大岡昇平氏の不朽の名作をドラマ化した「連続ドラマW 事件」が8月13日(日)22時よりWOWOWで放送・配信がスタート。過去に映画、ドラマ化もされているが、今回は裁判員裁判など法曹の世界での変化を織り込み、閉塞した今を生きる人々の孤独や苦悩を描いた令和を舞台にした法廷サスペンスとなっている。元エリート裁判官の弁護士を演じた椎名桔平さんが、役作りや弁護士役を通して感じた「人を裁く」ということついて語ってくれた。
【椎名桔平さん撮り下ろし写真】
現代に合わせて、どうすれば今求められるエンターテインメントとして成立するか
──原作はロングセラー小説で、過去に映画化、ドラマ化もされています。今回のドラマ化に臨むにあたり、過去に映像化された作品を意識されましたか。
椎名 今回は全くと言っていいほど、別物だと考えて撮影に入りました。というのも、原作が書かれたのは60年近く前、映画やドラマになったのも随分前です。映画版で被告人の青年役を演じた永島敏行さんが、今回は裁判長の役で出演してくださいましたが、その頃と現在では時代背景がかなり違いますから。今回は製作側の意図として、令和の『事件』を作るということから始まっています。原作は緻密に構成された名作小説ですが、当時に比べると今は裁判員制度が採用され、少年法も改正されています。それを現代に合わせて、どうすれば今求められるエンターテインメントとして成立するんだろうと考えた上で、脚本もしっかり準備して練られていました。脚本を読んだときは、これは面白いなと思いました。
──現在の時代感は椎名さんが演じています菊地大三郎にはどう反映されたのでしょうか。
椎名 細かいところですが、例えばメモ用紙に書く代わりにタブレットを使ったり、裁判の中で使われる資料は、メモやコピーした紙を見ながらというのが一般的ですが、菊地は自分が撮ってきた写真やデータもタブレットで探すようにしました。そういった現代のツールを使いながら新しいものを作ろうと考えましたね。
──裁判員の存在が法廷での大きな変化だと思うのですが、裁判員の存在により弁護士の訴え方みたいなものも変わりそうです。
椎名 裁判員に向かってアピールすることが大事になりますよね。弁護士さんが裁判員の皆さんに、「ここはよく聞いてくださいよ」っていうような訴え方をするわけですから。それは舞台のような感覚と言いますか、芝居をするようなものだと思いました。そこは水田(成英)監督が、要所要所で「ここは裁判員を味方につけるために、こういった言い方をしてください」と演出してくださいました。
リアルとしか思えないセットで、リアルな感情をぶつけ合う、こういう世界観が何より楽しい
──菊地は元裁判官で現在は弁護士です。役作りのために実際の弁護士や裁判官の方からお話を聞かれたそうですが、印象的だったことを教えてください。
椎名 役に活かせる話を聞きたいという期待もありましたが、それ以上にそういう職業に就いている方がどんな人なのか気になりました。パイロットや検察官、裁判官、弁護士もそうだけど、なかなか周りにいない職種の方って、世間一般的なイメージがありますよね。僕はこれまで何度か医師役をして、偉い先生からお話を聞く機会もありましたが、実際に会うと皆さん気さくで、先生によってキャラクターも違うんです。だったら、まずは実際に法律家の方にお会いして、自分の中にあるイメージと照らし合わせて既成概念を取り払おう、そんな狙いもありました。
──もともと弁護士や裁判官の方にどんなイメージを持っていらっしゃいましたか。
椎名 きちんとしていて堅い人。冷静沈着に話して、間違ったことは言わない。裁判官となると輪をかけて堅い……そんな漠然としたイメージがありましたね。今回、法服を脱いだ裁判官の方にもお会いしたんですが、僕より年齢が若い方で、「こういう方が裁判長をされるんだな」と思いながら、その方の話し方の雰囲気や物腰を、対話を通して自分の中に印象として残すようにしました。弁護士さんは僕と同郷の方で、古い友人でもあるんです。なので、夜な夜な質問のメールを投げかけて答えていただきました。その返信がまた弁護士さんの答えという感じで、誤解のないように、しっかりと答えてくれました。そういうのを見ていますと、弁護士という職業が持つ責任に触れた気がしました。
──緊張感がある裁判シーンは、見る側としても気を抜けない感じがありました。
椎名 今回のドラマで一番の見どころは法廷シーンなんです。ドラマの構成として、法廷シーンにいくまでの準備段階があり、法廷シーンに入れば謎解きが始まるので、事件の中で何が起きたのかを回想で伝えていく手法を取っています。この構成がすごく分かりやすいんだけど、法廷の緊張感は最後までずっと続いている。なので、作り方として見る方にも緊張感を持たせることが大切なんですね。
──そんな緊張感が続く現場で楽しかったことはありましたか。
椎名 法廷シーンは単に見どころというだけではなく、リアルに法廷を作っているんです。僕が傍聴した霞ヶ関の法廷よりも本物感があるというか、どっちが本物なんだ!? と思うくらい、美術さんの力作でございまして(笑)。そして出演している方も、その役にしか見えないぐらい現実感がありました。皆さん分厚い原作を読み、過去の映画やドラマを見返して、“令和に置き換えた世界観ならどうするだろう”“ここはどんな言い方をするんだろうね”“じゃあ自分はこうする”など、いろんなことを考えて現場にいらっしゃっているのが分かるんです。だからこそ皆さんの芝居は非常に面白くて、僕は役としてそれを受け止めるわけですが、次は自分はどう投げ返そうか考える。そんな丁々発止がいろんなところで起こっていました。それが楽しいんですよ。役者をやっていて、リアルとしか思えないセットで、リアルな感情をぶつけ合う、こういう世界観が何より楽しいです。
公平さと客観性を完全に保つことができるかというと、なかなか難しい気がします
──役者冥利に尽きる現場だったと。
椎名 そう言えますね。でも大変でしたよ。セリフも仕事じゃなきゃ覚えられないぐらいの分量でね。受験勉強のときに、これだけのものができたら、もっと成績が良かったんだろうなって思いました(笑)。
──弁護士を演じて「人を裁く」ということについて、どう感じられましたか。
椎名 難しいですね。罪を犯した人が更生する方法にしても、今の形が「これだ!」って最終形なのかと聞かれると、そうではない気がしますし。例えば今後、AIが裁いていくことになったとしても、最終的に人間の力が介入しないと、僕は何か不条理な気がします。だから現在、一番帳尻が合わせられる方法として採用されているのが裁判員裁判なんでしょうね。少数の決定権を持つ人たちだけで裁くのではなく、事件について考える層を少し広げ、一般の人と意見交換して客観的な判決を下す……それが今のベターな方法なのかなとは思います。ただ裁判官も人間で、無作為に選ばれた裁判員の方も人間。被告席にいる人の風貌や、いろんな意味での偏見もあるだろうし、事件の報道のされ方によって、勝手な印象を持つ方だっていないとは限らないですよね。そうなると、どんな裁判でも公平さと客観性を完全に保つことができるかというと、なかなか難しい気がします。ドラマの中に「裁判官が違ったら、検事が、裁判員が違ったら、恐らく結果は大きく変わってた。そう思うと、裁判も、もう一つの『事件』なんだ」という菊地のセリフがあるんですが、ということは、人の人生も変わってくるということなんですよね。そういうことを考えさせられる良質なドラマだと思います。
──ここからはモノやコトについてお聞かせください。今、ハマっているものはありますか。
椎名 Apple Watchです。初めて買って、ハマってるんですよ(笑)。Apple Watchの中でも一番お手軽な商品(SE)なんですけどね。
──買おうと思ったきっかけは?
椎名 今はもう時計を着けなくなってしまって。時間が知りたいときはスマホを見るじゃないですか。それに、いい時計をして仕事に行くと、外したときにどこに置いておこうかってちょっと悩んじゃいますからね。そういうこともあるし、安い時計をするのも、そんな年頃じゃないですから(笑)。もう時計はしないな〜って思っていたところに、健康のための何かがあったり、お財布になったりメールも電話もできるとか!
──時計なのにすごくいろんな機能があってすごいですよね。
椎名 昔のマンガでありましたけどね(笑)。そんなものが今や手軽に手に入る時代なんだってことを、ちょっと実感したくて購入しました。
──もともとガジェット系に興味はあるんですか。
椎名 全くないです。普段はね。iPhoneも13miniで、まだ変えるつもりもないので、新しいモノ好きというわけではないですね。
──Apple Watchはオンラインストアで買われたんですか。
椎名 丹念にいろんなベルトを見ながら、お店で買いましたよ。Apple Watch Ultraという大きいモデルができたというので、気になってApple Storeに見に行きました。「時計なんて、そんなああだこうだ言って使うもんじゃないだろ?」と思いながらね。ただUltraは僕にもちょっと大きかった。でもUltraを見に行ったから、じゃあどうしようかって思ったときに、他のタイプを見せてもらったんです。そしたら欲しくなっちゃった(笑)。
──今は主にどんなことに活用していらっしゃいますか。
椎名 今はね、時計です(笑)。まだ心拍数を測ったことがないですけど、これから人間ドック的な数値とか、そういう使い方がどんどん増えるんでしょうね。そういう進化も見てみようと思っています。
連続ドラマW 事件
WOWOWにて8月13日(日)22時より放送・配信スタート(全4話/第1話無料放送)
【「連続ドラマW 事件」よりシーン写真】
(STAFF&CAST)
原作:大岡昇平「事件」(創元推理文庫刊)
監督:水田成英
脚本:三田俊之、保木本真也
出演:椎名桔平
北 香那、望月 歩、秋田汐梨、高橋 侃
/ ふせえり、貴島明日香、中村シユン、仁村紗和、
入山法子、堀部圭亮、いしのようこ / 永島敏行 / 高嶋政宏
※高嶋政宏さんの高は正しくは「はしごだか」になります。
(STORY)
ある資材置き場で刺殺体が発見される。被害者は地元で細々とスナックを経営する23歳の女性・坂井葉津子(北)。程なく被害者の幼なじみで19歳の青年・上田 宏(望月)が殺人および死体遺棄の容疑で逮捕された。宏の弁護は、ある裁判を機に過去にとらわれ、“真実”に背を向けた元裁判官の弁護士・菊地大三郎(椎名)に託された。宏の自白もあり、すぐに判決が下る単純な裁判だと思われたが、検察での取り調べから一転、裁判で宏は殺意を否認する。宏のことを調べるうちに、再び“真実”と対峙する菊地。やがて法廷では意外な事実が次々と露見し、裁く者を惑わせる。果たして宏は、本当に「人殺し」なのか――。
撮影/田中和子(CAPS) 取材・文/佐久間裕子 ヘアメイク/石田絵里子 スタイリスト/中川原 寛(CaNN)