自分の精子や卵子を凍結保存する「精子バンク」や「卵子バンク」と同じように、近い将来には「便バンク」ができるかもしれない——。米国・ハーバード大学医学部の研究チームがそんな構想を練っているんです。一体その理由は?
同研究チームの便バンク構想の目的は、「FMT」と呼ばれる「糞便移植」の可能性を広げるため。私たちの腸には1000種類にもおよぶ細菌が生息していると言われ、その細菌が腸の壁にびっしりと張り付いていることを「腸内フローラ」や「腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)」と呼びます。便には腸内細菌叢が含まれていますが、健康な人の糞便を生理食塩水で希釈して、腸内細菌が乱れてしまった人の消化器管内に注入・移植する糞便移植という治療方法があるのです。
「他人の便を自分の体内に移植する」と聞いて、驚く人もいるかもしれませんが、科学ジャーナルのCell Pressによれば、実際に米国ではクロストリジウム・ディフィシル腸炎と呼ばれる感染症に対して糞便移植が使われており、一定の効果が出ているそう。この感染症の患者数は年間約50万人にのぼり、約2.9万人が亡くなっていると言われています。
しかしこの移植は、ドナーと宿主の遺伝的環境などの違いが原因となって、うまく行かないことがあります。そこで、若くて健康なときに自分自身の便のサンプルを取っておき、それを保存しておけば、将来の便移植に利用する可能性が生まれるというわけです。自分の便を移植すれば、喘息、肥満、心臓病、糖尿病などの治療や、自己免疫を高める若返りなどに利用できる見込み。
すでに米国には便バンクがあります。マサチューセッツ州の「オープンバイオーム(OpenBiome)」は、クロストリジウム・ディフィシル腸炎の治療のために自分の便を保存できる非営利団体ですが、このような取り組みがもっと必要なのかもしれません。ハーバード大学の研究チームの便バンク構想では、最適な便の保存量や保存方法、再生方法など、研究するべきことは多くあるとされています。これから最適な保存方法などが確立されていけば、もっと幅広く便バンクを利用するシステムが整えられていくかもしれません。
【出典】Shanlin Ke, Scott T. Weiss, Yang-Yu Liu. Rejuvenating the human gut microbiome. Trends in Molecular Medicine, 2022; DOI: 10.1016/j.molmed.2022.05.005