「羊を数えると眠くなる」とよく言われていますが、世の中には「羊が1匹、羊が2匹……」と頭のなかで数えられない人もいます。このような状態を指す言葉が「アファンタジア」。アファンタジアについてはまだ十分な研究が行われていませんが、その謎は少しずつ明らかにされつつあり、最近ではアメリカで興味深い研究結果が発表されました。著名人にもいると言われるアファンタジアについて見てみましょう。
アファンタジア(aphantasia)とは、医学的には具体的な風景や物のイメージを頭のなかに描くことができない状態のことを指します。もともと1880年に、フランシス・ゴルトンという学者によって報告がありましたが、その後はほとんど研究されることなく、2000年代前半になってようやくイギリスの神経学者アダム・ゼーマンが研究を始めました。
最近では、シカゴ大学で神経科学について研究するベインブリッジ助教授が、ベッドや植木鉢など複数の家具が置かれた部屋の写真を100人以上の被験者に見せ、その絵を描いてもらう実験を行っています。この実験は2回行われ、1回目は写真を見た後に自身の記憶をもとに絵を描き、2回目は写真を見ながら絵を描きました。
1回目の実験では、アファンタジアではない人はカーペットやベッドなど部屋にあった物の色やデザイン、形のような細部まで絵にすることができましたが、アファンタジアの人は絵を描くことにとても苦労したことがわかりました。おまけにアファンタジアの人は物の細部の特徴を絵に表すことができず、なかには窓の絵を描かず「窓」と文字で説明を入れる人もいたのです。
一方、写真を見ながら絵を描くという2回目の実験では、アファンタジアでない人は1回目の実験との差があまり見られませんでしたが、アファンタジアとそうでない人では間違いの数に違いがありました。アファンタジアでない人は14回以上のミスがあり、写真のなかには存在していなかった物を絵に描いた人もいました。対照的にアファンタジアの人は描いた物の数が少なかったものの、そのミスはずっと少なかったのです。
このことから、研究者たちはアファンタジアでは空間記憶のプロセスが異なるのではないかと推測。アファンタジアでない人は空間を「視覚的」に記憶し、それをもとに絵を描くのに対して、アファンタジアの人の空間記憶は視覚的なイメージを使わない代わりに、1つひとつの物を「言葉」で記憶しようとしていた可能性があるそうです。このような認知的な働きによって、間違えて覚えることを防いでいるのかもしれません。
アファンタジアはごくわずかな人に見られる特徴と考えられていますが、以前ディズニー・アニメーション・スタジオの社長を務めていた、ピクサー・アニメーション・スタジオの共同創業者であるエドウィン・キャットマルや、ウェブブラウザのMozilla Firefoxの共同創業者のブレイク・ロスが、アファンタジアであると言われています。近年では、そんな著名人をきっかけにアファンタジアが注目されるようになってきました。
アファンタジアの特徴や理由についてはまだ謎が多いようですが、もし「羊を数えて」と言われたときに、頭の中に羊の姿を思い浮かべられることができなかったら、あなたは数少ないアファンタジアの1人なのかもしれません。
【出典】Bainbridge, W. A., Pounder, Z., Eardley, A.F., & Baker, C. I. (2021). Quantifying aphantasia through drawing: Those without visual imagery show deficits in object but not spatial memory. Cortex, 135, 159-172. https://doi.org/10.1016/j.cortex.2020.11.014