蒸し暑い夏にピッタリなものといえば、そうめんと怪談(笑)。昔は心霊写真や恐怖体験特集が、夏場にテレビでよく組まれていましたよね。インターネットが発達して、わからない情報も検索すればすぐ手に入る時代。都市伝説やオカルトの類は消滅の危機かと思われましたが、むしろ電脳空間で活躍の場を広げているようです。
ネットに広がる現代の怪異
今回の『21世紀日本怪異ガイド100』(朝里樹・著/星海社新書)は、電子掲示板「2ちゃんねる」のオカルト板での書き込みを中心に、比較的最近生まれた怪異を100個セレクト。見開き2ページでイラストとともに紹介しています。
著者の朝里樹さんは怪異愛好家。同人誌が評判を呼んで書籍化された『日本現代怪異事典』は口コミで広がって重版を重ね、この手の事典としては4万3000部という驚きのヒットとなっています。
日常の隣に開く異界への入口
現代の怪談として外せないのは「きさらぎ駅」でしょう。2004年、「身の回りで変なことが起こったら実況するスレ」が発祥です。書き込み主は「はすみ」と名乗る女性。いつもの通勤電車に乗り込んだはずが電車が停まらず、到着したのは見知らぬ「きさらぎ駅」。彼女がこの駅で降りると、そこは無人駅で周囲には何もなく、携帯電話でも位置情報にエラーが生じて場所がわからない。しかたなく歩き始めると太鼓や鈴の音が聞こえてきた……。
ことの真偽はわかりませんが、異界に迷い込んでいく様子がネットで実況されるというのはIT時代ならでは。著者の朝里さんは「今の時代だからこそ生まれた現代の神隠しであり、同時に異界駅という怪異の先駆者であると言えるだろう」と解説しています。携帯で乗り替え案内を見ながら移動する私たちにとっては、知らない駅という存在は昔以上に恐怖かもしれません。
笑ってしまうのが「ヒップホップババア」。こうした怖いかどうかギリギリの話も載っています。とあるところに仲のいい老夫婦がいて、「どちらかが死んだら寂しくないよう壁に埋めよう」と約束していました。婆さんが先に死んだため、爺さんが約束通りにすると、壁のなかの婆さんが話しかけてくるように……。
ある日、爺さんが村の若い男に留守番を頼み出かけると、壁から鬼の形相をした婆さんが飛び出してきてラップを歌い出す!?(笑)。後半、突然の展開で怖さも一気に引いていくシュールな話。ネットで流行し、さまざまなパターンも生まれました。本書には著者の解説として、広島で語られていた伝承とネットの書き込みの2つが組み合わさったとあり、どうしてこのような怪作が誕生したのかの一端がわかります。
コロナ禍で脚光を浴びた「アマビエ」、奇妙な二十面体の置物「リンフォン」、身の丈八尺(約2.4m)ある白いワンピースの巨大な女性「八尺様」……。科学では解明できない不可解な存在から、人間の暗い闇が浮き彫りになる事件まで100個の怪異はバラエティ豊か。ネットの書き込みをまとめただけではなく、各話に解説がついているのも本書の良さ。怪談への情熱と真摯さを感じます。
民俗学の研究書や古典などにある類話が例として挙げられ、現代的な怪談と伝承との関連も見えてきます。同人誌版『日本現代怪異事典』から著者の朝里さんとコンビを組んでいる挿絵作家の裏逆どらさんの怪異イラストも雰囲気満点。熱帯夜が続く今、読むタイプのクーラーとしていかがでしょう?
【書籍紹介】
『21世紀日本怪異ガイド100』
著者:朝里 樹
発行:星海社
遥か昔から伝えられてきた怪異や妖怪と呼ばれる現象・存在は、科学技術が進歩したこの21世紀だからこそ、むしろネットの海へとその活躍を広げ、かつてない隆盛を誇っています。本書は、そんな現代を舞台に語られる怪異から100種類を精選! 2ちゃんねるオカルト板の名スレッド「死ぬほど洒落にならない怖い話を集めてみない?」で物語られた「八尺様」「リョウメンスクナ」などの人気怪異から、現代技術が喚び起こした怪現象「幽霊だけど何か質問ある?」「LINEわらし」、コロナ禍で脚光を浴びた予言獣「アマビエ」まで、すべてイラスト付きで紹介・解説・考察します。怖くて愉快な怪異の世界へようこそ!
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。