書評家・卯月鮎が選りすぐった最近刊行の新書をナビゲート。「こんな世界があったとは!?」「これを知って世界が広がった!」。そんな知的好奇心が満たされ、心が弾む1冊を紹介します。
人類は花粉とどう戦ってきたのか?
こんにちは、書評家の卯月鮎です。私はそれほどでもないですが、今年は周りから「花粉症がひどい」という話をよく聞きます。みなさん大丈夫でしょうか?
そういえば昔、友人が「ブタクサの花粉症は格好悪いから、どうせならバラの花粉症になりたかった」と言っていて、思わず吹き出してしまいました。でも今回の新書で、バラの花粉が引き起こす「バラ風邪」がヨーロッパでは古くからあったと知って驚き!「バラ風邪」なら、涙と鼻水だらけでもどこかロマンチックですよね(笑)。
新書『花粉症と人類』(小塩海平・著/岩波書店・刊)の著者は、スギ花粉飛散防止の研究を長年続けてきた東京農業大学の教授・小塩海平さん。花粉症を撲滅することを目指してきたはずが、花粉の魅力にとりつかれてしまった……と語る小塩さん。
古代から現代に至るまで、人類はどう花粉と向き合い、花粉症と戦い続けてきたのでしょうか? 憎っくき花粉の意外な一面も見えてきます。
花粉症は上流階級がかかる病気!?
第1章は花粉の発見史を語る「花粉礼賛」、第2章は「人類、花粉症と出会う」。実は、花粉は状況によっては何千万年も保たれる情報の宝庫。そのおかげで、ネアンデルタール人の秘密もわかりました。ネアンデルタール人の遺跡であるイラクのシャニダール洞窟では、人骨とともに、そこにはあるはずのないおよそ8種類の花粉が発見されました。ここから彼らが死者にわざわざ花を捧げていたことが推測されたのです。
ちなみに、花の中には薬用となる植物も含まれており、長年花粉症対策に用いられてきた成分エフェドリンを含むマオウという薬草もあったそうです。ネアンデルタール人も花粉症に悩んでいたのでしょうか……。
また、近代イギリスでは花粉症は主に上流階級がかかる病気と見なされていたというのも面白いエピソードでした。花粉症が病気として「夏カタル」の名前で認識されたのは大英帝国の絶頂期、19世紀ヴィクトリア朝でのこと。
医師チャールズ・ハリソン・ブラックレイが、自ら花粉を鼻に塗り込んで実験し、論文を書いたことでその概念が広まりました。当時は牧師、医師、貴族などが発症する病気であり、花粉症は一種のステータスシンボルだったそうです。
ラストの6章は、著者が長年研究してきたスギ花粉について。小塩さんは、スギの雄花がまき散らす花粉をネバネバした物質でトリモチのように絡めとれないか、試行錯誤してきました。
ただ、この過程で大量の花粉を浴びてしまい、花粉症を発症……。当初は花粉への復讐心に燃えていたものの、今では感謝の気持ちを抱いている、というのだから人間の心理は複雑です(笑)。
得体の知れないものに苦しめられるよりは、花粉が何かわかったほうが少しは気休めになるかも。綺麗な花には“粉”がある。花粉を軸にたどる人類史は新鮮な切り口でした。
【書籍紹介】
花粉症と人類
著者:小塩海平
発行:岩波書店
目はかゆく、鼻水は止まらない。この世に花粉症さえなければ――。毎年憂鬱な春を迎える人も、「謎の風邪」に苦しみつつ原因究明に挑んだ一九世紀の医師たちの涙ぐましい努力や、ネアンデルタール人以来の花粉症との長い歴史を知れば、きっとその見方は変わるだろう。古今東西の記録を博捜し、花粉症を愛をもって描く初めての本。
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。