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2022/1/18 6:15

犬だけじゃない! 直木賞作家・馳星周が描く美しき競走馬の物語——『黄金旅程』

黄金旅程』(馳星周・著/集英社・刊)は、馳さんの直木賞受賞後第一作。自身の出身地である北海道の浦河を舞台にした、競走馬とそこに関わる人々の物語だ。タイトルの”黄金旅程”とは、馳さんが好きだったという1996年から2001年まで活躍した競走馬のステイゴールドの中国名で、引退レースとなり見事に勝利した香港ヴァーズ(G1)でつけられた名前だ。ステイゴールドは羽が生えたように速く走る馬だったが、なぜか国内レースでは2着が多く、シルバーコレクターと呼ばれていた。

 

本作は、そのステイゴールドをモデルにしたフィクションで、馬はエゴンウレアという名で登場する。エゴンウレアはバスク語のステイゴールド、黄金のようにいつまでも輝いていてくれという意味だ。

主人公の職業は装蹄師

馬の主役はエゴンウレアだが、主人公は平野敬という名の装蹄師。敬はジョッキーを目指していたものの身長が伸びすぎてしまい、その夢を諦め、装蹄師になったという設定だ。競馬の世界では花形であるジョッキーだけでなく、調教師、厩務員、生産牧場の人々、育成牧場の人々などたくさんの人々が関わっている。その中でも、装蹄師は目立たないが競走馬を支える重要な仕事を請け負っている。体重が400キロ以上もある馬の蹄を保護する蹄鉄をはかせるのが装蹄師で、その仕事の良し悪しはレースの結果をも左右するのだ。

 

また、物語では敬は装蹄師をする傍ら養老牧場も経営している。競走馬を引退した多くの馬たちの末路は悲しいものだが、一頭でも多くの馬を救いたいと敬は考えている。

 

野生の馬に人が手を加えることで生まれてきたのがサラブレッドだ。彼らは人なしでは生きられない。そして、人は競馬がなければ彼らを養えない。それが現実だ。日本だけでも、毎年、七千頭前後のサラブレッドが生まれてくる。世界規模なら数万頭だ。そのうち、天寿を全うできるのはひとにぎり。それでも競馬は続けなければならない。ならば、競馬に関わる者ひとりひとりが、ぞれぞれの責任を負えばいい。わたしは養老牧場を開くことにした。

(『黄金旅程』から引用)

 

敬が持つ養老牧場は和泉牧場といい、幼馴染の両親が持っていた小さな牧場を譲り受けたものだ。ひとり息子の和泉亮介は花形ジョッキーだったが覚醒剤所持の罪で刑務所に入っていたのだ。

 

ジョッキーたちの苦行は体重管理

物語の準主役がその和泉亮介だ。

 

一流騎手として脚光を浴び、その派手な性格とあいまって一般のマスコミも賑わすほどの人気者になった。(中略)だが、三十歳を過ぎた頃から、亮介も体重のコントロールに苦しむようになったらしい。苦行のような食事制限を続け、やがて、覚醒剤を使うようになったのだ。覚醒剤を使えば、空腹でも活力に満ちた騎乗ができたと最初に逮捕されたときの裁判で証言していた。

(『黄金旅程』から引用)

 

亮介は、出所して故郷に戻ってきた。借金取りに追われ、行くあてもない亮介は敬と一緒に暮らすこととなったのだ。落伍者となった亮介だが、出来る仕事は限られている。経験を生かせる仕事、それはやはり馬に乗ることだけなのだ。

 

エゴンウレアの渾名は”猛獣”

エゴンウレアは尾花栗毛の馬で、馬体は栗毛だが、鬣と尾の毛は透き通るように白く、西日を浴びれば白い毛は黄金色に輝くのだ。産出した栗木牧場の主は、G1制覇を夢見ている。装蹄をした敬もエゴンウレアは稀に見る素質の馬だとわかっていた。しかし、気難しい性格の馬で人の思い通りには走ってくれない。そして勝てるべきレースを2着、3着で終えてしまうのだ。育成牧場である吉村ステーブルでも、乗り役を振り落としてしまうなどエゴンウレアには手を焼いていた。

 

エゴンウレアがいなないた。激しく首を振り、立ち上がろうとする。自分の自由を制限する厩務員たちを振り払おうとしているようだった。(中略)栗木牧場にいたときも、吉村ステーブルに移ってからも、もちろん調教師の厩舎でも、エゴンウレアの渾名は猛獣である。

(『黄金旅程』から引用)

 

エゴンウレアが心を開いている人物はその時点では栗木ただひとりだった。エゴンウレアをG1馬にするためには調教をつける乗り役にも心を開く必要がある。そして亮介に白羽の矢が立った。超一流のジョッキーだった亮介が放牧中の馬に調教をつければ、エゴンウレアも変われるかもしれない、と。

 

人馬一体の美しさ

エゴンウレアは亮介をも振り落とそうと馬場をジグザグに走り、なんとか束縛から逃れようと抗い続けるが、一流の乗り役が手綱を握っているので馬の思い通りにはならない。やがて抵抗を諦めたのだ。

 

「もう一周してきます」

亮介はそう叫んで、エゴンウレアに気合をつけた。我々の目の前を、エゴンウレアが疾駆していく。黄金色の鬣と尾が風になびき、汗を掻いた栗毛の馬体が日差しを浴びて煌いている。走るサラブレッドはみな美しいが、エゴンウレアのそれは群を抜いていた。亮介の騎乗フォームもあいまって、まるでこの世のものではないようにさえ思えた。

(『黄金旅程』から引用)

 

こうして浦河の人々の夢を乗せて、エゴンウレアの快進撃がはじまる。はたして、エゴンウレアはG1で勝つことができるのか、それは読んでのお楽しみ。

 

馬のことよくわからない人でも、前半でストーリーに沿って詳しい説明が組み込まれているので、競馬界のことをよく理解できるのが本書だ。また、馳さんのテンポの良い文章で、スイスイと読め、後半はまるでレースを観ているようにドキドキしながら引き込まれていく。

 

私は馳さんの犬の小説の大ファンだが、この馬の小説も素晴らしくお気に入りの一冊になった。競馬ファンはもちろん、動物が好きな皆さんにもぜひおすすめしたい。

 

【書籍紹介】

黄金旅程

著者:馳星周
発行:集英社

装蹄師の平野敬は北海道の浦河で養老牧場を営んでいる。牧場は幼馴染の和泉亮介の両親が所有していたものだったが、騎手だった亮介が覚せい剤所持で刑務所に入ったこともあり譲り受けた。敬が注目するのは栗木牧場生産の尾花栗毛馬・エゴンウレア。以前装蹄したことがあり、その筋肉に触れた瞬間、超一流の資質を秘めた馬だと確信していた。だが気性が荒く、プライドも高い馬で調教に手を焼いていて、今まで勝ち鞍がない。その馬主と競馬場で会った際、レースで突然馬が興奮するという不自然な現象に遭遇する。また、敬は出所して無職だった亮介に、本来の力を取り戻すべくエゴンの乗り役になるよう勧める。その後、レースでの不自然な現象は厩務員の一人が犬笛を使って八百長に加担していたことが判明。敬は裏で糸を引くヤクザの尾行を始めるが気付かれ、拉致され殺されそうになるも、一命を取り留める。様々なトラブルが起こる中、エゴンが出馬するレースの日も近づき、亮介による最後の調教も終わった。エゴンに人生を託した人々の想いは、二勝馬脱却への奇跡を呼び起こせるのかーー。

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