アップルのアクティブノイズキャンセリング機能を搭載する完全ワイヤレスイヤホン「AirPods Pro」は、各社がラインナップする完全ワイヤレスイヤホンと何が違うのでしょうか。いま数あるイヤホンの中でAirPods Proに注目すべき理由を解説します。
EarPodsから始まる「音楽と環境音が同時に聴けるイヤホン」というコンセプト
AirPods Proは高品質なイヤホンであると同時に、とても個性的なイヤホンです。その個性の所在に迫るためにまず、アップルのイヤホンとして代名詞的な製品である「EarPods」の特徴を紹介したいと思います。EarPodsは長年に渡ってiPhoneに同梱されてきた有線タイプのイヤホンです。現在はiPhoneの側にアナログイヤホンジャックがないため、最新のiPhoneを買うとLightning接続タイプのEarPodsがパッケージに入っています。
EarPodsのトレードマークは開放型のハウジングです。振動して音を出すドライバーユニットを支え、カバーする「ハウジング」と呼ばれる部分に空気の通り道になる小さな通気孔があります。開放型イヤホンはハウジングの中に音がこもらないため、切れ味に富んだクリアで音場の広い音が楽しめます。また伸びやかな高域を再現しやすい構造でもあり、軽量性にも優れています。そしてインナーイヤー型のイヤホンは耳に乗せるような装着スタイルであるため、耳栓タイプのイヤホンよりも内圧の負担が少ないことを好むユーザーも多くいるようです。
反対にハウジングが密閉型のイヤホンに比べると、小さいながらも空気孔を設けているために音が外から中へ、中から外へ漏れ聴こえてしまうことが、開放型イヤホンのデメリットとしてよく挙げられます。EarPodsの場合、コミュニケーションデバイスであるスマホに同梱されているイヤホンなので、音楽を聴きながら、あるいは通話しながらでも周りの環境音に気を配って安全に使えるよう、あえて開放型イヤホンというスタイルを貫いてきたと考えられます。
AirPodsの遮音性を高めるためのノイズキャンセリング
EarPodsと同じ開放型のスタイルを踏襲して、2016年12月に発売された完全ワイヤレスイヤホンが「AriPods」です。発売後、徐々にブレイクしてきたAirPodsのロングヒットは左右独立型の完全ワイヤレスイヤホンだけでなく、ワイヤレスイヤホンそのものの認知を広げることに貢献してきました。
スマホなどとAirPodsを組み合わせて、アウトドアで音楽を聴く人も増えました。ただ、同時にAirPodsの音漏れを指摘する声も聞こえてくるようになります。「より音楽に深く没入できる、アップルの完全ワイヤレスイヤホンが欲しい」という周囲の期待に応える形で生まれた製品がAirPods Proなのです。
AirPods Proは単純にハウジングを密閉構造にするのではなく、「アクティブノイズキャンセリング機能(以下:ANC機能)」を搭載しました。ANCとはハウジングの外側・内側に配置したマイクでリスニング環境周囲の音を継続的に拾い、再生中の音楽とミックスしながらノイズに逆相の音をぶつけて消すという技術です。ANC機能自体は珍しいものではなく、有名どころではボーズやソニーなど多くのブランドから製品が発売されています。音楽再生の邪魔になるノイズだけを正確に消すアルゴリズムの完成度は各社が競い合うところです。
密閉型イヤホンには「外の音が聴こえる機能」も大事
アップルはまたANC機能のほかにも「外部音取り込み機能」をAirPods Proに搭載しました。ANC機能だけを搭載するイヤホンやヘッドホンも数多くある中、外部音取り込みをセットの機能としてひとつの製品に統合することこそがメーカーにとっては最大の難関であり、製品の実力を語る上で不可欠なポイントだと筆者は考えます。
外部音取り込み機能のメリットはアウトドア環境で、あるいは室内でも体を動かしながら安全に音楽リスニングが楽しめることです。AirPods Proの外部音取り込み機能は、まるでイヤホンを身に付けていないみたいに、自然に周囲の環境音を音楽とミックスしながら聴けます。このメリットは例えば屋外を歩きながら、オフィスで仕事をしながら、またはスポーツをしながらでも音楽再生が楽しめたり、あるいは音楽を聴きながらさっとレジでお会計を済ませたい時に外部音取り込みを有効にして、イヤホンを外さずに対処できた時などに実感が伴います。
↑iOSのBluetoothメニューからAirPods Proの設定画面に。本体リモコンの長押し操作の割り当てなどが選択できます。使い始める前に「イヤーチップ装着状態テスト」を行っておけば、自分の耳のサイズに合ったイヤーチップを正しく使えます
冒頭に紹介した「EarPodsの個性」である、音楽を聴きながら外の環境音にも注意を向けられる開放型イヤホンのメリットが、外部音取り込み機能を搭載したことでANC機能を搭載したAirPods Proにも受け継がれています。AirPods Proもクリアで抜けの良いサウンドを実現するために、ハウジングに空気の通り道になる小さい孔を設けていますが、ここから音が外に漏れ出る心配はほとんどありません。
AirPodsとEarPodsには無く、AirPods Proに有るものは「シリコン製イヤーチップ」です。このイヤーチップが装着した際の安定感を高めることと、ANC機能に頼らずに得られる高い遮音効果にも貢献しています。同じ耳栓タイプで密閉型構造の完全ワイヤレスイヤホンの中でも、AirPods Proはとてもニュートラルでバランスの良いサウンドを実現していると筆者は感じます。そして外部音取り込み機能をオンにした時の開放的なリスニング感に関しては、これほどのレベルに到達している完全ワイヤレスイヤホンは今のところ他にないと言えるかもしれません。
AirPods ProとソニーのWF-1000XM3は何が違う
AirPods Proのサウンドの印象について触れておきたいと思います。従来のAirPodsに比べると、引き締まったタイトな低音がとても聴きやすくなったことで、音楽の重心が下がってダイナミックな抑揚感が味わえるようになりました。ロックやEDM、ジャズのアグレッシブな楽曲の低音がガツンと心地よく響きます。音の輪郭が明瞭に描き出されるので、ボーカルやピアノなどメロディをつむぐ楽器の音にもより鮮やかな生命力がみなぎる手応えもあります。
AirPods Proのサウンドを、同じANC機能を搭載するソニーの完全ワイヤレスイヤホン「WF-1000XM3」と比べてみました。WF-1000XM3もANC機能の効果を自動、または手動で段階的に変更できるほか、外音取り込みの機能を搭載しています。ANC機能をフルに効かせた時に得られる深い没入感は、有線・無線を問わずノイズキャンセリングヘッドホンの中でもトップクラスです。圧縮された音源をハイレゾ相当の音質にアップスケーリングする「DSEE HX」の機能も搭載されているため、サウンドはとにかく“濃厚”です。
↑ソニーのイヤホンはスマホアプリからノイズキャンセリングのレベルを細かく設定できたり、様々なカスタマイズが可能です
対するAirPods ProのANC機能は、周囲の騒音環境をマイクで拾い毎秒200回の高速処理による集音解析を行いながら、常時ベストなリスニングコンディションに自動調節してくれます。再生される音楽はWF-1000XM3よりも“あっさり”とした印象を受けますが、何より長時間聴いていても疲れを感じないことが魅力的です。ディティールの細かなニュアンスや立体感の再現力にも富んでいます。
使い勝手の点でもAirPods ProとWF-1000XM3は基本的にコンセプトが大きく異なっています。Android/iOS対応のモバイルアプリで本体の機能やイコライザーの設定などが様々に変更できるソニーのイヤホンに対して、AirPods Proはユーザーが面倒な設定を行わなくても“おまかせ”でいつもいい音を楽しめるように設計されています。
AirPods Proは操作も簡単。だから多くのユーザーに選ばれる
ANCと外部音取り込みの機能はどちらか一方を排他的にオンにして楽しむか、または両方をオフにすることができます。それぞれの切り替えはiPhoneからはコントロールセンター、または「設定」アプリの中のAirPods Proの操作メニューから行えます。Apple Watchを同じiPhoneにペアリングして使っている方は、ウォッチからAirPods ProのANC機能が操作できることも覚えておくと便利です。
AirPods ProがANCや外部音取り込みなどの高度な機能を精緻にコントロールできる背景には、アップルがワイヤレスオーディオ製品のために独自開発したシステムICチップの「Apple H1」の実力があります。先ほどのANCと外部音取り込み機能の切り替えは“Hey Siri”による音声操作も可能です。アップル独自のシステムICチップが今後さらに進化していくと、将来はiPhoneが近くになくてもAirPods単体で通信やAIアシスタントとのコミュニケーションができるようになる日が来るかもしれません。
AirPods Proの登場で、完全ワイヤレスイヤホンは2台持ちで使い分けの時代に?
AirPods Proは他の製品と性格がとても異なっています。途中に触れたソニーのWF-1000XM3も含めて、AirPods Proと2台持ちしながら使い分けが楽しめそうな完全ワイヤレスイヤホンもご紹介しましょう。
【究極のスポーツ仕様】
人気のブランドBeats by Dr. Dreの初めての完全ワイヤレスイヤホンである「Powerbeats Pro」も2019年を代表するヒットモデルです。耳に掛けてフィットさせるスタイルなので、体を動かすスポーツシーンでも抜群に安定した装着感を発揮してくれます。
ソニーの「WF-SP900」は本体がIP65/IP68相当の強力な防水・防塵性能を備え、何と“泳ぎながら使える完全ワイヤレスイヤホン”です。さらに本体に内蔵する4GBのメモリーに音楽ファイルを保存して、イヤホン単体で聴けるプレーヤー機能を内蔵するレアアイテム。スマホ・フリーで体を動かしたい時に最適です。
【高音質にもっと踏み込んだ】
オーディオテクニカの「ATH-CKR7TW」は11mmの大口径ドライバーを搭載した密閉型イヤホン。デジタルの音楽信号をアナログに変換してアンプに伝えるICチップにもオーディオグレードのものを選び、高音質再生にもとことんこだわりました。
フォステクスの「TM2」はケーブル交換に対応するイヤホンを“完全ワイヤレス化”できる、ある種究極のアイテムです。着脱可能な専用の「フレキシブル・ショート・ケーブル」と呼ばれるパーツの先端に愛用するイヤホンを装着すれば、馴染みのサウンドがケーブルレスによる心地よい装着感とともに満喫できます。
【開放型イヤホンの新解釈】
ソニーの「Xperia Ear Duo」はハウジングを持たない完全開放型のワイヤレスイヤホンです。音楽や通話の音声を聴きながら、周囲の環境音が自然に聴ける体験は本当に独特です。LINEのClovaを内蔵しているので、ハンズフリーでLINEのトークを読み上げてくれたり、音声入力で返信を送ることも可能。コミュニケーション端末として進化したワイヤレスイヤホンの最先端の形とも言える製品です。
そしてファーウェイからも今秋にANC機能付き完全ワイヤレスイヤホン「FreeBuds 3」が発売されました。こちらの製品は開放型ハウジングなのにノイズキャンセリング機能を搭載しています。初めてその仕様を知った時には、まるで窓を開け放った部屋で暖房を焚いた部屋のようになるんだろうかと興味津々でした。実機を聴いてみると確かな消音感が得られます。耳栓型は苦手だけれど、遮音性能の高いイヤホンが欲しいという方にはこちらもおすすめです。
2020年以降、完全ワイヤレスイヤホンの市場はAirPods Proの登場で確実に伸びるでしょう。そうなった時にどれを選ぶかという楽しみもありますが、AirPods Proを「ノイキャン機能付きモデル」のベンチマークとしつつ、他の特徴を持ったモデルを使い分ける「贅沢な使い方」も提案していきたいです。
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