ファッション
ホン・モノ・ケイカク
2016/11/13 13:00

ムダを省く「断捨離」財布――「薄い財布」が提案する新たな生活スタイルとは?【後編】

学研のメンズ&カルチャー誌の編集者が「欲しい!」と思った商品を、日本のメーカーや職人とコラボしてプロデュース・販売する「ホン・モノ・ケイカク」。そこで扱われている「薄い財布 イタリアンレザーver.『シエナ』」を紹介するコラムの後編です。前編では素材に使われているイタリアンレザー「シエナ」の特長について述べました。後編は、革新に満ちた「薄い財布」の哲学と、構造について紹介していきます。

 

究極にムダを省きたい人の「断捨離」財布

この「薄い財布」を開発したのは、元ベンチャーキャピタリストという異色の経歴を持つ、アブラサスの代表兼デザイナーの南 和繁さん。ホン・モノ・ケイカクでは南さんが世に送り出した製品をいくつか扱っていますが、最初に取り扱ったもののひとつが、この「薄い財布」でした。

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その際、筆者も南さんのお話しを直接うかがってきたのですが、いや、とても刺激的なお話しばかりでした。いちばん印象的だったのが「財布には、イノベーションがない」という一言。

 

続けて南さんは語ります。 世の中には無数の財布が存在するけれど、財布とはこうあるべき、といった慣習に従って作られているようなものが多く、本当の意味での使いやすさを考えられたものがほとんどない、と。

 

そんな背景から、この薄い財布は、南さんがどうしても使いたい財布を作りたくて、考案したものだったのです。作り始めたのは、まだ前職だったころ。当初は原型となる財布をなんとボール紙で作り、それを長い間使い続けて改良を重ねたんだそうです。コンビニで紙の財布を取り出すと、店員さんに不思議な目で見られたんだとか…。

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そんな南さんが苦心の末に創り出したこの財布。実は、使い手の生活を便利にする……というより、「使い手に新たな生活スタイルを提案する」財布です。二つ折り財布でありながら、未使用の状態で、厚みが約13ミリと、文字通りの薄さ。これを実現するために、カードポケットに入るカードは約5枚まで、と、大胆な割り切りがなされています。 この財布が薄さを実現した最大の要因、それはカードの枚数にあるのです。

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キャッシュカードにクレジットカード、交通系ICカード、保険証や診察券、そして、行く先々で作らされるさまざまなお店の会員証やポイントカード……。今の財布はカードのおかげで何かと肥大しがち。

 

こうしたカードすべてを収納しつつ、コンパクトで薄いものを目指すと言っても、物理的な限界があります。そこで「薄い財布」は、根源的な部分にメスを入れました。

 

それは「はたして財布を膨らませているそれらのカードはすべて持ち歩く必要があるのか?」という疑問。

 

南さんはこれについて、ひとつの答えを提示します。

 

「忘れたときに『ごめんなさい』ができないカードだけを厳選して持ち歩けば事が足りるんです」

 

たとえばキャッシュカードがなければお金は下ろせませんし、クレジットカードも「次に来たときに持ってくる」は通用しません。南さんはそうしたカードを「『ごめんなさい』ができないカード」と表現しています。

 

実際のところ、「『ごめんなさい』ができるカード」は、カードケースなどに入れて、カバンの中に入れておいても構いません。家に置きっぱなしにしても、困ることなんて、月に数度がせいぜいでしょう。財布に入れて、常に身に付けている必要なんてないのです。

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硬貨にしてもそう。この「薄い財布」の硬貨入れのところには、999円分の硬貨がぴったり入るよう、ギリギリの設計がなされています。これを運用するためには、買い物の際に、なるべくおつりが細かくならないような意識で「支払い方を工夫する」必要が出てきます。

 

もっとも、この財布の場合は硬貨収納部の底が非常に浅いため、入っている硬貨は一目瞭然。どの硬貨がどれだけあるかは一瞬で判別がつくために、支払いでまごつくこともありません。

 

持ち歩くカードの枚数にしろ、硬貨の使い方にしろ、「薄い財布」は使用者の意識や生活スタイルにもムダを省いて快適に過ごす「断捨離」をうながしてくれる財布なのです。
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紙幣を押さえるベロをめくると、そこには「ちょっとしたポケット」が隠されています。家の鍵をここに入れておけば、外出時に必要なものはこの「薄い財布」とスマートフォンでほぼすべて揃ってしまいます。
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理屈と構造を妥協なく結びつけたギリギリの設計

名前の通り「薄い財布」は、確かに薄く、そして使いやすさを追求するための革新的なアイデアで満ちあふれています。

 

たとえば、カードポケットの底に付けられた切り欠き。これは、カードを取り出すときに指で押し出しやすいように作られているのですが、同時に、紙幣を抑えるための革パーツとの重なりを防ぎ、厚みの軽減にも貢献しています。使ってみれば、小さな財布の各所が二重三重の意味と機能を持ち、無駄なものが徹底的に省かれているのがわかります。

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メインの革素材は耐久性が確保できるギリギリの薄さまですきます。加えて、硬貨やカードの収納部が、なるべく重ならないようにするなど、構造を徹底して見直しました。こうした積み重ねによって、硬貨999円、カード5枚、紙幣10枚を入れた状態でも、「薄い財布」は約13ミリという薄さを実現しています。これ、ジャケットの胸ポケットにもスッと収まるサイズです。

 

薄さとともに、使ってみて何より驚くのは物の出し入れのスムーズさ。「薄い財布」は、硬貨を入れるポケットが下に来るよう左手で持つと、財布を右手で持ち直すことなく、紙幣やカード、硬貨と、すべての機能にアクセスできるように作られているのです。

 

何か違うものを取り出すときに、紙幣の次に、硬貨を取り出すために財布の方向を変えてファスナーを開け、今度はポイントカードを出すためにまた持ち替え……。

 

ただ薄く小さいだけでなく、使ううえでの無駄な動きすら省いてしまうところも、この財布のスゴイところです。

 

カードと硬貨の収納部、そして革と革が重ならない構造上の工夫が見事な「薄い財布」。カードポケットの作りも秀逸で、キツすぎず、ゆるすぎずの絶妙なホールド感を保っています。縫い目が0.5ミリでもずれるとこの使用感は出せない、とのこと。職人の手でなされる精緻な縫製技術があってこその製品です。

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使用インプレッション:許容範囲の意外な広さ

蛇足かもしれませんが、ここで筆者が実際に使っている別バージョンの革を使った「薄い財布」のある日の状態を紹介させてください。

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常に使い続けているわけではないのですが、入手してから1年3カ月ほど経っています。abrAsusのロゴのところ、「ちょっとしたポケット」に入れた非常用500円硬貨のシルエットが浮き出てしまってますね(笑)。

 

実はこの日、釣具屋をはじめ、各所でいろいろな買い物をしてきたために、各店のポイントカードや会員証、レシートなど、いつもよりかなり多くのカードや紙類が収納されています。でも、よく見ていただきたいのは、こうした想定外のカードや紙類を入れてもなお、「薄い財布」の使い勝手は決して損なわれていない、という点です。

 

このとき財布に入っていたのは、紙幣が4枚、500円×1、100円×4、50円×1、10円×3、1円×2で計972円の硬貨、さらにポケットに非常用500円硬貨1枚、レシートなどの紙類6枚、それに、薄い磁気カード4枚を含むカード計15枚。

 

ずいぶん入ると思いませんか? これでもノギスで測ってみたところ、いちばん膨らんだ硬貨収納部のフチの部分でも、厚みは約23ミリ。通常の二つ折り財布よりもなお、じゅうぶんな薄さを保っています。

 

南さんが提唱する思想からは、かなり外れた使い方ですが、意外とこうした懐の深さを見せてくれるところもまた、使い手としては魅力なのです。

 

筆者はベースモデルのダークグリーンを愛用しているのですが、今回紹介しているイタリアンレザーver.にもかなり心を奪われています。手に取ったときの光沢や質感は、「手に持っていたい」と思わせる、喜び溢れる出来映えなのです。好みの問題もありますが、私が買うならもっともシエナらしさが味わえる「レッド」でしょうか。

 

ぜひ、一度皆さんもお好みのカラーで、この財布をお試しください。

 

【著者プロフィール】

MUN!

自分で使うモノは質実剛健な作りのアイテムを志向する、当店の商品開発サポーター。本業はモノ系、エンタメ誌など、数々の雑誌や書籍で執筆する文筆家。

 

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