近年、世界中で「ジャパニーズ・ウイスキー」の愛好家が増えており、2020年には輸出量が日本酒をしのいで酒類第1位となりました。なかでも人気を後押ししているのが、小規模蒸溜所の「クラフトウイスキー」という存在。日本酒や焼酎をつくっていた酒造メーカーがあらたにウイスキーづくりを始めるなど、その裾野は広がり続けています。
そんなジャパニーズ・ウイスキーの魅力と注目すべき蒸溜所を、新宿三丁目「BAR LIVET」「新宿ウイスキーサロン」のオーナーであり、最年少で「マスター・オブ・ウイスキー」の称号を獲得した静谷和典さんに伺いました。
2人のスペシャリストから生まれた “ジャパニーズ・ウイスキー”
2023年は、サントリーが日本初のウイスキー蒸溜所である「山崎蒸溜所」の建設に着手してから100年の記念イヤー。まずは、日本とウイスキーの歴史を少しだけ紐解いていきましょう。
「はじめて日本にウイスキーが持ち込まれたのは、1853年。かの有名なペリー提督が浦賀に来航し、日本人にウイスキーを振舞ったとされています。月日は流れ、日本で本格的なウイスキーづくりの歴史がはじまったのは、『山崎蒸溜所』の建設に着手した1923年のこと。その立役者となるのが、サントリー創業者の鳥井信治郎さんと、NHKの連続テレビ小説『マッサン』でも有名な、初代工場長の竹鶴政孝さんです。その2人のどちらが欠けてしまっても、今のジャパニーズ・ウイスキーは誕生しなかったと思います」(静谷和典さん、以下同)
国産第1号として発売されたのは、丸瓶に白いラベルがついた通称 “白札” 。残念ながら本格的な普及には至らなかったそうですが、その後発売された「角瓶」が大ヒット。「日本人の味覚に合うウイスキー」を追求し続けて生まれた銘品は、今もなお愛されるロングセラー商品となっています。
国産ウイスキーを語る上で欠かせない! 世界に誇る3社の蒸溜所
「100年の歴史は、サントリー、ニッカウヰスキー、キリンの3社が支えてきたと言っても過言ではありません」と、静谷さん。ジャパニーズ・ウイスキーを語る上で知っておきたい蒸溜所とその銘品を紹介します。
サントリー / 山崎蒸溜所・白州蒸溜所
「ともに日本最大級の蒸溜所です。どちらの蒸溜所も、多彩な原酒をつくり分けできることが特徴。1つの蒸溜所で1タイプのウイスキーしかつくれないというのが世界では一般的なのですが、山崎・白州蒸溜所では、それぞれ16基の蒸溜器が稼働しています。各蒸溜器でつくられたさまざまな原酒を組み合わせて、多彩なウイスキーを1つの蒸溜所で生み出すことができる。それが山崎・白州蒸溜所の強みです」
「多種多様なウイスキーが出ているので、一概にその味わいを表すことはできませんが、例えば、山崎の年数表記のない『山崎(ノンエイジ)』や『山崎12年』は、プルーン、レーズン、チョコレートなどの風味とほのかなスモーキーさを感じる味わいが特徴。一方で『白州』は、森林浴をしているような清涼感とシトラスの香りが特徴です。スモーキーさは『山崎』よりも顕著。爽やかさとスモーキーな味わいが楽しめます」
ニッカウヰスキー / 余市蒸溜所・宮城峡蒸溜所
「余市蒸溜所は、竹鶴政孝さんが北海道に建てた、ニッカウヰスキーのルーツとなる蒸溜所。最大の特徴は、世界でおそらく唯一石炭の直火で蒸溜しているということ。石炭直火蒸溜は、火加減をコントロールするのが困難で、熟練の職人でないと扱いが難しいと言われています。その職人技から生まれる原酒は、トースティーでスモーキー。大手ジャパニーズ・ウイスキーのなかではピートの香りをもっとも顕著に感じるものだと思います」
「ニッカウヰスキー第二の蒸溜所となるのが、仙台にある宮城峡蒸溜所です。ここから生まれるウイスキーは余市とは真逆。フローラルかつフルーティーでまろやかな味わいが特徴です」
キリン / 富士御殿場蒸溜所
「キリングループが所有する富士御殿場蒸溜所は、モルトウイスキー(大麦麦芽のみを使用したウイスキー)だけでなく、グレーンウイスキー(トウモロコシやライ麦などの穀類を主原料とするウイスキー)もつくっている蒸溜所。その2つの原酒を混ぜ合わせてつくる『ブレンデッドウイスキー』が有名です。マスターブレンダー・田中城太さんは、世界で最も優秀なブレンダーにも選ばれたことのある、日本を代表するブレンダーのお1人。卓越したブレンド技術を持つ蒸溜所だと思います」
クラフトウイスキーの先駆けとなる「秩父蒸溜所」とその生みの親
2000年代に入ると、海外のコンペティションで数多くのジャパニーズ・ウイスキーが金賞を受賞したり、2014年にNHK連続テレビ小説「マッサン」が放映されたりと、ジャパニーズ・ウイスキーへの注目度はますます高まります。そんななか登場するのが「ジャパニーズ・クラフトウイスキー」です。
「2007年に蒸溜所が完成し、2008年から蒸溜開始したのが、日本のウイスキー業界に突如登場した『秩父蒸溜所』です。創設者は、肥土伊知郎(あくといちろう)さん。サントリーや家業の造り酒屋を経て、ご自身で立ち上げた会社でウイスキーづくりをはじめました。肥土さんの祖父が残した原酒をもとにつくられた『イチローズモルト』は、イギリスのウイスキーマガジンで日本最高の評価を獲得。世界的に有名なウイスキーのオークションでも高値で取引されるほど、国内外で注目を集めるようになりました」
その後2015年、2016年あたりから日本各地に続々と誕生した、ウイスキー蒸留所。静谷さんは「肥土さんの存在がなければ、ここまで日本のウイスキー蒸溜所が増えることはなかった」と、語ります。
「肥土さんは、本来ライバルとなる蒸留所に技術やノウハウを惜しみなく教えているのだそうです。人生を通してさまざまな蒸留所の原酒を見てみたいという思いと、さまざまな原酒が生まれること自体がジャパニーズ・ウイスキー文化の発展に貢献できる、とお考えなのだと思います。ジャパニーズ・ウイスキーの今を支えるキーパーソンですね」
個性豊かなウイスキーが楽しめる注目の国産クラフトウイスキー蒸溜所
いまでは蒸留免許を有した蒸留所は、国内90か所以上にものぼるそう。なかでも静谷さんが思わず感銘を受けた蒸留所を4つ教えていただきました。
滋賀県 長濱蒸溜所
「1996年に創業し、長浜エールをはじめ、国内外問わず評価の高い銘柄を数多く輩出する長濱浪漫ビールが、2016年に日本で最小規模の蒸溜所としてウイスキーづくりをはじめました。大きな特徴は、ミニマムな蒸溜所にも関わらず、数多くの挑戦をしているところ。ウイスキーを寝かせる熟成庫は蒸溜所のそばにあるのが一般的ですが、トンネルや廃校となった小学校、琵琶湖のパワースポット・竹生島、沖縄でのトロピカルエイジングなど、さまざまな場所で樽を熟成させています。小さい蒸溜所だからこそ、さまざまな取り組みを行っている点も大きな魅力だと思います」
宮崎県 尾鈴山蒸留所
「尾鈴山蒸留所は、『百年の孤独』や『㐂六』といった世界的にも有名な焼酎を生み出した、黒木本店が手掛ける蒸留所です。この蒸留所のすごいところは、原料となる麦の栽培から麦芽づくりまで全て手仕事で行っている点です。通常、麦芽は専門の製造会社から購入して仕込むのが一般的なのですが、尾鈴山蒸留所の場合は麦の生産から製麦まで全て手作業。職人が素手で麦の状態や温度を調整しながらつくる、まさにクラフトのなかのクラフトですね。
さらに、桜や栗、杉といったさまざまな地元の木を樽材として活用しているのも特徴です。桜は桜餅のような香り、栗は焼き菓子のようなまろやかな味が楽しめます」
鹿児島県 嘉之助蒸溜所
「嘉之助蒸溜所は、本格焼酎の蔵元・小正醸造による蒸溜所で、『メローコヅル』という焼酎の空き樽を使用して寝かしているというのがポイントです。もちろんそれ以外の樽も活用していますが、 キーとなる原酒は『メローコズル』の樽。元々、樽熟成の焼酎をつくっていたノウハウがウイスキーづくりにも活かされているのだと思います。
そして、鹿児島の温かい土地でつくられているのも、唯一無二の特徴です。鹿児島の湿潤で暖かい気候の下では、熟成スピードが速いのだそうです。風土を活かし、オリジナリティある樽使いから生まれる嘉之助蒸溜所のウイスキー。今や、世界から大きく注目される蒸溜所の1つとなっています」
富山県 三郎丸蒸留所
「三郎丸蒸留所は、スモーキーなウイスキーのみを手掛ける日本でも珍しい蒸留所。世界で初めて『鋳物(いもの)製のポットスチル(単式蒸留器)』を取り入れた蒸留所として有名です。鋳物とは、砂などでつくった型の空洞部分に金属を流し込んでできた製品のこと。蒸留器は一般的にブロンズやステンレスでできているのですが、ここでは富山の鋳物文化を取り入れ、世界初の鋳物製蒸留器『ZEMON』を開発、活用しています。
砂で型を取っている影響で、金属の表面に細かな凹凸ができるのが特徴。凹凸があることで、蒸留の際に複雑な液体の流れを生み出すのだそうです。さらに、型さえつくれば蒸留器の製作期間を短縮できるという利点もあり、今後、三郎丸蒸留所を起点として鋳物製の蒸留器を取り入れる蒸留所が増えるかもしれない。そんな可能性を感じています」
次からは、そんな魅力たっぷりのウイスキーの楽しみ方を紹介していただきます。