東京電力では50年も前から、農業の電化技術の開発・普及に努めてきました。近年ではハウス栽培での最適環境と省エネ実現のため、従来の重油等を使った燃焼方式の空調から、電気を使ったヒートポンプ方式へと熱源の転換を提案しています。
そこへ今回、自ら生産する側の世界へ飛び込んだわけです。植物工場というのは照明と空調が重要で、それは電気の塊なんですね。生産性と省エネ性を両立させながら最適な制御を行えるよう、実稼働とともに研究も進めてノウハウを蓄積していけば、我々の今後に生かせるだけでなく、お客さまにも還元できると考えています」
───近年、企業には「SDGs」を意識した取り組みが求められていますね。この事業は、消費者や地元、さらに社会にどのように貢献できるのでしょうか?
「日本の農業を取り巻く環境としては、昨今の天候不順によって野菜の出荷量や販売価格が乱高下していること、食に対する消費者の安心安全意識が高まっていること、高齢化などによって農業従事者が減少していることなどが挙げられ、日本の農業や食に関する課題だと認識しています。植物工場は、それらの課題を解決する手段のひとつになるはずです。
また、現時点ですでに60〜70名のパートさんを採用していますが、みなさん地元の方です。地元に雇用を創出するという面でも、お役に立てていると感じています。これらによって、SDGsの理念である『持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現』に貢献していきます」
───今日時点(8月下旬に取材)で、稼働する栽培室は4室あるなかの1室でしたが、計画ではいずれどのような規模感になるのでしょう? また、国内の生産量のなかでどれくらいの影響力があるのでしょうか?
「現在、植物工場で収穫されるリーフレタスは、日本国内で収穫されるリーフレタスの約2%に留まります。彩菜生活は、2021年夏までに1日あたり約5t、1株100g換算で約5万株相当の生産を計画していますが、それを達成すれば世界最大の生産量を誇る植物工場となり、よりいっそう安定的な食の供給に貢献できるようになります。
また、栽培する野菜も現在はリーフレタスのみですが、ニーズがあればほかの野菜も視野に入れるかもしれません。野菜を購入してくださるお客さまのニーズや事業環境などを見定めながら、判断していきたいと思っています。
まずは、2021年夏までに目標の生産量を達成できるよう邁進していきます。ご期待ください!」
世界の食糧危機を救う……までにはもう少し時間がかかりそうだが、まずは国内の食糧事情を支える大きな一歩を、着実に踏み出したことは間違いない。
取材・文・撮影/和田史子(GetNavi web編集部)