本・書籍
2022/2/1 6:15

高齢になってもシーナさんが綴る日常は痛快だ!——『われは歌えどもやぶれかぶれ』

80年代、一緒に仕事をしていた編集者、カメラマン、デザイナーなどなど、男性陣のほとんどは、シーナさんこと椎名誠さんに憧れていた。シーナ隊長率いる”怪しい探検隊”を真似して、メンバーを集めては各地にキャンプに出掛けるデザイン事務所の人々に誘われて伊豆半島に出かけたこともあった。彼らの会話の中にも「シーナが、シーナが」とよく出てきて、椎名さんは”男が惚れる男”なのだな、と思ったものだ。

 

そして、椎名さんが綴るエッセイの数々は女性が読んでもとてもおもしろかった。『さらば国分寺書店のオババ』、『わしらは怪しい探検隊』『哀愁の町に霧が降るのだ』『岳物語』などなど、海外紀行ものでは『インドでわしも考えた』『ロシアにおけるニタリノフの便座について』など、今ふっと思い出すだけでもここには書ききれないほどのエッセイを楽しく読ませてもらった。ちょっと気分が落ち込んだ日なども、椎名さんの文章でゲラゲラ笑って元気をもらった記憶もある。

 

その椎名さん、現在はなんと77歳になったそうだ。今日紹介する『われは歌えどもやぶれかぶれ』(椎名誠・著/集英社・刊)は、私がひさしぶりに手に取った彼のエッセイ本だ。”老い”という言葉が似合わないシーナさんは、どんな日常を送っているのか、興味津々でページを開いたのだ。

シーナに、怖いものはない?

まず、私がいちばん驚いたのは、あの椎名誠でもコロナにやられるんだ!ということだった。昨年6月に新型コロナに感染し、自宅で倒れているのを家族が発見し、救急搬送され入院したことはニュースで知っていたが、強靭な体の人をも襲う新型コロナウイルスは本当に恐ろしいと思った。

 

さて、本書は「サンデー毎日」に2016年8月から2017年10月まで連載されたエッセイを一冊にまとめたものなので、5年ほど前の椎名さんの日常が綴られているが、文庫版として発行されたのが昨年の晩秋、あとがきにご本人はこう記している。

 

コロナ禍のせいでこの一年半ほど自宅蟄居が続いている。(中略)この本を読んでいると、いまから四~五年前のコトなんだけれどまあこの書き手(私のコトですが)はあわただしく、あっちこっちよく動いていること。あの頃はつくづくタフだったなあ、という感懐もある。(中略)コロナワクチンはちゃんと二回打っているし、それよりも何よりも六月にコロナ感染し、しばらく入院していたので、もうこのあとの感染はない筈だ、と勝手に決めていた。

(『われは歌えどもやぶれかぶれ』から引用)

 

本書の帯には、”ピロリに コロナに 熱中症 もう、怖いものはありませんな やぶれかぶれなシーナの日常” とある。コロナ感染から復帰され、ますますお元気な後期高齢者となったシーナさんの痛快エッセイは、長引くコロナで憂鬱な日々を送っている人たちにきっと勇気をくれるはずだ。

 

極悪ピロリ完全掃討戦記

本書には53編のエッセイが収録されている。どれもこれも、読み応えがありおもしろいが、ほんの少しだけ抜粋して紹介してみよう。

 

上記の見出しは、人間ドックの胃カメラでピロリ菌が発見された体験を綴ったものだ。ピロリ菌は胃を中心に生息していて、万病の元になる。調査によると胃がんの90パーセント以上がピロリ菌のしわざと言われているそうだ。ピロリ菌を駆除するにはかなり強い抗生物質を朝夕、7日間正確に飲み続けなければならない。さらに必須条件があり、薬を飲む前の1日と飲んでいる間ずっと、飲み終わったあとの2日間は、いっさいお酒を飲んではいけない。

 

この何十年、毎日ビールぐらいは瓶にして二~三本は飲んできたダラク者には、そうとう厳しい「掟」である。ちょっとぐらいいいだろうへへへ。などと甘く見ていると必ず失敗。(中略)そして七日分、全部キチンと抗生物質を飲み、あと二日、何も飲まない最終コースに入った。マラソンでいえば大観衆のスタジアムに拍手で迎えられて入っていく気分だ。「新宿自堕落酔っぱらい男もやるときはやりますね」「いや、でも本当の勝利はすぐにはわかりませんからね」医師に言われていた。

(『われは歌えどもやぶれかぶれ』から引用)

 

ピロリ菌というのは狡賢く、薬投与期間は胃の深いヒダに隠れていたり、十二指腸に避難したりすることがあり、抗生物質による駆逐は8~9割、なので、半年から一年後に残存を確かめる検査が必要なのだそうだ。幸い、椎名さんの場合、ピロリ菌を一掃でき、「やった!」となったと記している。

 

書き手によっては重く暗くなってしまう病気にまつわる話も、椎名さんの文章は読者をゲラゲラ笑わせてしまう。

 

快晴小アジ小サバ釣り

『岳物語』の主人公であった息子さんも、はや二児のパパ、椎名さんもおじいちゃんになったそうだ。三世代で釣りに行った日を綴ったこの編も、ほのぼのとしてとてもよかった。行った先は千葉県の鴨川の堤防。

 

親子三代で休日の釣りにいく、というのがぼくのちょっとした「大きな夢」であったから、その日は二人の孫よりも浮かれていたのかもしれない。(中略)よく釣りにいっているじいちゃんがどのくらいの釣りの腕か、というのがひとつのポイントになっていたが、ぼくはその逆に孫たちがどんな釣りをするか、ということに興味があった。(中略)二人の男兄弟(孫たち)は父親に基本的な仕掛けをつくってもらい、思い思いのところに竿をいれる。(中略)みんなで三十匹ほど釣り上げた頃にお昼の時間になった。(中略)ぼくは三匹釣って、あとは「リタイヤした好々爺」よろしく、海や空を含めたそんな風景を楽しんでいた。

(『われは歌えどもやぶれかぶれ』から引用)

 

そうして家に戻り、炊きたてのアツアツご飯と共に、とりたての小アジとサバを家族揃って食べたそうだ。椎名さんは、このような一日はお孫さんにとって長く記憶に残る「古きよき日々」になるだろうと確信したと綴っている。

 

本書の挿絵は、椎名さんとのコンビでおなじみの沢野ひとしさんだ。読んで、見て、最高に楽しめる一冊。シーナファンだけでなく、元気になりたい人すべてにおすすめだ。

 

 

【書籍紹介】

われは歌えどもやぶれかぶれ

著者:椎名誠
発行:集英社

モノカキ人生も40年を過ぎると体のあちこちにガタが出てくる。おかげで長旅はおっくうになるし草野球では長打が打てないし、極悪ピロリ菌や不眠症のせいで若い頃は無縁だった通院が日課に…と、こぼしつつも痛飲はやめられず、シメキリ地獄に身を委ねてせっせと原稿を量産し、食が細くなったことを自覚しながらつい大盛りを頼んでしまう、やぶれかぶれのシーナの日常がみっちり詰まった一冊。

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