古くからのしきたりに触れる機会が多い年末年始。一年の締めくくりや、年始早々から「縁起の悪いこと」はしたくないですよね。そこで今回は「現代礼法研究所」の主宰を務める岩下宣子さんに、気持ちよく新年を迎えるために知っておきたい、大晦日から正月にかけての“縁起もの”や“縁起ごと”にまつわる、いわれとマナーについて教えていただきました。
【大晦日】一年を締めくくる大切な一日
そもそも正月とは、健康と幸せをもたらす「年神(歳神)様」を家に迎えてお祝いをする行事。昔の大晦日は年神様をお迎えするために神社に参拝し、寝ずに過ごす日とされていて「寝ると白髪になる」とも言われていたそう。そういう習慣はなくなっても、現代でも変わらず大晦日は、一年を締めくくる大切な日です。そんな大晦日にまつわる縁起ごとや縁起ものについて、岩下さんに教えていただきました。
・年越しそば
「年越しに食べる料理と言えば、『年越しそば』ですよね。しかし東北など、地域によっては『年越し膳』と呼ばれるおせち料理を食べるところもあります。その理由は、江戸時代までは日没が一日の始まりとされていたから。当時は、大晦日の夜はすでにお正月と考えられていました。
年越しそばを食べる理由は、大きく3つあります。1つは、細く長くのびることから『末永く健康に過ごすため』。2つ目は、麺がちぎれやすいことから『悪運との縁を断ち切るため』。3つ目は、金粉を集めるときにそば粉を使っていたことから『金運を強めるため』。毎年なんとなく年越しそばを食べていた人も、『なぜ食べるのか』を少し意識して、来年が良い年になることを祈りながら味わってみてください」(岩下さん、以下同)
・除夜の鐘
「大晦日の夜には、除夜の鐘を108回鳴らします。この『108』という数字は、人間の煩悩の数を表しています。そもそも煩悩とは、怒り、苦しみ、欲望といった心の乱れのこと。一年の最後の日に、煩悩と同じ数だけ鐘を鳴らすことで、それを消すことができると考えられています。また、107回は年内に、108回目は年が明けた瞬間に鳴らすのがルールです」
【お正月飾り】年神様を迎えるための大切なしきたり
昔は12月13日が「お正月事始め」とされていて、この日から、家の内外を掃除する「すす払い」など、新年を迎えるための準備が行われていました。中でも、年神様を迎えるために欠かせない「お正月飾り」の準備はとても大切です。これらは、いつ、どのように飾るのが正しいのでしょうか? 理由とともに教えていただきました。
お正月飾りはいつから準備する?
「お正月飾りを飾るのは『すす払い』が終わってから。しかし、29日は『二重苦』、31日はお葬式を連想させる『一夜飾り』になってしまうため、この2日間に飾るのは縁起が悪いと考えられています。最近ではクリスマスが終わってから準備をする家も多いと思うので、26、27、28、30日のいずれかに飾るのが良いのではないでしょうか」
・注連飾り(しめかざり)
「そもそも注連縄(しめなわ)とは、神様の世界と下界を隔て、『ここから先は神聖な領域である』ということを示すもの。注連縄を張ることで神様を招く力が強くなるとも言われています。お正月の注連飾りも、より強い力で年神様を招くために飾られます。また、注連飾りは『すす払い』が終わったことを年神様に知らせるためのサインでもあります」
・門松
「門松は、年神様が迷わず降りて来られるようにするための大事な目印。玄関に左右一つずつ並べるのが一般的です。門松がない家には年神様は降りて来られません。松のリースや盆栽などでもいいので飾ってくださいね」
・鏡餅
「門松を目印にして家に入って来られた年神様が鎮座するのが、鏡餅です。鏡は、神社などでご神体とされているところが多く、重ねた餅を鏡に見立てて『鏡餅』と呼ぶようになりました。また鏡餅の上に乗せる『橙(だいだい)』には、家が『代々』続くようにという意味が込められています。鏡餅は、神様へのお供物であり鎮座される場所なので、床の間やサイドボードなどの高いところに置くのが良いと思います」
片付ける時期や家庭での処分方法は?
「お正月飾りを片付けるのは、一般的には1月7日の『松の内』が終わってから。どんど焼きやお炊き上げをするのがベストですが、私は家庭で処分することもあります。その際は、お正月飾りを包装紙に包んで塩と酒を撒き、清めてからゴミ袋に入れるようにしています。ちょっとした心遣いや感謝の気持ちを持って処分するようにしましょう」
【お正月料理】すべての食べ物に意味がある
華やかな料理が並ぶ、お正月の食卓。たくさんの料理がありますが、その一つ一つには、きちんと意味が込められています。その中でも良く食べられている料理について、縁起の良い理由や食べられるようになった由来をうかがいました。
・御節(おせち)料理
「おせち料理は、年神様を迎えてお祝いし、幸せを祈るためのものです。関東では黒豆・数の子・ごまめ、関西では黒豆・数の子・たたきごぼうを『三つ肴』または『祝い肴』と呼び、おせち料理に欠かせない3種とされています」
・黒豆
「黒豆には、語呂合わせで「まめ」に暮らせるようにという願いが込められています。また、黒はもともと魔除けの色でもあります」
・数の子(かずのこ)
「ニシンの卵である数の子。小さな卵がたくさん集まっていることから、『子孫繁栄』を願う意味が込められています」
・五万米(ごまめ)
「五万米とは、片口鰯を炒って甘辛く煮詰めたもの。田植えの際に肥料にすると米が多く取れたことから、漢字で『五万米』と書くようになりました。おせち料理では、新年の豊作を祈るために食べられています」
・たたきごぼう
「ごぼうは、豊年のときに飛んでくる黒い鳥『瑞鶏(ずいちょう)』に似ていることから、豊作や息災を願う縁起の良い食べ物とされています。また、ごぼうは地中深くまで根を張るため、『地に足がついて安定する』という意味もあります」
続いて、「三つ肴」以外のおせち料理の意味や由来についても教えていただきました。
・海老
「腰が曲がっている海老は『長寿』への願望を表しています。また、海老が脱皮して成長していく様子は『新しく生まれ変わる』というイメージを与えるため、祝い事には欠かせない縁起の良い食材とされています」
・蒲鉾(かまぼこ)
「かまぼこは半月型の形が日の出に似ていることから、新しい門出を祝う日に食べられるようになりました。また、お正月によく食べられるのは赤と白のかまぼこ。赤は魔除け、白は清らかさを表しています」
・伊達巻(だてまき)
「伊達巻は、卵と魚のすり身と砂糖を混ぜて焼き、渦巻のように巻いてつくられたもの。巻物のような形が書物に似ていることから知性の象徴とされ、『学業成就』などの願いが込められています。また『伊達』には『粋』という意味もあり、かっこよく“粋”に生きられるようにという意味もあるようです」
・お雑煮
「地域によってさまざまな特色があるお雑煮。もともとは、神様へのお供物を下げて、それと餅を一緒に煮たものでした。餅自体にも神様が宿っていると考えられていて、昔から縁起のよい食べ物とされています」
・祝箸
「お正月の食事には『祝箸』を使います。めでたい日に箸が折れてしまうと縁起が悪いため、祝箸には丈夫で折れにくい柳の木が使用されています。また祝箸は、真ん中がふくらんでいて両端が細くなっているのも特徴です。真ん中のふくらみは妊婦を連想させ、『子孫繁栄』の意味があります。両端が細くなっている理由は、片方は神様用、もう片方は人間用と考えられているからです。そのため祝箸は逆さにして使わず、どちらか片方だけを使うようにしてください。また祝箸は三が日の朝に使うのが一般的なルール。袋に名前を書くなどして、この期間は他の人の箸は使わないようにしましょう」
【初詣】正しく参拝して、新しい一年をスタート!
新年を迎えて初めてお参りする「初詣(はつもうで)」。毎年お参りにいくものの、意外と正しいルールを知らない方も多いのではないでしょうか? 初詣に行く前に知っておきたい参拝の仕方や、おみくじ・おまもりに関するマナーを教えていただきました。
・神社への参拝
「初詣はもともと元旦にするものでしたが、今は1日から3日までの三が日に参拝すれば良いと考えられています。また昔から祝い事は、魔物が出る夕方~夜を避け、午前中に行うのが良いとされているため、初詣もできるだけ日没までに参拝するのが良いと思います。
また初詣は本来、家から一番近い『氏神詣』と、その年の縁起の良い方角にある寺社に『恵方参り』の2か所に参拝するのが一般的でした。しかし今は、有名な神社に参拝する人も大勢います。日本には八百万の神様がいますが、どの神様もとても寛容なので、好きなところに好きなように参拝しても罰当たりにはなりません。それぞれの神様に感謝の気持ちを持つことを忘れないようにしてくださいね」
参拝のルール
1.鳥居の前で一礼する。
2.鳥居をくぐるときには、中央を通らずに端を通る。……鳥居の正面から見て左側に手水舎(ちょうずや)がある場合は左側を、右側にある場合は右端を通る。
3.手水舎でお浄めをする。……お浄めのときは、左手、右手の順に水をかけ、左の手のひらに水をためて口をすすぐ。最後に柄杓を立て、残った水を柄にかけて流す。柄杓に水をためるのは一回だけ。
4.拝殿へ行き、鈴があれば鳴らして賽銭を入れる
5.二礼、二拍手、一礼の順で参拝する
・おみくじ
「おみくじに書かれているのは、神様からのお言葉です。おみくじを引いて受け取るときや紙を開くときは、両手で丁寧に行いましょう。また、読み終わったおみくじを、境内の木の枝に結び付ける人も多いですが、私は持ち帰って財布や大切な引き出しの中に入れておくのも良いのではないかと思います。何かに悩んだときや迷ったときに読み返せば、神様からのお言葉が支えになったりヒントになったりするかもしれません。もちろん、神社に置いて帰るのも『縁起が悪いこと』ではないので、自分が良いと思った方法で最後まで大切に扱ってくださいね」
・お守り
「お守りはいわば、持ち運べるようにコンパクトにした『ご神体』。粗末にせず、大切に扱ってください。また、お守りの有効期限は基本的に一年間と考えられています。有効期限が過ぎてしまったお守りをずっと持っていても問題はありませんが、お正月には神社でお炊き上げなどをすることも多いので、そのときに持って行くのが良いと思います。お炊き上げができない場合は、神社に納めるのも一つの方法。感謝の気持ちを持って手放せば、罰当たりにはならないはずです」
「年神様を迎えるお正月があることで、また新たな希望を持って一年間を生きることができます。新しいことを始めたり目標を考えたりするのにもぴったりな機会ではないでしょうか。ぜひ、家族や大切な人と互いの健康や幸せを祈りながら、和やかに過ごしてくださいね」
【プロフィール】
現代礼法研究所 主宰 / 岩下宣子
NPOマナー教育サポート協会 理事・相談役。30歳からマナーの勉強を始め、全日本作法会の故・内田宗輝氏、小笠原流・故小笠原清信氏のもとで学ぶ。1985年に現代礼法研究所を設立。マナーデザイナーとして、企業、学校、商工会議所、公共団体などでマナーの指導、研修、講演と執筆活動を行う。著書に『知っておきたいビジネスマナーの基本』(ナツメ社)、『ビジネスマナーまる覚えBOOK』(成美堂出版)、『好感度アップのためのマナーブック』(有楽出版社)、『図解 マナー以前の社会人常識』『図解 マナー以前の社会人の基本』『図解 社会人の基本 マナー大全』(講談社)『<カラー版>これ一冊で完ぺき!マナーのすべてがわかる便利手帳』(ナツメ社)などがある。新刊『相手のことを思いやるちょっとした心くばり』が2021年11月に発売。