パナソニック株式会社 アプライアンス社デザインセンターは、日本のものづくりの原点を探りつつ、外部の人材とともに新たな家電デザインを研究する共創プロジェクト「Kyoto KADEN LAB.」(※1)を発足。その第一弾として、京都の伝統工芸を受け継ぐ若手ユニット「GO ON」(※2)とのコラボによる家電のプロトタイプを発表、2016年10月29~31日、京都もやし町家(京都市下京区)にて、招待客向け展示会が開催された。
パナソニックは2年前から、シンプルかつ高級感のある家電シリーズ「Jコンセプト」(※3)を商品展開。年齢を重ね、ものの本質を見極められる“目利き世代”に向けた同シリーズは、日本ならではの感性、美意識に立ち返ることをテーマのひとつとしている。「Kyoto KADEN LAB.」の活動は「Jコンセプト」から受け継がれたものと考えられる。
今回お披露目となったプロトタイプは、「人の五感や記憶に響く家電」がテーマ。2015年11月にスタートした同プロジェクトの、約1年の研究成果といえるものだ。
会場に選ばれたのは京都の歴史を感じさせる「町家」。間口が狭く奥行きが長い独特の間取りのなかに、長さ約27mのカウンターテーブル(ちなみにこの板は御神木だった樹齢600年の木から製材したもの)が持ち込まれ、そこに各“作品”が展示された。朝日焼の底面に施された銀彩を使ってお湯を沸かす湯盤、野菜や果物を井戸水で冷やす状況を再現した水桶、西陣織に織り込まれた“箔”がセンサーとなり、音を奏でるスピーカー/パーティションなど10の作品はどれも、京都工芸の上品な質感と、最先端の技術を遊び心たっぷりに取り入れた発想力が光るものばかり。職人の匠の技術と家電メーカーの工業技術がお互いに刺激し合うことで、これまでにない機能やデザインに結実し、極めてアート性の高い作品になっていたのも印象的だった。
銀釉 gin-yu
1600年の伝統を誇る「朝日焼」の湯盤。底部に銀を焼き付けて色を出す「銀彩」の技法を施した。テーブルの裏に設置されたIHユニットにより銀の素材が発熱し、お茶を淹れるのに最適な60℃のお湯を沸かし、その温度をキープする。
響筒 kyo-zutsu
日本最古の手作り茶筒の老舗、開花堂の茶筒にスピーカーをセット。ふたを開けるとセンサーが反応して音が鳴る。ふたを開ける瞬間のこもった音からクリアな音になめらかに変化する音色の変化、持つ手に伝わるスピーカーの振動など、新たな音の楽しみが広がる。茶筒は触れれば触れるほど素材の表情が変化し、使い込むほどに愛着がわく。
月灯 gettou
灯りそのものを楽しめるLEDペンダントライト。竹工房 公長齋小菅の竹が編み出す自然な陰と陰のリズムが美しい。透明なアクリルの塊の上部に光源となるLEDを設置。アクリルの屈折により、どこからも光源が見えないのが特徴。光は底面だけに集まり、周りはほのかに光る。竹には「やたら編み」という編みの技法を使い、いつまでも見飽きない光のデザインとなっているのも特徴。
水甬 sui-you
テーブル下のIHユニットからの非接触電源を使って水を冷やし、回転水流を起こす木桶。冷却ユニットにはペルチェ素子を採用。モーターで磁石を回すことにより、金属を仕込んだ木片が回転し、水流が生まれる。井戸から汲み上げた水で採れたての野菜や果物を冷やす、昔の暮らしの豊かさを思い出させる一品。直線がまったくないデザインも特徴。
網香炉 ami-kouro
軽くて高剛性だが、加工が極めて難しいチタンを編んで作った香炉。バッテリーを搭載し、持ち上げるとセンサーが反応、約45℃の熱源でアロマや香水を温める。香水は直接嗅ぐより、人肌に温めてから嗅ぐと身体から漂うやさしい香りに近くなるという。ボディにもチタンを採用。チタンは熱伝導性が低いため、手に持っても熱くならない。
織ノ響 ori-no-hibiki
音と織で空間を作るパーティション。西陣織に使う金箔、銀箔の糸をセンサーとして使用、織の表面に触っている間だけ手の静電気が通電して音が鳴る。パーティションごとに異なる音を出させることで、より豊かな音響空間を演出することも可能。西陣織の立体的で複雑なストラクチャーを目で見て、手で触ることで、視覚、聴覚、触覚を同時に刺激する。
パナソニック アプライアンス社デザインセンターの中野二三康所長は、「Kyoto KADEN Lab.」発足の理由を、次のように語る。
「ひとつは海外に対しての日本の文化力発信力が最もあるのが京都だということ。もうひとつは、『GO ON』さんという、何百年と続く伝統工芸の後継者の、しかも若い6人の方々の魅力です。彼らはこれまでも伝統工芸を軸にしながら、世界のラグジュアリーブランドの壁紙を作るなど、新しいチャレンジをグローバルに行われている。彼らの工房を見学すると、みなさんすごくキメの細かい作業をされているし、西陣織の細尾さんなどは新しいマシンを自ら開発していたりする。その芸術性の高さと丁寧なものづくりを学ばせてもらおう、という気持ちで始めました」
一方、GO ONのメンバーにとっても、今回のプロジェクトは刺激的だった模様。ともに座禅を組むことから始まったという一年間のコラボで、パナソニックが自分たちと同様、ものづくりに真剣に向き合っていることを認識したという。
「使い勝手の良さへのこだわり。いいものを作りたいという気持ち。そこはたぶんGO ONもパナソニックも同じ考えを持っている。だからこそ、こういうポジティブなコラボが、未来を感じようよ、触れてみようよ、というプロジェクトができたんだと思います」(京金網 金網つじ・辻徹さん)
「今回僕たちがやってよかったのは、根っこの部分から一緒に作り上げることができたこと。最近、表面的なコラボレーションがすごく多いんですけど、このプロジェクトはそうじゃなく、いわゆるフィロソフィーの部分の合わせ込みから始まった。そこを経てできあがったものには、やはり揺らぎない強さがあると思います」(茶筒 開花堂・八木隆裕さん)
ちなみに、今回のプロトタイプは商品化を目指したものではない。だからこそ、それぞれの作品には、量産化の制約に縛られない自由な発想とチャレンジ精神が満ち満ちている。また、「テクスチャー」(手触り、肌合い)を意識して作られた各作品は、美しいフォルムに加え、それを触ったり手に持ったりすることで、より愛着のわくものとなっている。これは家電が使えば使うほど価値が下がり、やがて捨てられるという現在の消費者の価値観を変えていきたい、というGO ONメンバーの想いが反映したものだ。
「我々の急須は、150年前から世代を超えて使っていただき、愛していただいています。それと一緒に使う家電も、世代を超えて、愛おしく思いながら長く使っていただけるものになってほしい。そして、そんな家電がどんなものなのかを追求することが、我々の出発点でありゴールではないか、それが伝統工芸と最先端の家電メーカーのコラボによる、これからの家電のあり方についてのひとつの提案になるのではないかと思います」(茶陶 朝日焼・松林豊斎さん)
写真前列が「GO ON」のメンバー。右から京金網 金網つじ・辻徹さん、茶筒 開花堂・八木隆裕さん、西陣織 細尾・細尾真孝さん、茶陶 朝日焼・松林豊斎さん、竹工芸 公長齋小菅・小菅達之さん、京指物 中川木工芸・中川周士さん。
※1:「Kyoto KADEN Lab.」とは新しいプロダクト(工業製品)のあり方を探る、パナソニック アプライアンス社デザインセンターの新しいプロジェクト。「これからの時代の豊かさを作るプロダクトとは何か? サービスとは何か?」をテーマに、伝統工芸をはじめ京都の様々なリソースを活用、新しい家電のあるべき姿と可能性を探求する。その第一弾として、京都の新進気鋭の伝統工芸ユニット「GO ON」との共同プロジェクトを展開。
※2:「GO ON」とは京都伝統工芸の後継者によるクリエイティブユニット。2012年、伝統工芸を「技」と「素材」に解体し、様々な企業やクリエイターに提供する新しい「モノづくり」に挑戦することを目的に結成された。「GO ON」の名称には、受け継がれてきた伝統を継承する意思と、先代たちへの「御恩」の意が込められている
※3:「Jコンセプト」とは50代、60代の生活経験豊かな「目利き世代」に向けて、日本らしい上質な暮らしを提案する家電シリーズ。ものづくりの原点に立ち返り、ユーザーの使い勝手を徹底的に検証することで、日本の暮らしに合わせた機能と、シンプルで美しいデザインをかたちにした様々な製品を発売してきた。これまで発売されたのは、紙パック掃除機、エアコン、炊飯器など6アイテム。ちなみに「Jコンセプト」の“J”は「ジャパン」の“J”と「上質」の“J”から取られている