わたし、まんまる。4歳2か月の、ビション・フリーゼの女の子。好きなものは、あんまんの皮といちごと、大根の煮たやつ。あと、うちのおっさんと遊んであげるのも大好き。わたしがじゃれてあげると、とっても嬉しそうな顔するの。今日もいっぱい遊んであげよっと。
うちの子は、きっとこんなことを思ってるんだろう。
セキュア・ベース・エフェクト
人間は、家族をはじめ周囲の人々との間に親しい関係を築こうとする。こうした行動は犬にとっても本能的なもので、達成しようとするレベルは人間より高いらしい。
ウィーン大学の認知生態学リサ・ホーン博士が2013年に発表した『飼い犬におけるセキュア・ベース・エフェクト』という論文によれば、ペットの犬と飼い主の間柄は人間の親子関係に酷似しているという。友だちと過ごすよりも犬とのスキンシップを大切にし、社会的パートナーという位置づけまでしようとする飼い主も少なくない。
こうした関係は”セキュア・ベース・エフェクト”と呼ばれている。親子間に愛着の絆が生まれると、子どもは親と一緒にいることで安心感を得るだけではなく、ひとりでいるときも安心できるようになる。自分が置かれた環境の中、幼児は両親を心のよりどころである”安全基地”として認識するようになるからだ。
この概念はアメリカ人心理学者メアリー・エインワースが人間の愛着行動に関して1982年に唱えたもので、飼い主と犬の関係に置き換えて論じたのはホーン博士が初めてだ。
犬と飼い主の関係性の特徴を知るため、ホーン博士は、おもちゃと遊んだらおやつを与えるという単純な条件を設定して、犬の行動を観察した。すると、飼い主がいない時は活発に遊ぶことはないが、飼い主がすぐ近くにいて声をかけると、いつまでもおもちゃで遊ぶ犬が圧倒的に多かった。
積極的な行動の引き金になったのはおやつという報酬ではなく、すぐそばで見ていて、声をかけながら自分に直接的にかかわる飼い主を喜ばせようとする意識だ。犬は飼い主の楽しそうな様子を見るのが嬉しくて、おもちゃで遊んで”見せている”可能性が高いらしい。だとすれば、筆者もまんまるの思いどおりに遊ばれているということなのか。
マンズ・ベストフレンド
現代の飼い犬の原種であるオオカミと人間のかかわり合いが始まったのは、今から1万5千年前だったと言われている。オオカミたちも、最初こそ人間と一定の距離を置いていた。うかつに近づけば、狩られて食料にされてしまうからだ。
ところが、太古の人類にもオオカミにも、それぞれの種のステレオタイプに当てはまらない個体が存在していて、自分たちの領域に入ってくるオオカミを食料として見ない人間も、狩られて食べられるかもしれない恐怖よりも人間に対する好奇心が勝ってしまうオオカミもいた。人間から見れば、ごく身近にオオカミがいれば、遠吠えを外敵の侵入を知らせるアラームがわりにできるというメリットがあったのだろう。そしてオオカミは、人間のそばにいれば自ら狩りをすることなく、安定した食料供給を確保できた。
以来1万5千年、サバイバルに直結する関係を築いて共生してきたからこそ、マンズ・ベストフレンドという呼び名が与えられた。こういうキャッチフレーズで呼ばれる動物は、犬以外にはいないのではないか。
涙活のお供にも
一般社団法人ペットフード協会が平成25年に行った調査では、日本全国でペットとして飼われている犬の総数は1087万頭に上る。少し古いが、アメリカで2007~2008年度にかけて行われた統計によれば、国内の40パーセントの家庭が少なくとも1頭の犬を飼っている。
犬は生理的に受けつけないという人も、絶対的猫派であるという人もいるだろうが、種としてのかかわり合いの歴史の長さがそのまま1番人気ペットとなっている理由になっているのだろう。それとも、これは絶対的犬派である筆者のうがった見方だろうか。
”犬バイアス”が間違いなくかかっている筆者の涙腺を破壊したのが、『64の犬物語』。「犬の、ちょっといい話」という公募で集められた犬と人間の絆の物語は、それぞれ書き口が違い、それぞれに違った思いが込められている。
犬との関係性は人それぞれだろうが、ひとつだけ確実に言えることがある。公募作品の審査委員長、椎名誠さんが帯の文章で書かれているように「犬はもっと人間の近くにいて、イコールパートナーになることを求めている」のだ。
犬を飼っている人、これから飼おうとしている人、そしてまったく飼う気がない人の心にも響くものがあるはずだ。なにせ1万5千年にわたる付き合いなんだから、これはもうDNAレベルの話だろう。
(文: 宇佐和通)
【文献紹介】
64の犬物語
著者:株式会社柏艪舎編集部(著)
出版社:柏艪舎
別々の家に飼われる同じ年齢の雄犬と雌犬の愛の物語。アトピーで悩む子どもと犬との不思議な交流。噛み癖のある犬を貰った飼い主の小さなタタカイと理解の話…。全国から公募した「犬の、ちょっといい話」の入選作品集。