こんにちは、書評家の卯月 鮎です。「百聞は一見にしかず」とはいうものの、私は旅行記や食レポも活字で読むのがわりと好きです。YouTube動画を見れば一目瞭然ですが、「どんな景色だろう」「どういう味だろう」と想像しながら読むことで、より深く鮮やかに記憶に刻まれる気がします。書き手の静かな感動も文字だとじんわり伝わってきますよね。
ファンが多い飲食店の秘密
今回紹介する新書『飲食店の本当にスゴい人々』(稲田俊輔・著/扶桑社新書)の著者・稲田俊輔さんは、料理人で飲食店プロデューサー。和食店、ビストロ、インド料理など幅広いジャンルの店を経営する一方、レシピ本やエッセイなどの執筆活動も積極的に行っています。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』(柴田書店)などがあります。
繁盛する洋食店主の本音とは?
本書の構成としては、全体の3分の2が居酒屋や洋食店といった個人店の看板メニュー紹介。「ジャンボ焼」「かきソーテー」「メキシカンライス」など、個性的な料理が並びます。それぞれ店主へのインタビューも行われ、どこにこだわっているのか、何が普通の店とは違うのか、評判店の秘密が見えてきます。
後半3分の1は、サイゼリヤ、ロイヤルホスト、ドムドムハンバーガーという根強いファンがいる外食チェーンへのインタビュー。チェーンのキーパーソンに稲田さんが鋭い質問をぶつけています。
ビジネス本とグルメ本のいいところがバランス良く混ざっているのが本書の特徴。特に食レポの表現が巧みで、どの料理も食欲をかき立てられます。
私が明日にでも訪れてみたい! と思ったのは、東京・高円寺の老舗洋食店「ニューバーグ」。ここの看板メニューはもちろんハンバーグ。「A」ことスタンダードなハンバーグはライスと味噌汁付きで530円(※原材料高騰のため値上げを検討中)。
「牛豚の合い挽きを丹念に練り込み、つなぎに肉汁を吸わせきってしまうこの店のそれは、ねっちりとしたまとまりの中にところどころ肉粒感が顔を出すタイプ」。濃厚なデミグラスソースを味わったあと、目玉焼きを切り崩し、ライスを頬張る。至福の瞬間に違いないでしょう。
ハンバーグもソースもドレッシングも一から手作りの店ですが、店主いわく「電子レンジがさ、ちょっと悔しいんだよね」と本音……。たくさんのお客さんに手頃な価格で提供するため、まとめて焼いてレンジで温めて仕上げるのだそう。味にこだわりながらも気軽に入れる値段、それがまさに町の洋食店ですよね。
チェーンのキーパーソンにじっくり話を聞く第3章も読み応えがありました。「サイゼリヤ」のパートでは代表取締役社長の堀埜一成さんが登場。
理系の経営陣が多いことで知られるサイゼリヤ。商品開発は現地へ行ってさまざまな料理をチェックし、日本のお客さんに食べてもらいたいと思ったら機を見て商品化するのだとか。その商品化のタイミングはなんと“宇宙の意志”!?
ちょっと怪しげですが(笑)、「日本人の味覚って中国文化圏でありモンスーン文化圏なんですよ。例えばヨーロッパでは核酸系の旨味が中心ですけど、日本ではアミノ酸の旨味が中心です」と社長・堀埜さんのしっかりした分析もあり、計算と独自のセンスが同居するサイゼリヤらしいと感じました。
料理を作るのは結局は人。作る側がどのような想いを持って創意工夫しているかが見えると、その料理は一層美味しく感じられます。店主と料理が同時に味わえる新書でした。
【書籍紹介】
『飲食店の本当にスゴい人々』
著者:稲田俊輔
発行:扶桑社
人気店「エリックサウス」の総料理長であり、飲食店プロデューサー、ナチュラルボーン食いしん坊である稲田俊輔(イナダシュンスケ)が、普段から思い入れを抱く飲食店のおいしさの「正体」を探るべく実際に足を運び、徹底取材を行った。あの林修先生も注目する食のエンターテイナーが、お店の成り立ち、メニューの作り方から作り手のバックボーンまで根掘り葉掘り聞き出し、普段はなかなか気づかないであろう料理や飲食店の内側にある本当の姿を解き明かす。おいしい料理に出会えるのはもちろんのこと、これを読むことで食をさらなる楽しいひとときに、そして一段上の味わい深いものへと昇華してくれること間違いなし!
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。