こんにちは、書評家の卯月 鮎です。もしタイムマシンが完成して、好きな時代に旅行できるようになったらみなさんはどちらのツアーに行きたいですか? 「A:一泊二日縄文ツアー」「B:一泊二日弥生ツアー」。
縄文時代だったらイノシシ狩りをして、オリジナル土器を作るキャンプのような体験ツアー。弥生時代だったら米を収穫して、銅鐸を鳴らすお祭りを見物……。それぞれどちらも魅力的。遠い未来、世のお金持ちは宇宙旅行に飽きて時空旅行を目指すかもしれません。
縄文と弥生の比較から浮かび上がる日本の原点
そんな妄想はさておき、今回紹介する新書は『縄文vs.弥生 先史時代を九つの視点で比較する』(設楽 博己・著/ちくま新書)。著者の設楽博己さんは、縄文・弥生時代を研究する考古学者で東京大学名誉教授。『弥生再葬墓と社会』(塙書房)、『縄文社会と弥生社会』(敬文舎)、『顔の考古学』(吉川弘文館)など著書も多数です。
稲作が日本にもたらした変化とは?
縄文時代と弥生時代の一番の違いは、大陸から水田稲作の技術が渡来したこと。これによって生活スタイルを含め、さまざまな面で変化が起こりました。
第2章では、労働としての漁「漁撈(ぎょろう)」に焦点が当てられています。稲作ばかりがクローズアップされますが、漁のやり方も縄文と弥生では異なるのですね。
縄文時代の漁はいわば「攻める漁撈」だとか。縄文後期に三陸海岸で発明された「燕形銛頭」は、その名の通りツバメのような形をしたカエシがついていて獲物から抜けにくくなっています。設楽さんいわく「ノーベル賞があったら受賞したに違いない」という傑作で、現在でも同じ形が引き継がれているそうです。この銛のおかげで、縄文人はサメやマグロ、クジラやトドまで仕留めていたというから驚きです。
一方で、弥生時代の漁は「待つ漁撈」。川から引いてきた水路に杭と横木を使って水をせき止め、すのこを置いて魚を自動的に捕獲するという作戦。水田が開発された弥生時代ならではの農業と一体になった手堅い漁のスタイルといえるでしょう。
本書のなかで私が一番関心を引かれたのは、第8章「立体と平面――動物表現に見る世界観」。縄文時代には粘土で立体的な動物の像が作られていましたが、弥生時代になると動物は土器や銅鐸の表面に線で描かれるようになります。
立体から平面へ。その理由を設楽さんは、縄文時代は森という立体的な空間から資源を得ていたのに対し、弥生時代は森を切り開き水田が広がる平板化した生活へ移行したから、と分析します。稲作の浸透によって世界の見え方も変わったという考察は新鮮に思えました。
死者に対する埋葬方法の変化、戦争や首長制社会が生んだ格差、土偶が伝える先史のジェンダー……。現代的な視点から縄文時代と弥生時代を比較することで、日本の“今”につながる原点が見えてきます。
その道の権威が、かみ砕いて研究内容を紹介してくれる一冊。専門用語が使われていてやや堅い印象もありますが、テーマ設定が具体的で図版も多く、当時の社会がイメージしやすくなっています。縄文と弥生の情報が詰まった専門書とガイドブックの中間といった雰囲気。この本でしっかり予習してからタイムトラベルに行きたいですね。
【書籍紹介】
縄文vs.弥生 先史時代を九つの視点で比較する
著者:設楽 博己
発行:筑摩書房
縄文から弥生へ人々の生活はどのように変化したのか。農耕、漁撈、狩猟、儀礼、祖先祭祀、格差、ジェンダー、動物表現、土器という九つの視点から比較する。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。